アイドルによるコロナ禍と対峙した表現――真っ白なキャンバス4周年ライヴ「わたしとばけもの」レポート
コロナ禍を描いた異色のアイドルソング
真っ白なキャンバス(通称『白キャン』)が初披露した新曲「わたしとばけもの」には震撼した。イントロでは、中央で麦田ひかるがソロを踊り、他の6人のメンバーは抱き合う。さらに5人のダンサーが床を這って現れ、白キャンのメンバーに踊りながら絡んでいく。総勢12人によるダンスだ。この楽曲は開始から約90秒で曲調が変わるのだが、その直前に麦田ひかるが開いていた右手の指をしなやかに折りたたんでいく。まるでサインのように。そして、曲調が変わると白キャンは一気にコンテンポラリーなダンスへと突き進む。
「わたしとばけもの」は、コロナ禍を描いた異色のアイドルソングだ。この時代を生きる人間たちの内面を描く。
小野寺梓が胸に手をあてながら「次はわたしの番かな」と歌う瞬間、彼女を囲む他のメンバーが一斉に小野寺梓を指さす。ダンサーたちは蠢く、まるでウイルスのように。私の中を戦慄が駆け抜けた。コロナ禍という時代性を、こんな形で表現をするアイドルを初めて見たからだ。
想像できなかった未来にいる
2021年11月20日、かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホールで、白キャンのワンマンライヴ「4周年ワンマンライブ『わたしとばけもの』」が開催された。新曲である「わたしとばけもの」と同じタイトルである。告知文には、以下のようなシリアスな文言が綴られていた。
開演時間を迎えると、初めて聴く重厚なSEとともに、5人のダンサーが現れて踊りはじめた。そして、紗幕の向こうに黒いマントを着た白キャンの7人が登場。代表曲「SHOUT」のイントロとともに紗幕が上がり、白キャンがステージ前方に歩みでると、マントを思いきり投げ捨てた。するとメンバーが着ていたのは、白と黒から成る新衣装だ。
この日のライヴは24曲も披露され、実に2時間以上に及び、白キャン史上最長の公演となった。
なかでも驚いたのは、メンバーを3人のチームと4人のチームにわけて楽曲を披露したパートだった。白キャンは、2020年6月22日に鈴木えまと麦田ひかるが卒業し、入れ替わりで浜辺ゆりなが加入したが、約1年後の2021年7月25日に鈴木えまと麦田ひかるが再加入。2人揃っての再加入はアイドルシーンでも異例であり、Twitterのトレンドに「真っ白なキャンバス」「白キャン」が浮上するほど話題となった。
かつての鈴木えまと麦田ひかるは、ステージ上では寡黙で、歌への苦手意識も隠さなかった。ところがこの日のライヴでは、小野寺梓、橋本美桜、そして鈴木えまの3人により、「モノクローム」という歌いあげる楽曲を披露。しかも、そこで鈴木えまがソロパートを歌ったのだ。思わず、ビデオカメラを持つ私の手が震えた(撮影可能なのだ)。比喩ではなく、本当に物理的に手が震えたのだ。鈴木えまが、かつてとは別人のように歌いあげた。
鈴木えまと麦田ひかるが卒業ライヴで歌い、彼女たちが歌うのは最初で最後かと思われた「らしさとidol」という楽曲が、小野寺梓、橋本美桜、そして鈴木えまの3人で再び歌われたことにも驚いた。さらに、この日のワンマンライヴで、7人体制で初披露された「ルーザーガール」は、そもそもは2020年11月18日の3周年ライヴで初披露された楽曲だ。それを私の隣の席で見ていたのが、当時卒業後だった麦田ひかるである。そして、彼女はこの日のワンマンライヴで、メンバーとして「ルーザーガール」を歌い踊っていた。想像できなかった未来にいることを実感する。この日、麦田ひかるは多くの楽曲でソロを踊っていた。
「わたしとばけもの」までの日々
私は、2021年9月18日に開催された三浦菜々子の生誕祭からこの日のワンマンライヴまで、白キャンのライヴを欠席したのは2回のみ。他のすべてのライヴに足を運んだ。コロナ禍で白キャンを見ることができなかった日々を、ワクチン2回接種後に取り戻そうと躍起になった。
そんな秋の日々、白キャンは、日本テレビ主催の「IDOL OF THE YEAR」という他のアイドルと競うイベントに出場し、さらにこの日のワンマンライヴを控えていた。
7人体制となった白キャンは、演出振付家のゲッツが指導するダンスレッスン、ヴォイストレーニング、さらに早朝からの撮影と多忙な日々を送っていた。それゆえに、ときに疲労感がライヴに滲むときもあり、それは私の皮膚へとしみこんできた。それもまた、ライヴというものの醍醐味である。ライヴの終盤になると急にギアが上がる時期もあった。そんな日々を過ぎ、2021年11月7日に開催されたサーキット・イベント「MAWA LOOP TOKYO 2021」で、白キャンは突然、7人体制での完成を見せた。7つのピースが噛みあう瞬間を目の当たりにして、ビデオカメラを持つ私の手が震えた(撮影可能なのだ)。だから、この日のワンマンライヴに関しては何の心配もしていなかった。考えてみれば、4か月に満たない期間で、7人体制としての再構築を果たしたのだ。
それまでの期間、白キャンの7人は激しい変化を見せていた。小野寺梓と三浦菜々子は歌を牽引する役割であるぶん、ときに声の不調をInstagramのストーリーで詫びることもあったが、それは強い負荷と戦っていたからこそだ。小野寺梓は、理想のアイドル像を目指そうと試行錯誤するだけではなく、ファンに対しても「白キャンはみんなの居場所だ」というメッセージを強く発するようになった。三浦菜々子は、歌声と表情で白キャンの楽曲を彩ってきたが、その筆致はときに大胆に、ときに繊細にと、さらに表現の幅が増してきた。
西野千明の表情に見惚れることも多くなった。特に「オーバーセンシティブ」や「共に描く」といった楽曲で。橋本美桜は、ライヴごとに細かなチューニングを施しており、特にヴォーカルスタイルの模索を感じさせたが、ワンマンライヴまでに見事に仕上げてきた。浜辺ゆりなは、7人体制となったことで歌割りが減り、自分が不要だと感じて「6人でやればいいじゃん」とまで思い詰めたとツイキャス配信で吐露していたが、ワンマンライヴでの浜辺ゆりなのダンスは溌溂としたもので、欠いてはならないメンバーだと改めて感じた。
そして、鈴木えまと麦田ひかるは、アイドルの世界に舞い戻ってきた人間ならではの強い意志を感じさせた。ときどき「中身が入れ替わったのでは?」とすら思うのだ。
生身の表現が見る者の肌に突き刺さるワンマンライヴ
ライヴの最後には、レーザーが「4周年おめでとう」という文字列を作り、サプライズでメンバーを喜ばせた。心憎い演出が多いワンマンライヴだ。強いて言えば、狂言回しとして登場した「ばけもの」が、「ばけものと申します」とあまりにもストレートに登場したことに面食らった。心理的な葛藤の表現には、往年の欅坂46やMaison book girlの映像作品が参考になるだろう。
コロナ禍で白キャン現場から遠ざかる日々を過ごしたゆえに、ライヴという場で行われる生身の表現が、私の肌に突き刺さることを実感するワンマンライヴだった。「4周年ワンマンライブ『わたしとばけもの』」は、コロナ禍ならではの野心的な表現に満ちており、アイドルに限らず、日本の音楽シーンの中でも異彩を放つ公演だった。
そして、会場のかつしかシンフォニーヒルズが所在する青砥駅周辺は、プロデューサーの青木勇斗が生まれ育った地元だという。時代性を反映しながら、しっかりとパーソナルな物語に収斂する点もまた、白キャンらしいと感じた。すべての物語は、個人の存在なしに始まらないのだ。
真っ白なキャンバス「4周年ワンマンライブ『わたしとばけもの』」セットリスト
01.SHOUT
02.ダンスインザライン
03.セルフエスティーム
04.ルーザーガール
05.オーバーセンシティブ
06.全身全霊
07.my fake world
08.モノクローム(小野寺梓、橋本美桜、鈴木えま)
09.らしさとidol(小野寺梓、橋本美桜、鈴木えま)
10.パーサヴィア(三浦菜々子、西野千明、浜辺ゆりな、麦田ひかる)
11.空色パズルピース(三浦菜々子、西野千明、浜辺ゆりな、麦田ひかる)
12.わたしとばけもの
13.共に描く
14.Whatever happens, happens.
15.レイ
16.闘う門には幸来たる
17.桜色カメラロール
18.HAPPY HAPPY TOMORROW
19.いま踏み出せ夏
20.ポイポイパッ
21.自由帳
EN1.アイデンティティ
EN2.白祭
EN3.PART-TIME DREAMER