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蔓延する英語教育の謎ランキング:英語教育実施状況調査と英検IBAの謎集計

寺沢拓敬言語社会学者

先日の記事(「英語力日本一は○○県!」と安易に報じる前に考えてほしい――文科省「英語教育実施状況調査」の問題点)の続報です。さらに謎が深まる事実が出てきたので記します。

既にメディア報道がいくつもあったとおり、文科省「英語教育実施状況調査」の中3調査では、さいたま市と福井県が尋常ではないほど高スコアでトップ2を飾りました。

大阪府箕面市は、これに関連付けて、「箕面市の中学3年生の英語力英検3級相当以上の割合が74.9%!~全国平均47.0%を大きく上回る結果となりました~」というプレスリリースを発表しています。

箕面市は、以下の通り、独自の調査にもとづき、同市の成績が、さいたま市・福井県に次ぐ第3位であることをアピールしています。

箕面市では、平成29年度より毎年、市立中学校3年生を対象に、英検IBA※を実施しています。令和3年度は、英検3級相当以上の英語力を有する中学3年生の割合が74.9%という非常に良好な結果となりました。この結果は、5月18日に文部科学省が公表した「英語教育実施状況調査」における全国平均(47.0%)を大きく上回り、他の自治体と比較しても突出しており、都道府県・政令指定都市別でみると、箕面市(74.9%)は、さいたま市(86.3%)、福井県(85.8%)に次いで3番目に高い結果となっています。

ここだけ読めば、「箕面市は英語教育によく力を入れているね」で終わる話かもしれませんが、問題は、同市の数値がどこから出てきたかという点です。

この数値はどこから来た?

「英語教育実施状況調査」の実施上の責任を持っているのは国(文科省)です。その数値を市が独自の判断で公表するのは、普通に考えて、かなりまずい気がします。

この疑問は、プレスリリースの中身をよく読むと氷解します。要するに、次のような理屈です。

  • 箕面市は全市的に「英検IBA」という民間テストを行っている
  • その成績(生徒の全体的なパフォーマンス)を、同市は入手できる
  • この成績と、英語教育実施状況調査の数値を比較すると、日本で第3位だ

つまり、英語教育実施状況調査の測定ツールとは別物の測定ツール(=英検IBA)で比較しているわけです。この後にわかったことですが、同じようなプレスリリースは、実は箕面市以外の自治体でも行われています(たとえば、茨城県笠間市)。誰かが「こういうアピール手法があるよ」と入れ知恵しているんでしょうか・・・。

英検IBAとは何か?

というわけで、さらなる疑問は「英検IBA」です。これは何なのでしょうか。実は、英検IBAは、多くの方が馴染みのある伝統的な「英検テスト」とはかなり異なります。実施主体こそ同じであるものの、テストの分量や公式度は全く違うからです。

同団体ウェブサイトによると、英検IBA(聞く・読む)は、計45分で1回500円。一方、伝統的な英検テストは、英検3級の場合だと、75分の1次試験+約5分の2次試験(面接)で、4,700円です(上位級に行くほど長く、高くなります)。

英検IBAは、なぜこれほど低価格での実施が可能なのでしょうか。それは、テストに関する管理業務(会場設営、問題配布・回収、試験監督)を学校教職員に「肩代わり」させることで人件費が大幅にカットできるからです。イメージとしては、学校で受ける「予備校模試」に近いでしょうか。実施が手軽である代償として、予備校模試と同じように、スコアはあくまで参考情報ということになります。

まとめると、英検IBAと英語教育実施状況調査という異なる測定ツールを、強引に比較している自治体が存在するということです。

もっとも、両者のどちらが測定ツールとしてより適切なのかはわかりません。ひょっとしたら英検IBAのほうが、文科省調査よりもまだマシだという可能性もあります。しかし、少なくとも言えることは、自治体が異なる基準で競い合って「我が街は全国でも上位!」とアピールする状況は、全く健全ではないということです。この辺りは、測定基準を精緻化することなく、カオスな状況のまま全国調査に乗り出した文科省にも責任があるでしょう。このままではアピール上手な(≒アピール業務に金をかけた?)自治体だけが得をする不健全な状況なので、きちんとした統一的基準を整備してほしいものです。

さいたま市も英検IBAを導入

そういえば、全国第2位のさいたま市も英検IBAを導入しているようです。(こちらの記事を参照)

さいたま市は、明示的には発表していないようですが、同市の数値に、この英検IBAはどれだけ反映されているのでしょうか。つまり、英語教育実施状況調査に計上されている「英検3級以上取得」の生徒数は、「伝統的英検3級」取得の生徒数ではなく、実は、英検IBAで所定の成績を収めた生徒数ではないのでしょうか?内情に詳しい方に、切に教えを請いたい点です。

これが本当であれば、さいたま市の大躍進の謎が、一部解明されます。以下の図を見てください。

さいたま市の調査結果は、短期間の間に数値の内訳が大きく変化している。文科省統計にもとづき筆者作成。
さいたま市の調査結果は、短期間の間に数値の内訳が大きく変化している。文科省統計にもとづき筆者作成。

同市では、わずか1年で「外部テストでA1(英検3級相当)以上の成績を取得した生徒数」が急増しています。しかも、この結果、「A1以上と【見なされた】生徒数」の割合がみるみる小さくなっています。

自然なトレンドとしてはこのような急転換が起きることはほぼ確実にないので、何らかの社会的変化があったことは間違いありません。仮に「19年調査からは英検IBAもA1級取得者としてカウントしていいですよ。むしろカウントして」というお達しが出ていたとすれば、統計上の不思議がよく説明できると思うのですが・・・。こちらも、詳しい方に教えを請いたい話です。

ずば抜けて好成績の福井県

謎ついでに、英語教育実施状況調査の謎をもうひとつ。

中3英語の結果では群を抜いて高い数値(全国平均よりも30%以上も高い)を叩き出していた福井県ですが、同調査の高校生調査では実はそれほどでもないということはあまり知られていないようです。たしかに、高3でも福井県が全国1位であることは変わりませんが、群を抜いて高いわけではありません。

その結果を散布図に示しました。

中3の調査結果を横軸に、高3を縦軸に配置。対角線上に近いほど、中学・高校の間で結果にぶれがなかったことを意味する。文科省統計にもとづき筆者作成。
中3の調査結果を横軸に、高3を縦軸に配置。対角線上に近いほど、中学・高校の間で結果にぶれがなかったことを意味する。文科省統計にもとづき筆者作成。

福井県を除く46都道府県が左下(中学も高校もおよそ同水準を意味する場所)に位置していますが、福井県だけが右に飛び抜けています。要は、福井県の成績は、中学段階では他県を寄せつけないほど高かったものが、高校段階では「比較的高い」程度の位置に落ち着いたことになります。

この不思議な結果は、高校になって他県が追いついたからなのか、それとも、県教育委員会への忖度の度合いがはっきり出たからなのか(実際、一般的に行って、義務教育段階のほうが教育委員会の現場に対するコントロールは強力です)はわかりません。真相は謎です。

2022年7月11日追記:状況をよく知る方から、福井県の謎に対するヒントをいただきました。福井県では、高校入試で英検取得級に応じて英語の点数が加点されるという制度があったそうです(2022年現在では廃止)。例えば、英検3級で「+5点」というようになるほど、そういうことであれば、中学校段階での英検取得のインセンティブが爆発的にあがりますね。で、高校段階ではそういう制度はないので、際立った成績は出にくくなる。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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