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新型コロナ:感染防止には「加湿」すべきか否か

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 西高東低の気圧配置になり、太平洋岸は空気がひじょうに乾燥してきている。呼吸器系の感染症の予防には、気道のバリア機能を落とさないために加湿したほうがいい。新型コロナではどうだろうか。

新型コロナウイルスは乾燥に強いか

 東京都や静岡県、神奈川県といった太平洋岸、大阪府や兵庫県、岡山県といった瀬戸内海沿岸、群馬県や埼玉県といった太平洋岸の内陸部では例年、12月から3月まで相対湿度が大きく下がる。東京都の場合、例年1月の平均相対湿度は52%で、乾燥注意報も1月は年間で最も多く出る月だ。

東京の相対湿度と乾燥注意報のグラフ。相対湿度は一般的な湿度のことで、ある温度の空間における空気中の水分の割合(飽和水蒸気量との対比)を示す。乾燥注意報とは「最小湿度(当日の相対湿度の最小値)」と「実効湿度(木材の乾燥の程度を表す湿度で当日の平均相対湿度と前日の平均湿度を用いて計算される)」がそれぞれの基準値(最小湿度25%、実効湿度50%など。地方により異なる)を下回ると発表される。Via:気象庁HPより
東京の相対湿度と乾燥注意報のグラフ。相対湿度は一般的な湿度のことで、ある温度の空間における空気中の水分の割合(飽和水蒸気量との対比)を示す。乾燥注意報とは「最小湿度(当日の相対湿度の最小値)」と「実効湿度(木材の乾燥の程度を表す湿度で当日の平均相対湿度と前日の平均湿度を用いて計算される)」がそれぞれの基準値(最小湿度25%、実効湿度50%など。地方により異なる)を下回ると発表される。Via:気象庁HPより

 新型コロナウイルスはエンベロープ・ウイルスであり、こうしたエンベロープ・ウイルスは乾燥に強く、寒冷と乾燥でより生存力と感染力を増すことが知られている(※1)。これまでの研究の多くはエンベロープ・ウイルスであるインフルエンザウイルスを使って研究しているが(※2)、インフルエンザウイルスの場合、低温と低湿度が飛沫感染、エアロゾル感染に有利に働くようだ(※3)。

 ウイルスの感染と湿度の関係は複雑だ。温度が高くなると空気中に含むことができる水の量も多くなり、冬に気温が下がると空気中に含むことができる水の量が少なくなり相対湿度が下がって乾燥する。単に相対湿度といっても気温や気圧に左右される。

 また、飛沫感染を考えた場合、どれくらいのサイズの飛沫やエアロゾルの中でウイルスが感染力を維持できるか、相対湿度と飛沫などの蒸発の関係も係数に入れなければならない。

 前述したように、新型コロナウイルスのように脂質膜に守られたエンベロープ・ウイルスは、相対湿度が低い条件でエアロゾルが乾燥しても生存でき、感染力を維持できる。

 新型コロナウイルスによく似ているSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスの生存率を温度と湿度で調べた研究によると、気温摂氏22〜25度、相対湿度40%〜50%において乾いて滑らかな物体表面上で5日間、感染力を維持し、これ以上の高温多湿になるとウイルスの生存率が急速に失われたという(※4)。つまり、SARSウイルスの場合、低温で低湿度のほうが感染力が高くなる可能性があるということだ。

 新型コロナウイルスがどのような環境下でどれくらい生存するかという研究では、摂氏20度で最大28日間、生存していることが確認された。同様の研究によれば、新型コロナウイルスはSARSウイルスよりも長期間、安定して感染力を維持できることになる(※5)。

湿度によって変わる感染状態

 新型コロナウイルスは、直径1マイクロメートル以下という微小粒子状物質に存在することが確認されているが(※6)、エアロゾル中に少なくとも3時間は残存するという研究がある(※7)。

 また、2マイクロメートルのエアロゾルの中でも感染力を保つという研究や1〜3マイクロメートルのエアロゾルの中、相対湿度40%〜60%の環境下で90分間、生存し続けるという研究もある(※8)。さらに最近の研究によれば新型コロナウイルスの場合、相対湿度40%以下で飛沫感染やエアロゾル感染のリスクが高くなるようだ(※9)。

 ただ、新型コロナウイルスが乾燥したほうが感染力が減少するのか、加湿して相対湿度を上げたほうが感染力が減少させるのか、その評価はまだ定まっていない。

 他のコロナウイルスなどで調べたところ、新型コロナウイルスは相対湿度40%前後で安定し、気温と相対湿度の上下によって感染力が大きく変化するようだ(※10)。

 くしゃみや咳による飛沫(5マイクロメートル以下)より呼吸や会話中に出る飛沫(0.75マイクロメートルから1.1マイクロメートル)のほうがずっと小さく、こうした小さな飛沫は声が大きくなるにつれて多く出るようになるという(※11)。

 また、これまでの研究によれば、1分間、大声で会話すると、8分間以上、少なくとも1000個の新型コロナウイルスを含んだ飛沫やエアロゾルが空中を漂い続けると考えられている(※12)。

 くしゃみや咳、発話などによって感染者の口や鼻から放出された新型コロナウイルスは、付着した飛沫の大きさによって近距離に落下するか、空気中をしばらく浮遊するかが決まる(※13)。また、会話したり咳をした場合、5マイクロメートルの飛沫が落下して地面に到達するのに9分かかるというシミュレーションもある(※14)。

 では、湿度とウイルスの飛沫との関係はどうだろうか。理化学研究所の計算科学研究センターの資料によれば、スーパーコンピュータ「富岳」でシミュレーションしたところ、相対湿度が30%、60%、90%と高くなるにつれて、対面する前方の人に到達する飛沫の数は減り、逆に机に落ちる飛沫の数は増えていったという。

スーパーコンピュータ「富岳」によるシミュレーション。Via:理化学研究所/神戸大学 坪倉誠教授作成の配布資料より
スーパーコンピュータ「富岳」によるシミュレーション。Via:理化学研究所/神戸大学 坪倉誠教授作成の配布資料より

 空気が乾燥して相対湿度が低くなると飛沫がエアロゾル化し、空中に漂う飛沫の数が増えるので加湿器を動かして相対湿度を上げたり、定期的な換気が必要になるということだ。また、加湿して相対湿度を上げた場合、机や床に落ちる飛沫が増えるため、手指衛生や周辺の除菌などに留意したほうがいいということになる。

 ただ、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究グループの論文によれば、飛沫のサイズ、相対湿度、弾道曲線を描く重力の作用や発話や咳などの勢い、慣性の法則による運搬、空気中での蒸発による重さの変化など、多くの変数があって実際の飛沫やエアロゾルの挙動はもっと複雑になるようだ(※15)。

 呼吸器感染症を引き起こす細菌やウイルスが我々の体内へ侵入してくると、まず気道の粘膜のバリア機能が最初の防波堤となる。

 粘膜は多種多様な免疫細胞やそれらが作り出す物質によって外敵を分解したり中和し、細胞への侵入を防ぐ。また、粘液は物理的に痰として外敵を排出し、粘膜にある線毛によって外敵を気道外へ押し出したり胃へ飲み込んだりする(※16)。もちろん、このバリア機能、新型コロナウイルスの侵入を防ぐために使われているが、このバリア機能は気温や湿度、空気汚染物質、タバコなどによって減衰する。

 以上をまとめれば、新型コロナウイルスは乾燥に強いことが考えられ、発話や咳、くしゃみなどの飛沫やエアロゾルの中で長期間、感染力を保つようだが、高低どれくらいの湿度で感染力を失うのかはわかっていない。

 空中でのウイルスの挙動は複雑だが、加湿器などを作動させて相対湿度を高くすると、飛沫がエアロゾル化しにくくなるのは確かだ。湿度が高ければ、ウイルスを含んだ飛沫やエアロゾルが空中に長く漂う割合が減る。そして、適度な湿度によって、我々の気道のバリア機能を保つことができる。

 感染予防のためには、やはり換気と結露に気をつけ、適度に加湿したほうがいいだろう。

※1:Rory Henry Macgregor Price, et al., "Association between viral seasonality and meteorological factors" SCIENTIFIC REPORTS, 9, Article number: 929, 2019

※2:Thomas P. Weber, Nikolaos I. Stilianakis, ”Inactivation of influenza A viruses in the environment and modes of transmission: A critical review” Journal of Infection, Vol.57, 361-373, 2008

※3:Anice C. Lowen ,John Steel, "Roles of Humidity and Temperature in Shaping Influenza Seasonality" Journal of Virology, Vol.88, No.14, DOI: 10.1128/JVI.03544-13, 2014

※4:K H. Chan, et al., "The Effects of Temperature and Relative Humidity on the Viability of the SARS Coronavirus" Advances in Virology, doi: 10.1155/2011/734690, 2011

※5-1:Neeltje van Doremalen, et al., "Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1" The New EnglandJournal of Medicine, Vol.382, 1564-1567, 16, April, 2020

※5-2:Shane Riddell, et al., "The effect of temperature on persistence of SARS-CoV-2 on common surfaces" Virology Journal, Vol.17, 145, 7, October, 2020

※6:"Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1" The NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINE, Vol.382, 1564-1567, April, 16, 2020

※7:Jean F. Gehanno, et al., "Evidences for a possible airborne transmission of SARS-CoV-2 in the COVID-19 crisis" Archives des Maladies Professionnelles et de l'Environnement, doi.org/10.1016/j.admp.2020.04.018, May, 4, 2020

※8-1:Sophie J. Smither, et al., "Experimental aerosol survival of SARS-CoV-2 in artificial saliva and tissue culture media at medium and high humidity" Emerging Microbes & Infections, Vol.9, Issue1, 22, June, 2020

※8-2:Alyssa C. Fears, et al., "Persistence of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 in Aerosol Suspensions" EMERGING INFECTIOUS DISEASES, Vol.26(9), 2168-2171, September, 2020

※9:Ajit Ahlawat, et al., "An overview ON the role of relative humidity in airborne transmission of sars-cov-2 in indoor environments" Aerosol and Air Quality Research, Vol.20, Issue9, 1, September, 2020

※10:Giovanni Seminara, et al., "Biological fluid dynamics of airborne COVID-19 infection" Rendiconti Lincei. Scienze Fisiche e Naturali, Vol31, 505–537, 16, August, 2020

※11:Valentyn Stadnytskyi, et al., "The airborne lifetime of small speech droplets and their potential importance in SARS-CoV-2 transmission" PNAS, Vol.117(22), 11875-11877, 2, June, 2020

※12:Sima Asadi, et al., "Aerosol emission and superemission during human speech increase with voice loudness" SCIENTIFIC REPORTS, Vol.9: 2348, doi.org/10.1038/s41598-019-38808-z, February, 20, 2019

※13-1:A F. Wells, "Airborne Contagion and Air Hygiene. An Ecological Study of Droplet Infections" Air Hygiene, 1955

※13-2:Raymond Tellier, "Review of Aerosol Transmission of Influenza A Virus" Emerging Infectious Diseases, Vol.12, No.11, November, 2006

※13-3:Jan Gralton, et al., "The role of particle size in aerosolised pathogen transmission: A review" Journal of Infection, Vol.62, Issue1, 1-13, January, 2011

※14:G Aemout Somsen, et al., "Small droplet aerosols in poorly ventilated spaces and SARS-CoV-2 transmission" LANCET Respiratory Medicine, Vol.8(7), 658-659, 27, May, 2020

※15:M E. Rosti, et al., "Fluid dynamics of COVID‐19 airborne infection suggests urgent data for a scientific design of social distancing" SCIENTIFIC REPORTS, 10, 22426, doi.org/10.1038/s41598-020-80078-7, 30, December, 2020

※16-1:Jamila Laoukili, et al., "IL-13 alters mucociliary differentiation and ciliary beating of human respiratory epithelial cells" The Journal of Clinical Investigation, Vol.108(12), doi.org/10.1172/JCI13557, 2001

※16-2:Eriko Kudo, et al., "Low ambient humidity impairs barrier function and innate resistance against influenza infection" PNAS, Vol.116(22), 10905-11910, 2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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