早稲田佐賀の新作応援歌はロッテ元応援団長との合作。「最高の夏にしようぜ!」。そこに秘められた思い
攻撃時にスタンドの雰囲気を盛り上げていく「チャンステーマ」だ。
全国高校野球選手権大会3日め、10日の第3試合を戦う佐賀県代表の早稲田佐賀高には出来たてほやほやのオリジナル応援歌がある。「チャンス早稲田佐賀〜最高の夏にしようぜ!〜」。プロ野球千葉ロッテマリーンズの応援団長を6年務めた神俊雄(じん・としお)さんと同校生徒の”合作”。神さんにとっても自信作だ。
「去年は、東邦高校(愛知県)が自分がロッテの応援団時代に作った曲を使ってくれて、球場全体が応援するような雰囲気になりました。今回の曲も、それに近い近い曲になりうるんじゃないか。そういう自信があります」
よく知られるロッテのチャンステーマも、神さんが手掛けた。
今回のきっかけは7月、神さんのツイッターにこんなメッセージが入ったことだった。
「ロッテの応援歌を甲子園の応援で使わせてもらえませんか」
送り主は今夏の甲子園で初出場を果たした早稲田佐賀の関係者だった。生徒の一人が自分の存在を知っており、コンタクトを望んだのだという。神さんは、ロッテ応援団時代に50曲近い応援歌を作詞・作曲したことでも知られる。2年前に応援団を退いた後は、プロバスケットBリーグ千葉ジェッツ公式応援歌やJリーグSC相模原公式ソングを手掛けた。また高校野球の応援を指導する姿がテレビ朝日系「アメトーーク!」で取り上げられた。
神さんはメッセージを確認して、パッと”逆提案”がひらめいた。
「せっかくの初出場ですから、新しい曲を作ってみませんか?」
話を聞いていくと、早稲田伝統の応援”コンバットマーチ”、”紺碧の空”などに加え、新設の系列校(2010年設立)らしい新しい応援スタイルを構築しよう、という思いに惹かれた。
2年前に応援団長を退き、仕事をしながら応援に関わる方向性を模索している自分にとっても、よい機会だと感じた。
「プロ野球以外のものを応援してみたいな、という願望がありました。今回の話は、同じ野球でしたが、いっぽうでこの先は”街の応援歌”や”地元産業の応援歌”など新しい領域にトライしたいと考えていたところで」
思えば、応援団を退いた後、自分から曲を作りたいと提案し、それがスッと受け入れられたのは初めてだった。嬉しくなった。応援団経験者だからこそ、早稲田伝統のスタイルをリスペクトする。「自分がそこに入っていっていいのか」という悩みもあったが、提案をスッと受け入れてくれた喜びの方が勝った。
ピアノで曲だけをつくり、歌詞のおおまかなイメージを固めた。すると、どうしても佐賀県唐津市にある同校に行って、その場の空気を感じたくなった。高校生とともにその場で曲を完成させ、練習することにした。
生徒からの提案「この言葉を入れてほしい」
7月下旬の佐賀早稲田高体育館には300人近い生徒がいた。全校生徒がいたのかは分からない。女子は少ない印象があった。
この日は6時間の授業が終わって、その後に甲子園に行くバスの座席の振り分け説明があったのだという。神さんの想像以上に時間がかかった。生徒たちは疲れていたのか、あるいは恥ずかしかったのか。自分が来て、オリジナルの応援歌をつくることにピンと来ていなかったのか。甲子園に行くことは楽しみにしている様子だったが、「応援歌づくり」への最初の反応は鈍かった。
「でも、そういった状況での煽りはロッテ応援団時代にずっとやってきたことですから。面白そうな生徒に話を向けたりしながら、雰囲気をつくっていきました」
まず音楽部分を生徒たちに発表した。プロ野球はトランペット単音でつくる。いっぽう、高校野球はブラスバンドが演奏するから和音がある。和音で押していくような曲を考えた。雰囲気が少しずつ盛り上がっていった。
生徒たちと歌詞を固めていく段になって、あるリクエストが出た。
「唐津という言葉を入れたい」
意外な印象だった。全校生徒の6割近くは他県出身者だという。さらに野球部の今大会エントリーメンバーは18人中16人が他県出身。
神さんはこんな歌詞を提案した。
「勝たんと唐津に帰れんけん」
”でも、唐津は故郷じゃないしな~”。そんな声も飛んだ。神さんは「負けても実際はここに帰る。でも野球はあくまで勝負。そういう気持ちでやってほしい」と考え、歌詞を固めた。途中、「勝たんと唐津に帰れん”ばい”」というアイデアも出たが、多数決で”けん”に決めた。
最終的には、こんな歌詞になった。
「最高の夏にしようぜ」も神さんが提案した。「プロ野球とは違う、夏で燃え尽きるという魅力を表現したかった」。いっぽう締めの部分の「われらの早稲田佐賀」は生徒たちと話し合って決めた。同校の寮「八太郎館(八太郎は大隈重信の幼名)」を歌詞に入れるアイデアもあったが、要素を盛り込みすぎるよりもシンプルな流れを選んだ。
多くの部分を神さんがリードしたことには違いはないが、高校生とプロ野球元応援団長の共同制作応援歌はこうやって出来上がったのだった。
その地を大切にしようという思い
当然、美談ばかりではない。
エントリーメンバー18人中16人が県外出身の早稲田佐賀の出場には、地元からの反発もあると聞く。ここからは筆者の意見だ。
どんな種目でも同様。スポーツを本格的にプレーするのであれば、当然結果が欲しい。それは自然な渇望だ。越境入学の制限などのルールがない限り、当事者たる高校生や家族は結果が出るかたちを模索する。
「勝たんと唐津に帰れんけん」。
10代の後半を過ごすその地を大切に思おう。そういう思いが凝縮されたフレーズだと感じる。中学校時代までをそこで過ごさなかった選手が多い。その過去は戻らない。ならばこの先の人生で、必ずやその地で過ごした思い出を大切にしていこう、という。選手獲得がやりやすい私立校優位の時代。他県の選手で固められたチームも存在するなか、内側にある高校生たちの心が軽快なリズムとともに伝わる応援歌でもある。アルプススタンドでどう響くだろうか。神さんはいう。
「1回の攻撃から、どんどんチャンスで歌ってほしいですね。たたみかけて攻撃をしていこう、という曲ですから」
早稲田佐賀高は8月10日に第99回全国高校野球選手権大会の一回戦に登場する。聖心ウルスラ(宮崎県)と対戦する第4試合、プレーボール予定時間は15時30分頃だ。