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NHKなのにCM。ニュースの間(はざま)に放送された妄想ラジオ番組が攻めていた 〜謎のMCの正体は?

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「ミドリ・デイルのアルトコロニーラジオ」 画像提供:NHK

2125年の火星から放送されているラジオ

NHKラジオ第一(R1)で放送された「ミドリ・デイルのアルトコロニーラジオ」が興味深かった。100年先、2125年の火星から放送されているラジオが時空を超えて2023年の日本で聞こえてくるという体(てい)で放送された、SFラジオドラマのようなものだ。

話の内容はつかみどころなく(単なる空想や妄想ではなく科学的ファクトに基づいているらしい)、CMのないNHKで謎のCMが流れ、遊びまくっている。

未来設定だからMCの正体も明かされない。あくまでも、2125年に生きている有名俳優とアイドル研究科(自称)なのである。もう声でだいたいわかってしまったけれど、気づかないフリをするところから番組との共犯関係が生まれるのである。

最初に「これから流れる番組は聞く方それぞれの心に最適な翻訳がなされたうえで届けられます」と意味深なお断りが入る。100年先の未来のラジオがこんなにも現代日本と話が通じるのはおかしくないかというツッコミがそこで封じられるのである。

そこから、地球文化への造詣が深く「カルチャーの砦」的存在として、ラジオのパーソナリティを務める有名俳優のミドリE106(演:?)とロケットや宇宙船に興味を持ちアニメやアイドルが好きなデイルE320(演:?)の軽妙なおしゃべりがはじまる。これらは火星のとあるコロニーからお届けされている。

“聞く方それぞれの心に最適な翻訳がなされたうえで届けられ”ているからか、彼らの話に理解できないことはほぼない。時々、独特な用語が出てきても、現代に容易に置き換えて考えることができる。たとえば「ソル」という単位はピンとくるし、「砂嵐」がミドリの体調に及ぼすことには共感できる。

ミドリとデイルは自分たちの日常を話したり好きなものについて話したりしながら、リスナー(子供)の悩み相談を音声データで受ける。たわいない、楽しい妄想ラジオ番組かと思って聞いていると、途中から内容がセンシティブになっていき……。

どうやら地球と火星には物理的な距離のみならず、心理的距離もあるようだ。もとは同じ地球人なのに……というSFのモチーフによくある普遍的な問題がちらりほらりと出てくると俄然、聞き逃がせなくなっていく。でもこれも聞いた者に最適な翻訳がされているだけで、聞く人によっては違うことを受け取るかもしれない。

この番組を聞いた人たちと、おしゃべりしたくなった。なんで名前に英数字がついてるのとか気になる。

「また来週〜」と言いながら来週の放送はない。ミドリとデイルには詳細な設定が作ってあって、彼らが火星で暮らしていることにもバックボーンがあるようで、この1時間のラジオ企画だけでは終わらず、今後に続く、なんらかの意図があってやっているようだ。

番組の放送前、NHK広報局から情報をもらったとき、出演者、脚本家や演出は誰? と問い合わせたが、すべて秘密だという。唯一コンタクトできたチーフ・プロデューサーは「科学的なバックグラウンドとドラマのエンタメ性を重ね合わせて何か楽しいことができないかと思ってこのラジオドラマをはじめました」と「ミドリ・デイルのアルトコロニーラジオ」の制作意図を語った。

この謎のチーフ・プロデューサーはいわゆるドラマ畑の人ではなく、聞けば、あんな番組、こんな番組を手掛けてきたすごそうな人であった。彼がすごそうなスタッフとすごそうなキャストをとりまとめている。

ニュースや情報番組が多いR1で妄想ラジオドラマを放送するチャレンジ

事前に公表されたリリースにはこうあった。

「最近、どんな思いで夜空を見上げていますか? アルテミス計画で人類は再び月面を目指し、日本の火星探査機・MMXの火星到着が計画されるなど、今、『人類の宇宙へのまなざし』が大きく変わってきています。かつて想像の世界でしかなかったことが次々と現実となる時代。笑いと音楽あふれる『時空をこえた』ラジオ番組で、リスナーの皆さんと一緒に楽しい未来を作っていけたらと考えています」

楽しい未来。なんだか最近、そういうことが気になる。歴史や事実を振り返り検証することは大事だけれど、過去と現実はなんだか重たくて。今、すごく明るい未来を夢見たい気持ちです。そう向けると、とチーフ・プロデューサーは「未来は明るいに決まっていると言い続けたい」と明るい声で言った。

「今、想像することの価値があがっている気がします。ここでありったけの想像をしていくと100年後には実現しているかもしれません」

とりわけラジオは想像力と親和性が高いとチーフ・プロデューサー。

「たとえば100年後の火星を舞台にした物語をテレビドラマにしようとすると、全部映像にしないといけないですが、ラジオだとリスナーの人が勝手に想像してくれる。これはいいなと思いました。また、ファクチュアルなドキュメンタリーとドラマが融合してできたファンタジーをR1でやることも異色な点です。FMで放送することを目指していたら、ラジオの編成の方がR1がいいのではと提案してくれたんです。番組表を見ると、ニュースや情報番組が多いなかで、この妄想ラジオドラマをどうリスナーに受け止めてもらえるのか……」

反響によっては続編も構想中で、さらにプロジェクトを拡大していく夢もある。

その昔、アメリカのラジオでSF ドラマを放送したら、リスナーがほんとうに火星人が襲来したと思い込んだという都市伝説がある。信頼性を大事にするNHKからそんな遊び心のあるラジオ番組が誕生したことは、この先の未来をどう変えていくだろうか。

それにしても情報開示がされなさすぎる。筆者はこの手のユーモアが描ける脚本家はあのひとじゃないかなと予想しているが……。明かしてもらうためにも続編を待つ。

「ミドリ・デイルのアルトコロニーラジオ」

「らじるらじる」で3月28日まで聞き逃し放送中

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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