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コロナ禍の中での出社命令は拒否できる?法的見解は【#コロナとどう暮らす

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
オフィスで働く人々(写真:アフロ)

 新型コロナウイルスを経験したことによって、私たちの暮らしは今後どのように変化するのでしょうか。Yahoo!ニュースの記事には、「感染のリスクがある仕事は拒める?」という声が寄せられました。コロナの影響で生じるこうした労働上の問題について、労働者側で労働問題を扱う弁護士である私なりの見解をのべたいと思います。

コロナ禍での仕事の相談 キーワードは「安全配慮義務」

 今月19日から、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う行動自粛要請が緩和されました。これに伴い、出勤し始めた人や今後出勤する人が増えるかもしれません。

 在宅でできる業務なのに出勤を命令されたら、どうすればいいのか? 同じ業務なのに自分だけ出社が命じられたら? 時短勤務を要望したのに通常出勤を命じられたら?

 こうした問題を考えるうえで知っておくべきなのが、「安全配慮義務」です。使用者(会社側)は労働者を指揮命令下において働かせるので、働く労働者の健康等に危害が生じないよう、安全な就労環境を提供する義務があります。もしこの義務がなければ、使用者はやり放題となりますので、法や裁判例ではそうした義務を使用者に課しています(労働契約法5条)。

 安全配慮義務を踏まえ、コロナ禍で働く際に生じうる労働上の問題について、いくつかケースを考えてみたいと思います。

1.在宅勤務ができる業務なのに出勤を命じられた場合

 たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大が進む中で、満員電車で通勤しなければならない労働者が、在宅勤務ができるのに会社から通勤を命じられた場合、どうなるでしょうか。

 通勤電車は、閉鎖空間であり、混んでいれば感染リスクが高いのは周知のとおりです。

 都心に勤務地があるなど、混雑した電車で通勤しなければならないことが明らかな場合は、会社はできるだけ労働者が感染しないよう適切な措置(在宅勤務など)をとる必要があります。

 したがって、在宅勤務できる労働者は、感染拡大が進んでいる状況では、こうした措置をとるよう会社に要望しましょう。

在宅を要望したのに出勤命令 拒める?

 もし会社が、そのような労働者の要望があるにもかかわらず出勤を命じた場合、労働者はその命令を拒めるのでしょうか。

 結論から言えば、拒否できる場合はあります。以下のような条件が重なった場合、労働者が会社の出社命令を拒んでも、それを理由にその労働者に不利益な処分(懲戒処分や解雇など)をすることは許されません(労働契約法15条・16条参照)。

・感染拡大が進んでいる状況である

・会社が何の対策も措置もとらず、漫然と出社を命じている

・在宅勤務が可能な業務である

・在宅勤務を行っても会社の業務遂行に影響がない(もしくは小さい)

 他方、感染拡大が進んでいるとはいえない場合や、会社が出勤について時差通勤を認めるなど配慮をしている場合は、出社することを拒むことは難しいと考えられます。

 そして、賃金については、労働者に出勤を命じることが不合理といえる程度に感染拡大が進行している状況であれば、在宅勤務を申し出た労働者は働こうとしたのに会社が拒否したこととなり、全額請求できることになります。

労働者の安全を守るために重要な「労使の話し合い」

 注意しなければならないのは、「感染拡大が進んでいる状況」という点について、労使で捉え方が一致しないとトラブルの原因となります。これは、会社や労働者の主観ではなく、客観的なデータ等に照らしてその時点の感染拡大状況を元に判断されます。

 したがって、データ上などで感染拡大が進んでいるとはいえない場面で、会社からの出社命令を拒んでしまうと、懲戒処分などを受けるおそれがあります。

 そうしたトラブルを避けるためにも、可能であれば、労働者と会社はしっかり話し合い、労働者の安全のためにとられる措置が適切なものになるよう、認識の一致を目指すべきです。また労働者側は、会社との話し合い内容を録音するなど、証拠を残しておくことも大事です。

 会社に話し合いをもちかけても応じてくれなかったり、話し合っても認識が一致しない時は、労働組合に相談したり、場合によっては行政(労働局や労働基準監督署、または都道府県にある労働関係の問題を扱っている窓口)に相談するといいでしょう。

労働組合がある場合は力を発揮する場面

 労働組合がある職場(ない場合は新たに労働組合を作ることができます)や、一人でも入れるユニオンに加入していれば、こうした会社との「話し合い」をより確実に実施できます。

 というのも、会社は、労働組合から申し入れられた交渉を正当な理由なく拒むことができないからです。

 もし拒めば不当労働行為として、違法となります(労働組合法7条2号)。

 したがって、労働組合が率先して、感染拡大予防のために会社と話し合い、働く現場の声を届け、適切な措置を会社にとらせていくべきであるといえます。

「同じ業務なのに一人だけ出社命令」はハラスメント

 私が目にした在宅勤務や出社をめぐる相談の中には、同じ業務にあたる他の社員は在宅勤務を織り交ぜたローテーション勤務として感染予防の措置がとられているのに、自分だけ毎日出社を命じられている、というものがありました。

 一部の社員を差別的に扱うやり方は明白なハラスメントです。会社は安全配慮義務違反もしくは不法行為として、損害賠償を命じられる可能性があります。

 もし、このような扱いを受けた場合は、労働組合や弁護士などに相談をし、やめさせるなど、対策を考えることが必要です。

(写真:アフロ)
(写真:アフロ)

2.在宅勤務ができない業務で通常出勤を命令された場合

 次に、在宅勤務ができない業務や業種の労働者が、感染拡大が進む中、会社から出勤を命じられた際は、どのような対応をとることができるでしょうか。

 まずは、以下のような措置を会社に要望することが考えられます。

・通勤時に満員電車を避けるための時差通勤

・時間短縮勤務などを織り交ぜる

・労働者のローテーション勤務

時差出勤を要望したのに通常出勤の命令 拒める?

 会社がこうした措置を全くとらず、通常の勤務時間で出勤しろと言われて、これを拒んで時差通勤を強行したらどうなるでしょうか。

これも在宅勤務の場合と同じで、次のような状況が重なれば拒むことは可能といえます。

・通常の勤務をすることが不合理といえる程に感染拡大が進んでいること

・時差通勤をしても会社の業務に影響がないこと

 この場合、労働者が通常の時間の出社命令を拒んだとしても、それを理由に不利益な処分(懲戒処分や解雇など)をすることは許されません。

 他方、通常勤務をさせることが不合理といえる程までは感染拡大が進んでいるとはいえない場合や、会社の業務として時差通勤が困難といえる場合は、通常の出勤を拒むことは難しいと考えられます。

 賃金については、労働者の判断で、労働者が所定の労働時間より短く働いた場合には、短縮した分につき減額される可能性はありますので、注意してください。

 そして、「感染拡大が進んでいる状況」については、先にも述べたとおり、客観的に判断されるものですので、労使で齟齬がないように、会社と話し合いをすることがまずは大事です。

3.勤務中に感染予防の観点から好ましくない業務命令を出された場合

 次に、感染拡大が進む中、業務中に小さな部屋で多人数の密接な状態で会議をすることを命じられたり、取引先と酒席を伴う接待を命じられるなど、感染リスクの高そうな業務命令を出された場合は、どう考えればいいでしょうか。

 この場合も、会社には労働者の安全を確保する義務がありますので、感染予防上好ましくない業務命令は不合理なものとして、効力を有さない場合があります。

 一例として、他の代替手段としてオンライン会議が可能であるにもかかわらず、あえてこれをせず、何の感染対策もしないまま密室での多人数の会議を命じるのは、不合理であるといえます。

 また、酒席を伴う接待については、そもそも酒席においては感染予防措置がとりにくいという実態があります。そのため、感染拡大が続く状況下で、会社が、酒席を伴う接待に同席する労働者につき、適切な感染予防措置をとることができないのであれば、不合理な業務命令であるといえます。

 業務命令が不合理である場合、これに従わなかったとして、労働者にペナルティを科すことは許されません。

(画像制作:Yahoo! JAPAN)
(画像制作:Yahoo! JAPAN)

4.実際に感染してしまった場合

 ここまで、感染リスクの高さが心配される3つの場面について、対応を考えてきました。

 では実際に、会社が適切な感染予防措置をとらなかったことから、新型コロナウイルスに感染してしまった場合、会社に責任を追及できるでしょうか。

 まず検討すべきは労災ですが、これについては厚生労働省から通達(令2.2.3基補発 0203第1号)が出ています。

 通達では、基本的な方針として、「一般に、細菌、ウイルス等の病原体の感染を原因として発症した疾患に係る業務上外の判断については、個別の事案ごとに感染経路、業務又は通勤との関連性等の実情を踏まえ、業務又は通勤に起因して発症したと認められる場合には、労災保険給付の対象となる。」としています。

 したがって、感染経路が特定できた場合、それが業務と関連している、または、通勤時であれば、労災保険によって、休業補償(会社を休んだ分の賃金の一部の補償)や療養補償(医療費等の補償)を受けることができます。

感染経路が特定できない場合は?

 他方、調査によって感染経路が特定されない場合でも、通達では、「感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下で業務」に従事していた労働者が感染したときには、業務により感染した可能性が高いことを前提に、業務によって感染したかどうかを個別に判断するとされています。

 ここで「感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下での業務」の例としては、「複数(請求人を含む)の感染者が確認された労働環境下での業務」と「顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務」が挙げられています。あくまでも例ですので、これに限られるわけではありません。

 したがって、職場に感染者が出ていた場合や顧客など不特定多数と接する業務には、感染経路が特定されなかったとしても、労災が認められる可能性があります。

会社に対する損害賠償請求

 上記の労災に加えて、会社が感染防止の適切な措置をとらず、労働者の感染が明らかとなった場合は、会社には安全配慮義務違反が認められます。労働者は損害賠償請求が可能です。

 労災でカバーされない部分の休業損害(払われるべきだった給料)や慰謝料などが請求できます。

おわりに

 以上、感染予防の観点から好ましくない業務命令を出された場合について解説しましたが、そもそもこうした命令を出さないに越したことはありません。

 会社側は、働く人の健康を第一に考えながら、知恵を出し合って適切な措置を講ずることが大事であると思います。

また、労働者側も、不合理な命令などがあった場合、一人で悩まずに相談することが大事です。相談できる先をあらかじめ見つけておいたり、労働組合に加入するなどしておくといいかと思います。

※記事をお読みになって、さらに知りたいことや専門家に聞いてみたいことなどがあれば、ぜひ下のFacebookコメント欄にお寄せください。次の記事作成のヒントにさせていただきます。

また、Yahoo!ニュースでは「私たちはコロナとどう暮らす」をテーマに、皆さんの声をヒントに記事を作成した特集ページを公開しています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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