現金給付は景気刺激になるのか(アメリカで12兆円を配ったときのこと)
「納税者の皆様へ」
「納税者の皆様へ(Dear Taxpayer)」と始まり、ヘリコプターマネー(空(政府)からばらまかれるお金のこと)の給付を告げる米国政府からの手紙が私の手元にある。手紙には、私の口座に300ドルが振り込まれた旨が書いてあった。ジョージ・W・ブッシュ大統領が同年2月13日に署名した「2008年景気刺激法(Economic Stimulus Act of 2008)」のおかげだ。
この法律に則って、米政府はおよそ1億3000万世帯に合計940億ドル(現在価値で約12兆円)の税還付を行った。 1回だけとはいえ、1人当たり39000円~78000円(夫婦2人なら倍)の大きさである。
給付金は消費にまわるのか
関心となるのは、その使いみちである。還付金(以下、給付金と呼び替える)がしっかり消費にまわされれば景気刺激効果はあったといえる。しかし、ごく単純な経済モデルを想定すれば、給付金に景気刺激効果は全くない。給付金が、将来の増税で賄われるのであれば、"合理的な個人"は将来の増税を見越して全部貯蓄してしまうからだ。実際は、もちろんそうでなくて、予期せぬ所得を得た個人は消費を増やす傾向にあり、これが景気刺激になる。
2008年のヘリコプターマネーはどのくらい消費されたのだろうか。こうした政策効果の測定はふつうは難しい。というのも、ある個人の消費が5月に50ドル増えたとしても、それが給付金のおかげなのか、それとも、なにか給付金とは無関係な別の要因(たとえば、ガソリン価格の急騰など)によるものなのか、区別がつかない。
だから、最近はRCT(ランダム化比較実験)によって、政策の効果を測定しようという動きが強まるわけだ。RCTでは、ある集団に属する人たちを、ランダムに2種類にわける:給付金を受け取るグループAと、受け取れないグループBに。そうしてから、消費額の変化を比べれば良い。給付金を受けたグループAで平均50ドルの増加があり、そうでないグループBで平均30ドルの増加であれば、給付金による消費押しあげ効果は20ドル分ということになる。だが、実際の政策でこんなRCTはできやしない―――ふつうは。
給付タイミングをランダム化して効果検証
ところが、この2008年の給付金の素晴らしいところは、RCTに近いランダム化が行われていたことだ。各個人がもっている社会保障番号(SSN)の末尾2桁ごとに給付金の受け取り時期がずれていたのだ。末尾2桁はランダムに決まっているため、ある時期に、給付金をもらったグループとまだもらっていないグループの2つが併存していた。給付時期は表にあるように9グループにわけられ、毎週1グループで9週間にわたって給付が区切られていた。
これを活かして、給付金がどれくらい個人消費を押し上げたかを推計したのがParker et al. (2013)だ。消費者支出調査の17000件以上のデータを使った推計の結果は、手法やアプローチによって幅があるので断定的なことはいえないが、ひとつの結果としては、給付金の12%相当が非耐久消費財の支出にまわり、全体では給付金の52%相当が消費支出に充てられたというものだった。
政策の介入効果を測るのに必要なランダム化
こうした数字が計算できるのも、ランダム化をとりいれた結果である。EBPMがちゃんとエビデンスに基づく政策立案になるためには、エビデンスとしての根拠ある数字が必要だ。これがただのエピソードに基づく政策立案になってしまわないためにも、ランダム化によって政策効果を測る習慣が必要だ。上記の数字は、日本で現金給付を行うときの意思決定の目安にもなるだろう。
ところで、株の買い支えのために、今年に入ってすでに日本銀行は3兆円を超える金融資産を買い込んでいる。なにかもっと効率的なやり方はないのだろうか。
今年後半は深刻な不景気が日本を襲うかもしれない、その影響を想像するだけでもつらい。かといって、財政ファイナンスをさらに推し進めることのハードルは高いのだろう、「100兆ジンバブエドル紙幣」をみながら、そう思った。