オスカーレース最前線:「ゲット・アウト」は大穴になりえるか
オスカー授賞式まで、3週間弱。だが、まだまだ答を出すのは早い。すでに作品賞は「スリー・ビルボード」と「シェイプ・オブ・ウォーター」の二者争い状態で、現状、「シェイプ・オブ〜」がややリードしていると見られるが、そんな中、「ゲット・アウト」がじわじわと勢いを伸ばしているのだ。もしかしたらこれが大穴かとの声もある。
「ゲット・アウト」は、本来アカデミーから無視されがちな低予算のホラー映画。しかし、独創性豊かで、社会的メッセージがあることから、北米公開時より批評家の絶賛を浴び、このアワードシーズンも数々の賞にノミネートされたり、受賞したりしてきた。監督組合(DGA)からは新人監督賞、プロデューサー組合(PGA)からは重要な社会問題に焦点を当てる作品に送られるスタンリー・クレーマー賞を受賞したのだが、いずれも栄誉はあっても、メインの賞ではない。ところが、この週末、今作の監督で脚本家のジョーダン・ピールは、「シェイプ・オブ〜」を制して、脚本家組合賞(WGA)を受賞したのである。
各批評家賞やゴールデン・グローブなどと違い、組合系の賞は、アカデミーと投票者がかぶることから、オスカー予測上、最も重視されるものだ。中でもPGAはオスカー作品賞、DGAは監督賞と一致することが非常に多い。また映画俳優組合賞(SAG)は、アカデミー会員で一番多くを占めるのが俳優ということもあって、これまた重要である。
そんな中で、WGAは、資格に関するルールがオスカーとかなり違うこともあり、ほかの3つの組合賞ほど、オスカーに直接はつながらないと考えられている。オスカーの脚本賞、あるいは脚色賞を取った作品がWGAには資格がなくて候補入りもしていないという例は数多く、実際、今年も、「スリー・ビルボード」はWGAの資格がなく、ノミネートされていない。
それでも、「ゲット・アウト」が「シェイプ・オブ〜」と「レディ・バード」を打ち負かしたことの意味は大きい。WGAにも資格があった作品が、WGAを受賞することなくオスカー作品賞を取ったのは、2004年度の「ミリオンダラー・ベイビー」に遡るまで、一度もないのである。
最後のどんでん返しで「ラ・ラ・ランド」が「ムーンライト」にオスカーを取られた昨年も、今思えば、WGAでひと足先に同じことが起こっていたのだ。「ムーンライト」は、オスカーでは脚色部門だったが、WGAでは「ラ・ラ・ランド」と同じ脚本部門の扱い。そして、WGAでも、勝ったのは「ムーンライト」だったのである。
「スリー・ビルボード」は、ピークが早く来すぎたか
「ゲット・アウト」は、今のところ、やはり三番手。しかし、「シェイプ・オブ〜」と「スリー・ビルボード」にも、不安材料はある。
「シェイプ・オブ〜」は、PGAを取ったのが最高の強み。だが、SAGのキャスト部門には、ノミネートもされていない。SAGのキャスト部門に候補入りしなかった作品がオスカー作品賞を受賞したのは、1995年度の「ブレーブハート」以来、一度もない。先に述べたとおり、WGAも逃した。
一方で「スリー・ビルボード」は、SAGを受賞。しかし、オスカー監督部門に候補入りしなかった。監督部門にノミネートされなかったのに作品賞を取ったのは、過去にたった4作品だけである(最近では『アルゴ』)。
「スリー・ビルボード」にはまた、ピークが早く来すぎたのではとの懸念もある。秋に、オスカーにつながることの多いトロント映画祭観客賞を受賞、先月頭には「シェイプ・オブ〜」を制してゴールデン・グローブ作品賞(ドラマ部門)を受賞し、先頭に躍り出たのだが、ここにきて、ネガティブな反応も聞かれるようになってきたのだ。見ていない方のためにネタバレしないよう注意して書くが、主にはサム・ロックウェル演じる人種差別者の警官ディクソンの描かれ方についてである。それに関しては、先週にも、マーティン・マクドナー監督が「L.A. Times」や「Entertainment Weekly」で反論のコメントをしている。
最初の頃に勢いのあった作品が、オスカーが迫るにつれて失速する例は、過去にも数々あった。たとえば「ゼロ・ダーク・サーティ」も、描写が正確でない部分があるという批判が出て勢いを失っている。昨年「ラ・ラ・ランド」が作品賞を逃したのには、ノミネーションと実際の投票の間にトランプが就任し、アメリカのムードが変わったことも大きいと思われるが、そこまでに盛り上がりすぎたというのもあったのかもしれない。良い、良いとあまりに言われると、「そんなに良いか?」という声が、必ず出てくるものだ。
そんな声が出る余裕のない、ちょうど良い時期にピークが来るよう、オスカーキャンペーンの担当者は、みんな意識している。だが、いくらがんばったとしても、こればかりはなかなか思いどおりにならないのが現実である。
残る英国アカデミー、インディペンデント・スピリットの結果はいかに?
オスカーまでにまだ残っていて、投票が締め切られていない賞には、英国アカデミー(BAFTA)とインディペンデント・スピリットがある。BAFTAの発表はイギリス時間18日で、投票締め切りは14日。作品部門に候補入りしているのは、「スリー・ビルボード」「シェイプ・オブ〜」「ダンケルク」「君の名前で僕を呼んで」「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」。「ゲット・アウト」は脚本部門で「スリー・ビルボード」「シェイプ・オブ〜」と対決することになる。
一方、インディペンデント・スピリットの発表はオスカー前日の来月2日、投票締め切りは今月16日だ。その名のとおり、インディーズの賞で、予算などの理由で資格外となる作品も多く、「シェイプ・オブ〜」は、入っていない。「ゲット・アウト」は作品、監督、脚本、主演男優、編集の5部門で候補入り。「スリー・ビルボード」は、脚本、主演女優、助演男優の3部門だ。「ゲット・アウト」のほうが多数部門で入っている上、作品、監督といった重要なところを抑えているのが注目される。
現実的にはまだ、「ゲット・アウト」がオスカー作品賞を取る可能性はかなり低いだろうというのが、大方の予測だ。しかし、オスカーの投票開始は20日と、1週間以上先。投票締め切りは27日で、まさに勝負はこれからである。
ここまできた以上と言うべきか、「ゲット・アウト」を配給するユニバーサルは、新聞、ラジオ、業界サイト、ソーシャルメディアなど、あらゆるところで毎日広告を打っている。最後まで全力を尽くすのも、オスカーキャンペーンの常識なのだ。とは言っても、昨年のように、広告を打つお金もほとんどなかった「ムーンライト」が勝つこともあるのだから、わからない。たしかなのは、この3作品ともすばらしいことと、今年はちょっとおもしろくなりそうということ。どれが取っても個人的には文句ないが、どれが取るのか、ものすごく気になるところである。