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女性とサッカー。バスク人の関わり方は、バルサもマドリーも超える?

小宮良之スポーツライター・小説家
国内最強を誇るアスレティック・ビルバオの女子チーム

サッカーは男だけのものか?

 スペイン北西部とフランスにまたがるバスクを巡って、ヤフーでサッカールポを執筆している。そこには異端なる風景があった。男たちが不屈の精神力で鍛錬し、たくましい肉体の力を丁寧に技術に落とし込んでいた。

 それによって、アスレティック・ビルバオは純血主義を守りながら、一度も2部リーグに落ちたことがない。レアル・ソシエダは欧州カップ戦に出場しているレベルでは、最も自前の選手で戦っているチームと言える。まさに精鋭集団。それはきわめて男っぽい戦い方と言える。

 大柄で筋骨隆々な男たちは、マッチョだ。

 招待を受けたバスク伝統の「美食クラブ」では、男たちが男だけの世界を作っていた。妻たちに文句を言われず、ゆっくり飯を食い、酒を飲み、何よりサッカーを語る。サッカー狂のためにできた施設とも言われる。つい最近までは、女人禁制だった。

 では、バスクは男性優位主義が横行する地域で、女性はサッカーを忌み嫌っているのだろうか?

 それはとんでもない誤解である。

スペイン最強を誇るバスクの女子サッカー

 スペイン国内のサッカースタジアムで、女性率が1番多いのはバスクのスタジアムだろう。欧州でも、その多さは突出している。スタジアムの約4割が女性。これは治安の面からも、南米では考えられないことだろう。

 バスクの女性は、サッカーへの造形がとにかく深い。理想のサッカー観のようなものを持っている。卑怯なプレーを嫌い、剛毅な攻守を好む。

 そしてスポーツ活動として、サッカーに慣れ親しんでいる女性が意外なほど多いのだ。

 スペイン女子リーグは88―89シーズンに創立しているが(カップ戦は82―83シーズンから)、アスレティックの女子チームは最多5回もの優勝を果たしている。特筆すべきは、2002―03シーズンに優勝を決めた試合で、3万5千人収容の旧サンマメススタジアムが満員になった点だろう。男性も女子チームに対し、熱心に声援を送る。昨シーズンは欧州女子チャンピオンズリーグにも出場し、ベスト16まで進んでいる。

 そして、バスクの女子サッカーはアスレティックだけではない。

 現在は2部リーグ所属だが、アニョルガもバスクのクラブで3度のリーグ優勝、3度のカップ優勝を誇る。これは、アスレティックに追随し、バルセロナに匹敵する数字である。また、レアル・ソシエダも女子チームを所有し、1部リーグに在籍。男子と同じく、例年は優勝は難しくても上位を争う。クラブ史上初の外国人選手として、今年から日本代表の後藤三知と契約を結んでいる。

 一方で、男子の欧州王者であるレアル・マドリードは女子チームは1部リーグどころか、存在すらしていない。

「お嬢ちゃんがサッカー?」

 そうやって馬鹿にする風潮が他の地域には根強い。

 バスクでどれだけサッカーが女性に親しまれているか、明らかだろう。

 バスク地方で、女子のサッカー人気が飛躍的に高まるきっかけはあった。

スーパースター、ゲレーロが女性を虜に

 90年代、バスク人女性を虜にする一人のスーパースター選手が出ている。

 ジュレン・ゲレーロ。

 アスレティックの攻撃的MFだったゲレーロのプレーは、とにかく華麗だった。颯爽とボールを持ち運ぶだけで雰囲気があり、ドリブル、パス、シュートとどれも芸術的な匂いがした。あのヨハン・クライフがドリームチームの中心に据えるべく食指を動かし、レアル・マドリードは白紙の小切手を渡したほどだった。

 しかし、ゲレーロはすべてに首を横に振り、アスレティックでのプレーを選んだ。

 その男気が人気の理由だったか、と言えば、そうではない。

 端麗な容姿が人気を集めた。

「Guapo」(かっこいい!)

 ゲレーロを見たさに、練習場へ女性が集まるようになった。スタジアムでは黄色い声が飛ぶ。サインをもらった女性が、嬉しさのあまり気を失ってしまったり、泣き叫んでしまったり、アイドルやロックスターや人気俳優のような扱いだった。その影響はバスクだけにとどまらず、スペイン全土に波及した。

 スペイン中がゲレーロフィーバーと化したのだ。

 しかし、四六時中、注目を浴びたからだろうか。ゲレーロのキャリアハイは20代前半だった。それからは調子を落とし、代表からも選ばれなくなり、やがてアスレティックでもベンチを温めるようになった。人気はやがて萎んだ。

「女にモテまくりやがって、どこかいけ好かない」

 男性ファンからの人気は、理不尽なほどに低かった。ゲレーロ自身は、真面目で夜遊びをするタイプではなかったのだが、嫉妬とはそういうものなのだろう。

フィーバーの後に残ったサッカーファン

 一方で、ゲレーロ目当てで集まった女性たちは、それなりにサッカーファンとして根付いた。

 イケメンを追い続けた一派もいる。

 バスク人サッカー選手は、スペインナンバー1のイケメン集団と言われる。「青空ホスト」のようなものか。選手を追う女の子たちは少なくない。2000年代はアスレティックのアイトール・オシオがイケメンランキングで常にトップで殿堂入り。また、昨シーズン引退したシャビ・アロンソも実力も申し分なく、女性人気の高い選手だった。無口で仕事を完璧にこなす、そんなパーソナリティも魅力だったのだろう。

 その一方、当初はイケメン目当てだった女性の中には真剣にサッカーを見守り、楽しむ人も増えた。スタジアムで、その熱狂を楽しんだ。彼女たちの娘が、積極的に自らもサッカーをスポーツとしてする道に進み、バスクの女子サッカーは力をつけてきたのだ。

 リーガエスパニョーラ女子は、多国籍電力公益企業のイベルドローラが冠スポンサーになったことで潤沢な資金を得ている。女子サッカー全体が盛り上がり、2019年W杯出場を目指し、スペイン代表も気勢を上げる。バスクの女子サッカーは、これからも重要な役目を担うだろう。

 ちなみにイベルドローラは、バスク州のビスカヤ県ビルバオに本拠を置く、バスクの企業である。

 バスクの女子サッカーはさらなる飛躍が見込まれている。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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