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妊婦も子どもも喜んで飲んだ!ドイツビールの中世から現代まで

シュピッツナーゲル典子在独ジャーナリスト
ピルスナー、黒ビールなど地元ならではの逸品を満喫(c)n.spitznagel

中世の頃、ビールは水よりも安心して飲める飲料だった。世代を問わず1日に何リットルも飲んだというドイツビールは、今もなおこだわりの醸造法でつくられ、国民的な飲み物として愛されている。

4月22日より全国展開のビール純粋令祝賀イベント

そのこだわりの醸造法「ビール純粋令」が発布されてから今年で500年を迎える。

現存する食品関連法で世界最古といわれる同令が、5世紀にわたりドイツビールの質の保護に果たした役割を称え、4月22日には南部バイエルン州イン ゴルシュタットで、23日には全国で祝賀イベントが催される予定だ。

「ビール純粋令」は、1516年4月、バイエルン王ヴィルヘルム4世によって制定された原料を「大麦、ホップ、水」に限定してビールつくりをする法律だ。その当時、酵母は知られていなかったため、限定原料にはその名が見当たらない。

しかし16世紀半ば、酵母はビールの味や旨みにも好影響を与えることがわかり、原料に加わった。1906年には全国でビール純粋令が採用された。

国民1人当たりビールの年間消費量は107リットル

ドイツには1,300 カ所以上もの醸造所があり、昨年のビール輸出量は15億リットル。国民1人当たりの年間消費量は107リットルと1970年代の150リットルからは減少しているものの、国民的な飲み物として高い人気を誇る。

ドイツビールといえば南部のバイエルン州を思い浮かべる人が多いだろう。特にヴィルヘルム5世が創立したミュンヘンのホーフブロイハウスは観光ハイライトとして注目を浴びているが、本来ビール醸造は北部から始まった。

ドイツビールの歴史を振り返る際に必ず登場する街アインベックをはじめに紹介したい。

ビールの街アインベック

ニーダーザクセン州アインベックは14世紀から15世紀にかけ、北ドイツ最大の都市のひとつだった。この街では13世紀頃からビール醸造が始まり、14世紀から重要産業としてビールの輸出に大きな貢献をした。そのためアインベックは今も「ビールの街」として知られる。

かって、アインベックには700以上のビール醸造所があった。ビール醸造を手がけたのは、大きく高い建物を有する富裕層だった。

ビールつくりを仕切ったのは、女性達。この頃すでに飲むパンとして重宝されたビールは水よりも安全な飲み物として一日に1人数リットルも口にしていた。女性達は家族のために毎日ビールづくりに従事した。

ビールは醸造過程で水を沸騰させたため、雑菌もなく保存の聞く飲料として重宝された。これに対して水は汚染がひどく、病気を引き起こす雑菌が多く含まれ、飲める代物ではなかった。

さらに、ホップは雑菌の繁殖を抑え、ビールの腐敗を防ぐ作用があることがわかり、ビールつくりに重要な役割を果たした。ホップは催眠、利尿、食欲増進、消化促進と薬理的な作用もある。当時のビールはアルコール度数が低かったこともあり、妊婦や子どもにも惜しげなく供される飲み物となった。

アインベックのビールづくりは、30年戦争で街が破壊されたことで困難な時期を迎えた。その後、各醸造家たちが共同でアインベッカー醸造所を立ち上げ、この街のビールづくりを象徴する存在となった。

アインベックビールといえば、黒ビール。ボックビールと呼ばれるアルコール度数6.5%以上の強い黒ビールは、この街のビールが原型となりドイツ全体に広まった。(通常のドイツビールはアルコール度数4.5%から6%)。  

ビールは家庭でつくられていたことから、ドイツでは小規模な地方のブランドビールが主流で全国ブランドは数えるほどしかない。今回は東部エアフルトと南部レーゲンスブルクで美味しいと評判の地ビールを飲みに行った。  

エアフルト・ゲーテも愛飲したビール

喉越しよく、何杯でも飲めてしまう(c)norikospitznagel
喉越しよく、何杯でも飲めてしまう(c)norikospitznagel

テューリンゲン州でお勧めのビールはケストリッツアー黒ビール。繊細で芳香漂う上品な味が特徴だ。1543年創業の老舗ケストリッツアー醸造所は、旧東ドイツのライプチヒ周辺に本社を構える。

ワイン好きで有名だった詩人ゲーテも、ケストリッツアー黒ビールのファンだった。朝から大きなジョッキで飲み干していたというほど、この黒ビールに魅せられたひとりといわれる。

また、ドイツ帝国統一に貢献した宰相ビスマルク(1815~98年)もこのビールを飲んでいたといい、「優雅な味わいで、ビールの中の貴族と言える」と絶賛した。

エアフルト市内で最古の歴史を誇る「黄金の白鳥」は、レストランとビール醸造所を併設する。同店でつくられたの季節限定のビールを飲みに来る客でいつも溢れかえっている。

メニューから地元の歴史を知るのも楽しみのひとつ(c)n.spitznagel
メニューから地元の歴史を知るのも楽しみのひとつ(c)n.spitznagel

1月から2月は、モルトの芳ばしい香りが特徴の「冬のビール」。マイルドでコクのある「5月のボックビール」。7月から8月には「夏のビール」。9月には「ジャガイモビール」、10月と11月には当店醸造ビールの中で一番アルコール度数の強い「ボックビール」(6.5%)、12月の「クリスマスビール」など。この他にもエアフルト周辺で醸造されたビールも提供中。

どの季節に訪問しても、きっと自分の嗜好にあったビールに出会えるだろう。

レストラン「金の車輌」自慢のクヌーデルつくりを見学(c)norikospitznagel
レストラン「金の車輌」自慢のクヌーデルつくりを見学(c)norikospitznagel

旧市街にあるレストラン「金の車輌」は1551年に建築された中世の都市貴族の家だった一角にある名店。

レストランオープンは、1996年と歴史は浅いものの、2011年ローマ法王ベネディクト16世がエアフルト訪問した際、昼食に立ち寄られたレストランとして知られ、店内には同法王訪問時の写真が飾られている。

レーゲンスブルク・病院で飲むビールの味は?

以前レーゲンスブルクの魅力を紹介したが、あのドイツ最古の石橋の脇にある病院で醸造されているビールが美味しいと聞いて足を運んだ。

病院でビール?とはちょっと意外な気がするかもしれない。かって修道院や病院でも自分達が飲むためにビールつくりをしていたが、1225年創立のシュピタル醸造所もそのひとつ。現在、小規模ながらも味にこだわったビールづくりを伝承している。

醸造所見学後の楽しみ試飲はお変わり自由(c)norikospitznagel
醸造所見学後の楽しみ試飲はお変わり自由(c)norikospitznagel

カタリーナ施療院財団の運営した病院(シュピタル)は、病人や老人など助けが必要な人たちを対象にした医療機関だった。

現在は老人ホームで、80人ほどの入居者がここで生活している。ホーム住人には一日1リットルのシュピタールビールが週に3回供されているそうだ。

ビール売上金の一部は生活困難者支援に寄付しているという。企業として営利を求めるだけでなく、困っている人に手を差し伸べる気持ちを忘れないドイツ人の優しさと懐の深さを感じた。

 地元ならではの黒ビールクナィティンガーに大満足(c)norikospitznagel
 地元ならではの黒ビールクナィティンガーに大満足(c)norikospitznagel

もうひとつのお勧めは、老舗醸造所クナィティンガー。併設のレストラン店内は昔ながらの佇まい。1530年創業の名店で、伝統と地元民を大切にする大衆酒場として親しまれている。地元民も頻繁に通うレストランの料理とビールは味にはずれがない。

ここはバイエルン!皮の半ズボン着用の若者が接待してくれた(c)n.spitznagel
ここはバイエルン!皮の半ズボン着用の若者が接待してくれた(c)n.spitznagel

中世の頃とは異なり流通販路も整った現在、地ビールはどこのスーパーでも入手できるようになり嬉しい限りだ。しかし地元醸造所へ出向き、現地ならではの風景や空気を体感しながら地ビールを飲むのも旅の贅沢な楽しみ方のひとつにちがいない。

取材協力・ドイツ観光局

在独ジャーナリスト

ビジネス、社会・医療・教育・書籍業界・文化や旅をテーマに欧州の情報を発信中。TV 番組制作や独市場調査のリサーチ・コーディネート、展覧会や都市計画視察の企画及び通訳を手がける。ドイツ文化事典共著(丸善出版)国際ジャーナリスト連盟会員

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