「スーパーラグビー後初」のトップリーグで問われる3つの要素。【ラグビー雑記帳】
国内最高峰であるラグビートップリーグの14シーズン目が8月26日、開幕する。
前年度までおこなわれていたプレーオフトーナメントが廃止され、16チームが総当たり戦のみで王座を競う。
2月からある国際リーグのスーパーラグビーに日本のサンウルブズが参戦すること、シーズンを締めくくる日本選手権(今年度はトップリーグ上位3チームと大学選手権王者によるトーナメント)がNHKで放送されるため廃止しづらかったことなどから現行のフォーマットに落ち着いた格好だ。
国内リーグの王座争いにシーズン終盤の短期決戦が用いられないことには、選手からの不満も少なくはない。もっとも今季から、キヤノンの採用も務める瓜生靖治氏やNTTコムのチームディレクターだった内山浩文氏ら現場畑の人材が日本協会へ出向し、中長期的なトップリーグ改革を企画中。大会フォーマットやリーグ戦そのものの価値向上への取り組みについて、今後、新たな展開がなされるかもしれない。直近に迫った2016年度シーズンにあっては、ただ戦いそのものに注目されたい。数年来のトレンドに沿って、今季も国内外の代表経験者が多く揃っている。
今季は、昨秋のワールドカップで男子15人制の日本代表が歴史的な3勝を挙げてから2度目のシーズンであり、今夏のリオデジャネイロ五輪で男子7人制の日本代表が4強入りを果たしてから初の舞台でもある。ナショナルチームが創ったブームを競技人気に定着できるかが問われるなか、各クラブは、新たなチャレンジをすることとなる。
サンウルブズ勢をはじめとしたスーパーラグビー組の出場時間の調整、である。
休ませますか? やらせますか?
昨秋から一気に世界水準のフェーズへ突入した日本のラグビー選手は、十分な休息もままならぬままフィールドに立ち続けている。
ワールドカップイングランド大会に出場した堀江翔太は、パナソニックとサンウルブズでもキャプテンとしてレギュラー出場を重ね、6月の日本代表ツアーにも参戦。2月から休息期間を挟みつつ7月まであったスーパーラグビーのシーズンにあっては、肘の故障のため最後の3試合を欠場した。
その6月の日本代表ツアーで副キャプテンを務めた立川理道も、今季のサンウルブズにとってのラストゲームとなったシャークス戦をレスト。クボタのキャプテンとして国内所属先に合流すると、11月に予定される日本代表のツアーを見据えてこう語ったものだ。
「僕はまだそんなにしんどいと感じたことはないですけど…。ピラミットの頂点は日本代表。そこは全体的にコントロール(協議)していけたらとは思います」
南アフリカのブルズの指揮官として、2度のスーパーラグビー制覇を経験したクボタのフラン・ルディケ新ヘッドコーチは、この国の至宝たるインサイドセンターの立川の扱いについて、「彼の人生を尊重して、プレー時間を管理しないといけない」と言及。長らく国際舞台と国内リーグの両立がデフォルトとなっているラグビー強豪国の出身者とあって、今季からのトップリーグに挑むトッププレーヤーへはこんなエールを送っていた。
「ニュージーランドでも南アフリカでも同じような形になっていますが、それには選手が慣れないといけない。こちらもスコッドを上手く回す必要があります」
一方、昨季準優勝の東芝を率いる冨岡鉄平ヘッドコーチは、件の問題について「現場はどうしろという指示を受けていない」と発言する。
イングランド大会のジャパンで主将だったリーチ マイケルは、スーパーラグビーのチーフスで故障。日本代表98キャップ(国際間の真剣勝負への出場数)の大野均ら5名のサンウルブズ組は開幕2週間前にチームへ合流したばかりだ。代表選手の多いクラブにあっても、ここまで主力格と距離を置いていた時期は「初めて」と冨岡ヘッドコーチ。いまの状況を「Bチームの選手たちが中心にチームストラクチャーを学べた。長丁場のシーズンできっと生きてくる」と前向き語りつつ、提言も忘れなかった。
「我々は勝たなきゃいけないから必死でやる。こうなると…被害者は選手です。どのカテゴリーでも100パーセントを求められると…当然、厳しいですよね。どうコントロールするのかは考えなきゃいけない」
日本ラグビー選手会は、スーパーラグビーやトップリーグにおける選手の出場試合数にまつわる何らかの仕組みづくりに興味を示している。ただ、過渡期かもしれぬ今季のトップリーグにあっては、どのゲームで主力がレストを取るのかなど、各クラブのマネジメントにも注視が集まる。
3つの項目、優勝候補
トップリーグとスーパーラグビーの掛け持ちをする選手の保有数は、チームによってまちまちだ。
では、スーパーラグビーでプレーした選手が1人もいないチームがトップリーグで優位なのかと言えば、事はそう単純ではなかろう。今季のトップリーグ参加チームが真に問われるのは、以下の3点となりそうだ。
a 国際レベルで戦えるメンバーの数(選手層)
b 試合ごとのメンバーの入れ替りに左右されない戦術略の理解度
c 上記2点を支えるスタッフの指導力とクラブ全体のビジョン
上記のポイントに基づき優勝候補を挙げるとしたら、やはり、3連覇中のパナソニックが筆頭格に挙がろう。ワールドカップ組はフッカーの堀江やウイングの山田章仁を筆頭に5名おり、トップリーグでは3季連続でMVP獲得中のベリック・バーンズが司令塔を担う。
2018年には親会社が創業100周年を迎える。節目での凱歌を見据えてか、大卒新人でもフルバックの藤田慶和、ウイングの福岡堅樹といったイングランド組、大学選手権7連覇を果たした帝京大学からフッカーの坂手淳史、センターの森谷圭介と豪華な才気を集わせた。
ウイングのタンゲレ・ナイヤラボロらフランカーのデイヴィッド・ポーコックらオーストラリア代表経験のある大物も新たに加入させており、前年度までの中軸が休養する際も豪華布陣が揃うだろう。
何よりこのクラブ、選手を集めること以上に選手をチームに馴染ませることを得意としている。長年ブラッシュアップしてきた陣地獲得と組織守備と速攻の方法を、北関東は群馬県太田市で個々へインストール。元オーストラリア代表ヘッドコーチのロビー・ディーンズ監督は、「究極の目標は全ての選手を成長させること」と穏やかに笑う。前掲aからcの項目を、確かなレベルで保つ。
選手層、独自性…。伏兵たちの色
伏兵候補も多士済々。冨岡ヘッドコーチ政権3季目で昨季準優勝の東芝は、ジェームス・ストーンハウス アシスタントコーチと中居智昭フォワードコーチが主導して組織守備と個々の強みを活かしたタックルを強化している。国内外のアイデアを混ぜ合わせ、前掲cのクオリティを維持している。
前年度の新人王でサンウルブズ入りも果たしたロックの小瀧尚弘も、中居コーチに上腕と背筋を見込まれて「小瀧上げ(チョークタックルという、相手ランナーを掴み上げる防御)」を進化させた。日本代表常連の大野と定位置を競い合っており、遮二無二ぶっ刺さる梶川喬介副キャプテンとともに縁の下を支えるか。
スクラムの最前列では、左プロップにサンウルブズ兼日本代表の三上正貴、右プロップにはサンウルブズ入りした浅原拓真が揃ってイングランド組のフッカー湯原裕希と阿吽の呼吸を形成。この3人と定位置を争うのは、サンウルブズ入りしたフッカーの森太志、ハンマー投げから転向して両プロップを務める知念雄だ。
リーチが抜群の存在感を示してきたフランカーやナンバーエイトの働き場でも、今年代表デビューを果たした山本浩輝、リオデジャネイロ五輪の7人制日本代表である徳永祥尭、頑健さで信頼される山本紘史が揃う。前掲aの観点でいえば、攻防の最前線を担うフォワードの選手層は国内である。
看板の五郎丸歩がフランスのトゥーロンへ移籍した昨季3位のヤマハだが、他の主力日本人選手の多くが春から夏までチームへ帯同。パナソニックの堀江や東芝の大野らのようにサンウルブズでフルシーズンを戦った選手はスクラムハーフの矢富勇毅のみだった。
もともと清宮克幸監督と堀川隆延ヘッドコーチのもと、ヴィヴィッドな戦いを志向するクラブだ。前掲cで問われるビジョンの確立は、「ヤマハスタイル」というキャッチフレーズに昇華されている。今季の主力候補同士による連携に時間を割けた点も、前掲bを叶えるうえではアドバンテージとなるか。
スタンドオフの大田尾竜彦曰く、「フォワードのスクラム、セットプレーが強み。その強みを活かすため、フォワードにはあまり走らせない」。例えば、左タッチライン際でのラインアウトを確保すれば、長身ロックのデューク・クリシュナンや俊足フッカーの日野剛志らをその地点に残す。左右へ球を散らすなかで相手の小柄なウイングが左端に回ったら、スタミナを温存していたクリシュナンや日野にパスを放つ…。そのシステム化されたダイナミズムは一昨季の日本選手権制覇で結実。長谷川慎フォワードコーチが指導するスクラムは、フォワード8人全体が相手フッカーの方向へプレッシャー。塊を故意に崩すコラプシングという反則を、戦略的に誘う。
五郎丸の代わりに最後尾のフルバックを務めるのは、新外国人のゲラード・ファンデンヒーファーか。ロングキックに定評のあるこの人が新たな環境でフィットできるかにも、注目が集まる。
フォワードを強みにするクラブは他に、前年度5位のトヨタ自動車がある。菅原大志監督のもとに、ニック・マレットコーチングアドバイザーら南アフリカで実績のあるコーチが揃う。同国の伝統たるフィジカリティを全面に押し出すスタイル確立で、前掲b、cの充実を図るか。
サンウルブズや日本代表で躍ったフランカーの安藤泰洋新キャプテンは、腰痛と付き合いながら「どんな時でもチームの規律を守る」という堅実さを貫く。スーパーラグビーのブランビーズと掛け持ちする右プロップのルアーン・スミスは、スクラムでの安定した姿勢と連続攻撃中の杭打つ当たりで仲間の信頼を集める。
外国人コーチのトレンド
パナソニック、東芝、トヨタ自動車は共通して、前掲b、cの項目を海外の実力派コーチのエッセンスで満たそうとしている。低迷脱却を期す古豪や新しい文化を創造したい新興クラブも、その流れに倣いつつある。
代表的なのはルディケを招いたクボタで、スクラムハーフの井上大介が「去年も『自分たちのラグビーをしよう』とは言っていましたけど、今年はそれが具体的にどういうものかが明確になった」と12位に終わった前年度までとの違いを証言。スコッドにも今季のスーパーラグビーで準優勝したライオンズのフランカー、ヤコ・クリエルらが契約し、2年目のロック、グラント・ハッティングも加入年度の故障も癒えて好調をキープ。2つある外国人枠と新設された特別枠(他国代表キャップを持たない海外出身選手の出場枠)の使い道について、ルディケヘッドコーチは「相手を見てベストなコンビネーションを考える」とプランを練る。
2000年代は上位争いに絡むも昨季は入替戦出場を余儀なくされたNECは、ピーター・ラッセルヘッドコーチが就任。かつてはイングランドはプレミアシップで、ニューカッスルを率いたことのあるニュージーランド人だ。
ゲームを司るスタンドオフ田村優ら、日本代表経験のあるサンウルブズ組は計4名。世界を知るボスと数名のインターナショナルプレーヤーが、クラブ全体の判断や献身性などをどこまで引き上げられるか。
2010年からトップリーグ入りした前年度8位のNTTコムは、一昨季から元20歳以下ニュージーランド代表監督のロブ・ペニーを先んじてヘッドコーチに採用。左右幅の広い攻撃陣形を象り「首振り」をキーワードとして空いたスペースをえぐる…。かような戦術プランをミーティングで選手への質問を繰り返すなかで浸透させる。
昨季就任した元サントリー監督の大久保直弥フォワードコーチは「外国人コーチが悪いとは絶対に言わない。ただ、各チームが短期的に彼らを呼んでくればいいや…となったら、日本のラグビーがあまりに寂しくないですか?」と、接点やスクラムなどでの粘り腰を醸成させんとする。
いまは協会にいる内山が採用担当時代に獲得したフランカーの金正奎キャプテン、ナンバーエイトのアマナキ・レレイ・マフィらがそのなかで花開き、日本代表入り。いわば前掲のc、bと順に作るなか、aに該当するメンバーを創出しているのだ。
かたやNTTコムの大久保コーチが去ったサントリーは、2010年度から3シーズンで5つの国内タイトルを獲得も、昨季の日本最高峰トップリーグでは前年度9位と苦しんでいた。前年まで日本代表を率いていたエディー・ジョーンズ元監督が「アグレッシブ・アタッキング・ラグビー」という哲学を打ち出し前掲のc、bと順に確立も、攻防理論の発達や個々の身体能力の向上の流れに取り残されていたか。
名門復活を昨季まで日本代表に入閣していた沢木敬介新監督が「インターナショナルスタンダード」を提唱。春先のウェイトトレーニングの数値から国際基準に到達するよう求め、春から夏にかけてのトレーニングマッチでは9勝1敗と勝ち癖をつけている。
前掲aを象るロッカールームには、黄金期に2季連続でのMVPを獲得した元オーストラリア代表フランカーのジョージ・スミスが戻って来た。プロップでは畠山健介と垣永真之介、スクラムハーフでは日和佐篤と流大キャプテンと、イングランド組と次世代を担う星が競争を重ねる。日和佐とロックで前キャプテンの真壁伸弥は、サンウルブズ入りしながら故障などの影響でシーズン中からサントリーへ合流。前掲bとcの再創出に力を注いでいる。
3季連続で新外国人指揮官を招き入れている神戸製鋼は、オーストラリアのレッズのアシスタントコーチとして2011年のスーパーラグビーを制したジム・マッケイ新ヘッドコーチが采配を振るう。前掲cの醸成が難しいなか、プロップの山下裕史、ロックのアンドリース・ベッカーら前掲aを保つ代表経験者の才気をどう引き出すか。
多くの市民にとって、ラグビー観戦は非日常的なおこないである。もっとも、日常の業務や人間関係の縮図だって見え隠れする。1つのトライシーン、1つの肉弾戦、1つのスコアボードの裏には各クラブの人間模様がある。