ネタニヤフ退陣の陰でイスラエル極右、ベネット新首相の野心と危険性:ヨルダン川西岸60%併合の持論
イスラエルの新政権誕生では、歴代最長の連続12年にわたって政権を維持してきたネタニヤフ首相の退陣に焦点があたり、極右政党「ヤミナ」党首のナフタリ・ベネット元国防相が首相に就任したことがどのような意味を持つか、ほとんど焦点にならなかった。しかし、中東和平にとっては、最も危険な人物がイスラエルの指導者になったといえそうだ。
ベネット新首相については、ネタニヤフ氏の退場だけでなく、連立政権に中道、左派からアラブ政党まで参加したことで、「極右」という色合いが薄れた。しかし、エルサレムポストによると、ネタニヤフ政権下で国防相だった2020年1月にエルサレムで開かれたシンポジウムで「(ヨルダン川西岸の)すべてのC地区にはイスラエルの主権を適用するだろう。入植地だけとか、どの地域ということではない」と発言した。
C地区は西岸全体の60%
C地区というのは、将来、パレスチナ国家が建設される予定のヨルダン川西岸で、1993年のオスロ合意によって、A、B、Cの3つの地区に分けられた。
■A地区(全体の18%):パレスチナ自治政府が治安も民生も権限をも持つ。ラマッラ、ヘブロン、ベツレヘムなど都市部が入る。
■B地区(22%):自治政府が民政の権限を持つ。治安は自治政府とイスラエル軍が共に権限を持つが、イスラエル軍が優勢。
■C地区(60%):イスラエル軍が民政も治安も権限を持つ。周辺の村落部やヨルダン渓谷など。ほとんどのユダヤ人入植地がこの地区にある。
ベネット氏はネタニヤフ政権の国防相として西岸の60%を占めるC地区はイスラエルの主権の下に置くという方針を述べた。当時のネタニヤフ首相は2019年春、選挙公約として、C地区の入植地をイスラエルに併合すると掲げ、西岸の30%、つまりC地区の半分を併合することを公言したのに対して、ベネット氏は「併合するのは入植地だけではない」と違いを強調したことになる。
ネタニヤフ氏は「西岸30%併合」
2020年1月にトランプ大統領が発表した中東和平構想では、「イスラエル・パレスチナの『2国共存』のために『現実的なパレスチナ国家』がつくられる」とし、C地区のユダヤ人入植地について、「97%はイスラエル領に編入される」としてあっさりとネタニヤフ氏の選挙公約を追認する内容になった。
これに対して、ベネット氏はトランプ構想を歓迎したものの、「パレスチナ国家は認められない」と釘をさした。その後、ネタニヤフ氏は、トランプ中東和平構想に基づいて2020年7月1日以降、西岸の併合の手続きを開始すると宣言した。パレスチナ自治政府のアッバス議長は当然、反対したが、思わぬところから批判が出た。西岸の入植地が集まったエシャ委員会の代表はトランプ構想がパレスチナ国家の樹立を認めているとして「トランプはイスラエルの友人ではない」として批判した。
2012年に「西岸60%併合計画」を発表
ネタニヤフ氏の「西岸30%併合」は7月1日に実施されないまま、8月にアラブ首長国連邦(UAE)との国交正常化の条件として「併合停止」が出たことで、実施されなかった。ベネット氏は「西岸併合の貴重な機会を逃した」と批判したが、その主張はエシャ委員会代表の主張と通じる。ベネット氏自身が2010年から12年までエシャ委員会の事務局長を務めていた。事務局長を離れて、12年12月に「西岸60%併合計画」を発表した。当時、「極右指導者の中東紛争解決案」として話題になった。
西岸併合計画はC地区全域をイスラエルが一方的に併合するというもので、そこに住むパレスチナ人にもイスラエルのアラブ市民として市民権を与える、という内容だった。ベネット氏は「C地区には35万人の入植者に対してアラブ人は5万人にすぎない。アラブ人にもイスラエルの完全な市民権を与えることで、(イスラエルの占領は)アパルトヘイト(人種差別)だという批判を受けることはなくなる」と語っていた。
パレスチナ国家は否定、イスラエル軍支配下の自治区
ベネット氏の案では、パレスチナ自治区のA地区、B地区については、「現状通りで、イスラエル軍が治安を支配する」とし、パレスチナ国家の樹立を否定した。ベネット案は、イスラエルが西岸のC地区を併合して領土を拡大し、パレスチナ自治区はイスラエルに付属して、イスラエルの支配下にあるという形になる。現在の中東和平の前提になっているパレスチナ国家がイスラエルと平和的に共存する「2国家解決」案を否定する内容である。
イスラエルの主要紙イディオット・アハロノート紙系のYネットには2012年当時、同国の平和組織「ピース・ナウ」の事務局長がベネット氏の西岸併合案について「妄想だ」と批判した。他にも、「イスラエルの極右がパレスチナ人に市民権を付与」という見出しでベネット案を揶揄する記事もあった。
ベネット氏の「西岸60%併合計画」は、2013年1月のイスラエル議会の総選挙に向けて極右政党「ユダヤの家」を率いて参加し、その選挙公約として出されたものだった。総選挙では、総数120のうち、ベネット氏が率いる「ユダヤの家」は3議席から12議席に躍進し、ネタニヤフ氏が率いる連立に参加した。当時、40歳のベネット氏はイスラエルで「宗教右翼の星」ともてはやされた。ベネット氏はユダヤ教正統派であることを示すキッパと呼ばれる丸い布を頭に着ける初の首相である。国是である「シオニズム」はもともとは世俗的なユダヤ民族主義だが、ベネット氏は「ユダヤ教シオニズム」を標榜している。
「宗教右翼の星」から首相へ
2013年ごろの新聞を見ると、ベネット氏には「若くて野心的」という形容詞がついて回った。あれから8年が経過し、49歳のベネット氏は首相にまで上り詰めた。若さも野心家ぶりも、なお健在だ。この間、2020年に国防相として西岸C地区すべてへのイスラエルの主権適用を語ったように、パレスチナ国家を否定し、「西岸併合論」を唱え続けている。
今回の連立では、ベネット氏が最初の2年間、首相と務め、その後、中道政党の指導者に引き継ぐことになる。連立合意で、ベネット氏が首相の間は、西岸の併合や新たな入植地の建設は行わないとなっている。しかし、ベネット氏とっては今回の選挙は「反ネタニヤフ」でイデオロギーを超えて政党が集まり、自ら首相に就任する絶好の機会となった。同氏は首相の2年間で、自らの権力基盤を強化し、極右指導者として「第2のネタニヤフ」を目指そうとするだろう。
「2国家解決」案は「すでに死んでいる」
これがイスラエルでのベネット時代の始まりとなるならば、「2国家解決」案に基づく中東和平の終焉となる。2012年に「西岸60%併合論」を公表した直後にイスラエル有力紙ハアレツのインタビューを受け、ベネット氏は「2国家解決」案について「すでに死んでいて、すでに埋葬されている」と語っている。
2012年当時は「妄想」と揶揄されたベネット氏の西岸併合論は、トランプ大統領が中東和平構想の中で西岸の入植地をイスラエルに編入することを認め、ネタニヤフ首相がC地区の半分、西岸の30%を併合することを決定した後では、俄然、現実味を持ってきている。さらに、本人が連立工作の政治力学で首相になるという強運にも恵まれている。
ベネット氏の「西岸併合論」が実行に移されれば、併合される地域のパレスチナ人にとっても、パレスチナ自治区の住民にとっても「悪夢」の始まりとなる。自治区のほうは、A地区、B地区だけでは、都市が飛び地になって分断されてしまう。トランプ案では橋や地下トンネルで自治区を繋ぐとしていたが、何か起こればガザのように封鎖され、簡単に「天井のない監獄」となってしまう。
C地区のパレスチナ人30万人の推計も
より大変なのは、併合されるC地区のほうである。2012年にベネット氏はC地区のアラブ人(パレスチナ人)は5万人としていたが、その時点でも10万人という推計があり、現在では30万人との数字もある。人口過密で土地が高騰している都市部を逃れて、若い夫婦が農村部に家を建てる例も増えているという。
イスラエルは併合した東エルサレムで地域は広げるが、パレスチナ人の住宅破壊や土地の接収でパレスチナ人人口を排除する政策をとってきた。ベネット首相が西岸C地区の併合に向けて準備を始めるとすれば、パレスチナ住民をできるだけ少なくするための組織的な排除が実行されることは予想される。パレスチナ側の反発もあるだろう。5月に起こったエルサレムでの衝突とそれに続くガザ攻撃の発端になったのは、東エルサレムでのパレスチナ住民への裁判所の立ち退き命令だった。
西岸60%併合論を唱えるベネット新首相の誕生は、新たなパレスチナ紛争の激化に発展しかねない危険性をはらんでいる。