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HTS主導で進むシリア新体制の懸念:新たな内戦に発展しかねないシナリオ 鍵は同胞団系勢力との協調

川上泰徳中東ジャーナリスト
シリア反体制勢力の総司令官であるHTS指導者アフマド・シャラア氏(写真:ロイター/アフロ)

 シリアのアサド体制を打倒した反体制勢力は中心組織「シャーム解放委員会」(HTS) がイドリブでつくった「救国政府」首相のムハンマド・バシル氏を来年3月1日までの暫定首相に任命し、権力移行の第1歩を記した。バシル氏は今回の軍事作戦の総司令官であるHTS指導者アフマド・シャラア氏(アブ=ムハンマド・ジャウラニ) の配下であり、国際的に認知された反体制組織の機関決定ではない。新生シリアが、このままHTS主導で進むわけではなく、HTS独裁となればすぐに新たな内戦に突入する危険さえある。

■かつては分裂・対立の反体制勢力

 今後のシリア政治を考える上で、今回、反体制派が11月27日から大攻勢に出て、12日間で首都攻略まで進んだ要因を考える必要がある。アサド体制崩壊については、体制を支援していたヒズボラが9月半ば以降、イスラエル軍のレバノン攻撃で大きな損害を受けて、シリアから撤退せざるを得なくなったことや、アサド政権を支援していたロシアがウクライナ戦争で動けなくなったというアサド体制の弱体化の要因ばかりが強調されてきた。

 しかし、これまで13年間の内戦でシリアの反体制勢力と言えば分裂するばかりで、力を合わせて政権打倒に向かえなかったといわれてきたのに、なぜ、今回、反体制派による体制打倒ができたのかを考える必要がある。

 反体制勢力によるシリア北部での大規模な攻勢は2013年春にもあり、アレッポを含む北部の広い地域を支配した。この時は内戦ぼっ発で、アサド政権軍の半分近い兵士が死んだり、離脱したりして、兵員不足になっていた。存続の危機に立ったアサド政権はイランに支援を求め、イランの革命防衛隊の指令を受けてレバノンにいるヒズボラが地上部隊をシリアに送って、同年6月には反転攻勢をかけるまでになった。2016年には政権軍は反政府勢力が押さえていたアレッポ東部の支配地域を包囲作戦の後の侵攻でつぶした。その後、反政府勢力はトルコ国境にあるイドリブ県に閉じ込められた。

■シリア・ムスリム同胞団の影響力

 反体制勢力が抑え込まれてしまったのは、反体制勢力の分裂・対立が大きな要素となった。当初、シリア国軍によるデモ隊の武力制圧の過程で、国軍から離反して反体制側につく将兵がつくった「自由シリア軍」が注目され、トルコの支援を受けて、内戦となっていくが、自由シリア軍も国内で都市ごとに「司令部」ができて、統制は取れていなかった。

 一方でイラクのアルカイダに参加していたシリア人、シャラア氏が「アブ=ムハンマド・ジャウラニ」の名で、シリアのアルカイダ系組織のヌスラ戦線を創設したように、イスラム系武装組織が次々と生まれ力を得てきた。

 トルコの支援を受けた自由シリア軍は、シリアの反アサド勢力としては1982年にハマでの武装蜂起を主導したシリア・ムスリム同胞団の影響力が強かった。同胞団はエジプトに発するイスラム的社会運動を重視するイスラム政治組織で、パレスチナのハマスのようにほぼすべてのアラブ諸国に系列の組織があり、シリアの同胞団もその一つである。

■シリア内戦で出てきたジハード系組織

 一方で、イスラム系武装組織はヌスラ戦線を含めて、サウジアラビアに発する「サラフィ主義」と呼ばれる厳格なイスラムの実施を唱える運動だが、それがアルカイダのように戦闘化し、「イスラムの敵」への「ジハード(聖戦)」を行うようになると「サラフィ・ジハーディ」と呼ばれる。シリアで人口の5割を占めるアラブ人のスンニ派の中にも、厳格なイスラムを実行するサラフィ主義勢力はいるものの、スンニ派人口の中では少数であり、それが戦闘化して、アサド体制を敵視して戦うジハード系組織になるのはシリア内戦が始まった後である。

 シリア内戦でヌスラ戦線=HTSなどジハード組織が力を得たのは、反アサド体制の立場をとったサウジやUAEが支援したためである。内戦中も、自由シリア軍よりも、ジハード系組織の方が、資金もあり、よい装備を持っていたといわれてきたのは、そのような産油国からの支援によって可能になった。

 2016年に反体制勢力がイドリブ県に封じ込まれる前は、広いシリアで、各都市ごとに革命委員会が生まれ、それぞれ政権軍と対峙し、民衆の支持を得て、政権軍よりも優位に立ったが、いざ、政権打倒となると、統一的な軍事作戦が出来ずに、アサド政権の反転攻勢で押し込められていった。

■イドリブへの封じ込めが転機に

 しかし、イドリブに閉じ込められた後、ヌスラ戦線から組織改編し改名した「シャーム解放委員会」(HTS)がイドリブ県内で対抗する組織をつぶしたり、統合したりして、75%を支配する圧倒的な最強組織となった。2017年にイドリブに「シリア救国政府」を宣言した。その首相が、今回、シリアの暫定首相となったバシル氏である。

 シリア反体制地域の独立系メディアの「ノース・プレス」の2023年12月の記事では、現地の軍事専門家の見方として「イドリブには15以上の組織が活動しているが、その半数以上が、 HTS に直接所属し、 残りの勢力は HTS の命令に従って活動している」と語っている。

■HTSがイドリブの勢力束ねる

 さらにトルコにいる元シリア反体制派の指導者の見方として、「HTSはイドリブとその内で活動する派閥を完全に支配している。いまでは他のどのグループで HTS の対抗できるところはなく、HTSはイドリブで唯一の意思決定者だ」と語っていた。加えて、「HTS はいかなる組織も許可なくシリア政府軍を攻撃することを禁じている。さらに、トルコからの支援を受けている派閥にも税を課している。例えば、ある組織は2018 年以来トルコから受け取った支援の 40%を HTS に払っている」とも語っている。

 つまり、今回、反体制勢力によるアサド体制打倒が実現したのは、アサド体制がイラン、ヒズボラ、ロシアの支援を受けて反政府勢力をイドリブに閉じ込めたことが、逆に、HTSがジハード系反体制派を束ねる条件をつくったといえるだろう。

■反体制勢力を代表する「シリア国民連合」

 ただし、2011年に始まったシリア内戦で、国際的に認知されているシリア反体制派組織は、HTS主導の救国政府ではなく、2012年に反体制組織の代表組織として発足した「シリア国民連合」(NCSROF )である。この組織は、国外で活動していたシリア・ムスリム同胞団などの反体制組織シリア自由シリア軍などの国内組を加えたもので、国際的な支援を受けてきた。

 国民連合は2013年にシリアの反体制勢力地域の統治組織として「シリア暫定政府(SIG)」を発足させ、2017年に反体制武装組織を統合する「シリア国民軍(SNA)」を創設した。暫定政府や国民軍も、トルコ政府とトルコ軍の支援を受け、その影響下にあり、中心になっているのはシリア・ムスリム同胞団系の政治組織や武装組織である。

 トルコの支援を受けるシリア暫定政府やシリア国民軍は、2019年以降、アレッポ県北方の国境地帯にトルコ軍が支配する幅30キロの緩衝地帯で活動している。つまり、シリア反体制勢力は、イドリブでシリア救国政府をつくったHTSと、トルコ国境地帯の緩衝地帯でトルコの支援を受けるシリア・ムスリム同胞団が強い影響力を持つシリア国民連合という二つの勢力があるということである。

■国民連合も首都陥落を歓迎、祝日に

 HTSとシリア国民連合はライバル関係にあるが、今回、HTSを中心に政権打倒の軍事作戦を始めたのに対して、国民連合はダマスカス陥落の12月8日に声明を出し、「12月8日をシリアの国民の祝日とし、国民の勝利、被拘禁者、避難民、抑圧された人々の勝利であり、暴政と不正義に対する真実と正義の勝利を祝う日とする 」と歓迎を表明した。

 一方、トルコが支援するシリア国民軍はシリア北部でクルド系組織が掌握していた都市を次々と制圧した。トルコの意向にそったものとみられる。シリア東部では2017年に米国の支援でクルド人勢力主導の「シリア民主軍(SDF)」がラッカなど「イスラム国(IS)」支配地域への掃討作戦の結果、SDFの支配地域が生まれたが、今後さらに、トルコの意向を受けたSDF地域への攻撃は続くとみられる。

 以上のシリア反体制勢力の状況を踏まえたうえで、HTS主導の反体制勢力がダマスカスを攻略させ、アサド体制を打倒し、HTS系の暫定首相が任命されたこととの意味を考えるならば、シリアが支援し、これまで国際社会が認知してきたシリア国民連合は排除されているということである。シリアで新体制を進める上で、HTSの独裁化が進み、国民連合を排除したままでは、両勢力が争う状況にもなりかねない。そうなれば、リビアの二の舞となる。

■リビアでは体制崩壊後、旧反体制派が内戦に

 リビアでは、「アラブの春」でカダフィ体制に反対するデモが始まり、それに体制が武力でデモの鎮圧をしたことから、NATOが反体制勢力に武力支援をして、反体制武装組織によってカダフィ体制が打倒された。その後、民主的選挙が行われたが、リビア・ムスリム同胞団系列の政治勢力と、反同胞団系組織の対立となり、それぞれの政治組織が、カダフィ体制を打倒した武装組織を民兵組織として抱えていたため、民兵組織の武力対立となり、新たな内戦状態となった。

 リビアの新たな内戦では、トルコとカタールがリビア・ムスリム同胞団勢力を支援し、サウジとUAEが反同胞団勢力を支援するという構図になった。リビアの対立や支援の構図は、現在のシリア反体制勢力をめぐる構図と、非常に似ている。それはシリア・ムスリム同胞団の影響力が強いシリア国民連合をトルコとカタールが支援し、HISが主導する新暫定政府がサウジやUAEが支援するという構図である。それが悪化すれば、「アラブの春」をめぐる中東の分裂の再燃となる。

■国軍再建や新体制で同胞団勢力の参加が鍵

 HTS指導者のシャラア氏は、今回の大規模攻勢の過程で、HTSを解散させ、新たな国軍を創設するという考えを示している。実際にアサド体制打倒を実現したことで、できるだけ早く、新しい国軍や警察を創設して、国家の態勢を整え、自身の統制下で新体制の態勢を整えようとするだろう。その過程で、シャラア氏が国民連合勢力やシリア国民軍の勢力を、参加させるかどうかが鍵となる。

 HTSを支援するサウジやUAEは、アラブ世界でムスリム同胞団が勢力を盛り返すことを恐れており、排除に動くこともありうる。しかし、新体制から国民連合やムスリム同胞団を排除すれば、イドリブ、アレッポ、ハマ、ホムスなどムスリム同胞団の影響力が強いスンニ派地域を敵に回すことにもなり、HTS主導の暫定政府はシリア全体を統治できず、首都ダマスカスとその周辺だけの支配にもなりかねない。

 HTSが短期間でアサド体制を打倒することができたのは、単にHTSの武力によるものだけではく、国民の多くがアサド体制の崩壊を望み、政権軍もアサド体制のために死ぬ気で戦わなかったということが大きい。そのような状況でHTSがダマスカス攻略を実現したとしても、HTSがアサド体制に代わって独裁体制を実現できるわけではない。

■予想される明暗のシナリオ

 予想されるシナリオとしては、HTSが国民連合やシリア・ムスリム同胞団を入れた暫定政府をつくれば、双方の政治的緊張関係は残るとしても、新体制が新たな内戦に陥ることは回避できる。逆に、HTSが国民連合やシリア・ムスリム同胞団を排除して、暫定政府を固めようとすれば、旧反体制勢力同士による、新たな内戦に発展するだろう。

 内戦を回避するためには、シリア国内の調整だけでなく、シリア支援をめぐって、同胞団が主要な政治勢力になることについて、支援するトルコ、カタールと、反対するサウジ、UAEの間で、調整や協力体ができなければならない。もちろん、それを仲介するのは米国であるが、トランプ大統領がどのような姿勢でシリア問題にかかわるかに大きく左右されるだろう。

 余り先のことを書いてもしかたないが、新生シリアの創設となれば、新しい憲法をつくるための憲法制定議会の選挙があり、新憲法に基づいて新たな国民議会や、新たな大統領が選ばれることになる。

■選挙は強いムスリム同胞団

 暫定政府がHTSとシャラア氏主導で進むとしても、選挙となれば、「アラブの春」後のエジプトやチュニジアのようにムスリム同胞団系の政党が第1党となる可能性が高い。同胞団勢力は国ごとに独立しているが、選挙のノウハウは共有されるだろうし、アサド体制で同胞団の政治活動が禁止されていても、同胞団組織やその社会・文化活動は続いてきたはずで、政治的な自由が戻れば、ごく短期間で同胞団は選挙で有力政党となる態勢を整えるだろう。

 一方、シリアで政治活動や社会活動の経験が浅いHTSは、選挙となればムスリム同胞団には太刀打ちできない。選挙で同胞団が多数を得て、同胞団主導になった時に、HTSが主導して再建した国軍や警察が選挙結果を否定すれば、アルジェリアで1991年の議会選挙で、イスラム勢力が多数を占め、軍が選挙を無効とし、その後、政府とイスラム勢力の間の内戦状態となったことの再現となりかねない。

■早急に求められるシリア支援の国際会議

 さらに「アラブの春」後のリビアでは、選挙が実施され新議会や新政府が発足したが、政治組織間の分裂と対立によって、同胞団系と反同胞団系の民兵組織の間の内戦に発展したことは先に記したとおりだ。一方、エジプトでは選挙によってムスリム同胞団出身の大統領が選ばれたが、翌年、軍のクーデターで排除された。エジプトの同胞団は武装組織を持っていなかったが、シリアの同胞団は内戦の過程で武装組織を有しており、HTS主導の新国軍によるクーデターがあれば、即座に内戦の再燃となるだろう。

 以上、見てきたように、HTS主導によるあっという間のアサド体制打倒は、国民を敵に回した強権体制が崩壊したというだけで、今後の安定は何も保証していない。「アラブの春」以降の動きを見るだけでも、楽観できる状況ではなく、新たな混乱や内戦の再燃に進む可能性は低くない。シリアの復興支援と国民融和を助けるために、シリアの各勢力を集めた国際会議が、国連と米国やEUが仲介して早急に開かれなければならず、そこでトルコやサウジなど反体制勢力を支援する主要国の協力体制をつくる必要がある。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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