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プチ贅沢をかなえる「うなぎ」専門店 創業精神を守りながらスイーツ開発 新たな試みを続けるワケ

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
新事業として「美濃地焼き」のうなぎを東京から発信する(J-ART提供)

飲食業の中でコロナ禍にあっても大きく業績を落とすことがなかった業種は「うなぎ」である。そのポイントはお酒と共に楽しむ食事であっても食事性が高いこと。そこで夜間の休業要請があった中で日中十分に営業ができた。そしてテイクアウトに応えられること。最近では原価高騰によって飲食業では値上げが相次いでいるが、特別なごちそう感のあるうなぎはプチ贅沢な外食としてゆるぎない存在感を放っていくのではないか。

創業の原点「うなぎ」に着眼

岐阜県各務原市を本拠とする外食企業のJ・ART(社長/坂井大介)は昨年10月、東京・末広町に「鰻 炭焼 ひつまぶし 美濃金」(以下、美濃金)をオープンした。同社は1987年に現会長の坂井哲史氏が創業、近年ではカフェの「さかい珈琲」をFC主体でチェーン展開してきた。昨年10月に子息の坂井大介氏(44)が取締役社長に就任し、うなぎの「美濃金」を新たな事業の柱として推進していく。

大介氏は2001年に大学卒業後サントリーに進み、酒と食文化について見識を深めた。ワインの上級資格であるワイン・エキスパートエクセレンス保持者であり「美濃金」ではワインとうなぎのマリアージュも提案していく。

同社がうなぎを新事業として推進する背景にはうなぎを古くから伝統的に精力源として食してきた同社の地元「美濃地区」に由来する。大介氏はこう語る。

「美濃地区では関の刀鍛冶、美濃和紙の紙漉き職人など伝統的に専門職が活躍していたが、どれもみな重労働。海がない美濃地区では川魚を食す習慣があり、中でもうなぎは精力がつく食べ物としてよく食べられていた」

「美濃金は、当社がかつて経営していた日本料理店でうなぎをメインメニューにしていたことに由来します。このように創業の精神が込められている当社の地元の食文化を広げていきたい」

1987年に岐阜県で創業した日本料理店に掲げていた「うなぎかんき曼荼羅図」を創業の精神を受け継ぐ象徴として店内に飾られている(J-ART提供)
1987年に岐阜県で創業した日本料理店に掲げていた「うなぎかんき曼荼羅図」を創業の精神を受け継ぐ象徴として店内に飾られている(J-ART提供)

うなぎは関東では蒸し焼きでふんわりと仕上げているが、関西では捌いたものを地焼きにする。美濃地区のうなぎも地焼きで行う。このうなぎを東京で発信することで差別化のポイントにしていきたいとしている。

ワイン上級資格保持者の社長が品揃え

同店は「うなぎ専門店」して専門性を追求しており、使用食材にこだわっていることをアピールしている。

まず、うなぎは同社が指定する養鰻業者から仕入れている。季節によって産地は変わるということだが主に三河一色産のものを使用。一般的なうなぎは一尾200gだが同店では250gものを指定して一般的なものより大振りなのが特徴だ。

たれは地元の伝統製法による醤油をベースにして純米みりんを加えて濃厚な味に仕上げている。

「美濃地焼き」によって、表面はサクサク・パリッ、中身はふっくらとした食感に仕上がる(J-ART提供)
「美濃地焼き」によって、表面はサクサク・パリッ、中身はふっくらとした食感に仕上がる(J-ART提供)

米は岐阜県産のハツシモを使用。産地では寒暖差が大きいことから甘みがある。これを羽釜で炊き上げている。

主力商品である「ひつまぶし」の出汁は削りたての「本枯鰹節」と熟成した昆布を使用。

山椒は岐阜・飛騨産のものを中心に使用して同社独自のスペックで製造。小さな缶に入れた山椒は土産品として店内で販売もしている(3900円、税込、以下同)。

酒のラインアップは前述した通りワイン・エキスパートエクセレンス保持者の大介氏がセレクト。日本ワインのナチュールワインもそろえていて、栃木産のオレンジワインや甲州ワインを特徴としている。海外ではフランス産をそろえている。日本酒は岐阜県および周辺の蔵の産品のものをそろえている。

メニューは「ひつまぶし」が並3950円、上5150円、特7150円、極9150円、究極1万1150円。「うな丼」は、美濃金うな丼2550円、並3750円、上4950円、特6950円、極8950円、究極1万950円となっている。客単価は5000円強。

高い客単価が店の文化を育む

同店は地下鉄銀座線末広駅の上の交差点近く、路地裏にある。決して好立地とは言えないが、オープンして3カ月が経過して好調に推移している。300mほど離れた場所に神田明神があり「年始の参拝客が多い」(大介氏)ことを察知していたことから、今年の三が日は休まずに営業。これらの日は多数の来客でにぎわった。また、同店の存在が近隣のオフィスワーカーから知られるようになり「たまには贅沢なランチ」を楽しむ女性客のグループや、軽い接待で利用している光景が見られる。

これらの様子を見ていて「これからの外食は“安さ”で競うのではなく顧客の“満足感”を追求することが重要だ」と筆者は考える。“安さ”を求める客層も存在するが、外食のユーザーは一様に経験値が高くなっていて、外食を体験している間の“豊かな価値”の感じ方がポイントになると考える。これは従業員のとっても重要なことで、高い客単価の商品を扱うことでモチベーションをもたらしプライドが高まる。

同店は新社長による新しい試みが続々と出てきている。まず、節分の「恵方巻」2900円。うなぎ・出汁巻玉子・キュウリ・菜の花おひたし・昆布佃煮・シイタケ佃煮・カニをうなぎのたれで味付けしたご飯で巻いている。恵方巻の両端からうなぎがはみ出ている様子に創作の楽しさが感じられる。

節分に発売する「恵方巻」2900円。両端からうなぎをはみ出しているのがポイント(筆者撮影)
節分に発売する「恵方巻」2900円。両端からうなぎをはみ出しているのがポイント(筆者撮影)

そしてバレンタインデーに備えていまチョコレートのスイーツの開発に余念がない。同店が特徴としている山椒を使用、パティシエが監修していてクーベルチュールチョコレートを贅沢に使用したフローズン ショコラ ブリュレ、表面をキャラメリゼし、その上に山椒クランブルを乗せている。これを美濃焼の陶器に入れて提供。別にカラメルソースを添えて味変を楽しんでいただく。商品名は「山椒香るフローズン ショコラ ブリュレ 」(数量限定780円)。

美濃焼の容器に入れられたスイーツに期待感が膨らむ(J-ART提供)
美濃焼の容器に入れられたスイーツに期待感が膨らむ(J-ART提供)

「山椒香るフローズンショコラブリュレ」の断面図。別にカラメルソースも添えられて”味変”を楽しむことができる(J-ART提供)
「山椒香るフローズンショコラブリュレ」の断面図。別にカラメルソースも添えられて”味変”を楽しむことができる(J-ART提供)

「うなぎとスイーツ」とは珍しい取り合わせであるが、これらの一つ一つを掘り下げることによって、外食の経験値の高い顧客に伝わっていくことであろう。大介氏は「末広町の『美濃金』を発祥として、これから商業施設で展開していきたい。またアジア圏にも広げていきたい」と構想を語る。飲食業はコロナ禍を経験してさまざまに可能性を切り拓いているが「美濃金」はその一つの好例と言えるだろう。

同店は東京・末広町の交差点近く余事裏にあって、オープン3カ月が経過して周辺のオフィスワーカーから愛されリピーターとなっている(筆者撮影)
同店は東京・末広町の交差点近く余事裏にあって、オープン3カ月が経過して周辺のオフィスワーカーから愛されリピーターとなっている(筆者撮影)

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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