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新たなる「コミュニティ」:社会や働き方が大きく変わるなか、新しい可能性を生み、重要性を高めている

鈴木崇弘政策研究者、一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
進化・深化・進展する新たなる「コミュニティ」が重要になってきている(写真:イメージマート)

 筆者は、この10年以上にわたり、日本における職場や家庭以外の「第三の場(The Third Place、TTP)」としての「コミュニティ」に関して関心をもち、注目してきている。

 そして、次のような記事等を書いてきた。

・「次々生まれる新しい「コトづくり」コミュニティと「場」」WEBRONZA、2014年04月15日

・銀座に農業の拠点!? 新たに誕生した「サードプレイス」WEBRONZA、2015年03月12日

・政策提言「新しい勤勉(KINBEN)宣言―幸せと活力ある未来をつくる働き方とは―」報告書

 本報告書は、PHP総研が2015年9月16日に発表した政策提言「新しい勤勉(KINBEN)宣言―幸せと活力ある未来をつくる働き方とは―」を拡充したもの。同報告書のP 64に「⑤ 「第三の場 (The Third Place) 」を設ける」という提言を掲げている。

「新たな交流の場、地域拠点、人財育成の場に―サードプレイスの現状と今後の可能性―」地域づくり2月号、2016年1月

 その後、日本でも働き方改革の機運やオープンイノベーションなどの機運が高まるなか、従来の職場やTTPを超えた役割や機能等を果たすシェアオフィスやコラボレーションに関わる部署・空間などが急速に増大、拡大してきたのを目撃してきた。そして2020年初頭から急速に広まり、世界に危機的状況をもたらしたコロナ禍によりリモートワークやハイブリッドな働き方が急拡大した。

 さらに、コミュニティが、従来の役割や機能等を超えて、イノベーションや創発の場になっており、企業などのマーケティングやファンコミュニティの機能も果たすようになってきているということもこの1年ぐらいで学んできた。

 そんななか過日、「コミュニティ」に関するイベントに参加する機会があった。そのイベントのスピーカーの方々の話を伺っていて、「コミュニティ」が、上記のような経験や知見の蓄積を経て、さらに深化し、進化し、新化してきていると感じた。

 その現状を知るために、本記事では、2つの進展しつつある興味深いコミュニティを紹介したい。

 まず、「YNK(インク)」のコミュニティである。

 YNKは、「八重洲(Yaesu)」「日本橋(Nihonbashi)」「京橋(Kyobashi)」エリアの通称で、江戸時代の城下町として栄えた場所で、世界屈指のサステイナブルな街でもあり、さまざまなイノベーションを起こしてきたエネルギーは、100年以上も継続する老舗に引き継がれ、暮らしのなかから建物および食やモノづくりの大企業を生んできた。

東京建物株式会社は、総合不動産デベロッパーとして、このYNKに創業以来127年本社を置いているが、2030年頃を見据えた長期ビジョンに掲げる「事業を通じた『社会課題の解決』と『企業としての成長』のより高い次元での両立」を目指し、このYNKをフィールドとして、イノベーションが生まれる生態系(エコシステム)づくりに挑戦し、活動している。

 歴史的背景のあるYNKには、同生態系が機能するポテンシャルがある。具体的には、「(海外・日本国内どこからでも集まりやすい)国内随一のアクセス性」「(さまざまな業種の)大手企業の集積」、「(江戸時代から続く歴史や文化を背景とする食、製造業、金融等の)特有産業の集積」、「(八丁堀・茅場町・日本橋室町等の周辺地域を含めると、多様な人材が居住・遊び・働く環境が質・量ともに揃っている)不動産の多様性とキャパシティ」、「(老舗飲食店、アートギャラリー等の)豊富な文化資源」等である。  

 これらのポテンシャルを踏まえ、東京建物は、地域・町内会との活動を大切にしながら、3つの資産(経済的資産、物理的資産、ネットワーキング資産)を意識しながら「(大企業、スタートアップ、ベンチャーキャピタル、学生等の)様々なプレイヤーの集積」を促し、「それらのプレイヤーが繋がるネットワーキングの場・仕組(ミートアップ/ピッチイベント/アクセラレーションプログラム等)」を機能させ、「コラボレーション、イノベーションを刺激するように設計された公共空間や自社施設」の整備を進め、同生態系づくりに挑んでいる(注1)。

 その一環として、YNK内に、ベンチャーキャピタルをはじめ様々なパートナーと連携して複数のテーマ型イノベーション施設等を開設・運営し、更に施設同士の横連携を促すことで、多様な人材が出会い・交流し、コミュニケーションを深めることでイノベーションが起きる「コミュニティ」が形成されてきているのである。

 このYNKの生態系づくりに携わってきた一人が、東京建物まちづくり推進部イノベーションシティ推進室課長代理の渡部美和さんだ。渡部さんは、協力者と共に、創業期のスタートアップ向けシェアオフィス「xBridge-Tokyo」(注2)の企画を立ち上げ、担当になったことをきっかけに、スタートアップやスタートアップの成長に寄与するオフィスを研究してきた。同オフィスでは、自らコミュニティ・マネージャー的役割を果たすために、自身もコミュニティについて学んだり、時には入居する起業家にダメ出しを受けながら、「スタートアップの成長に寄与する場・コミュニティ」について社内外様々な方と議論しながら推進してきた。

渡部美和さん 写真:筆者撮影
渡部美和さん 写真:筆者撮影

 他方、「YNKの魅力に共感し、YNKで活動したいと思ってくださった方のコミュニティづくりを応援した方が良いと考えて、人と知り合えばYNKの推しポイントを説明し、欧州スタートアップを中心に投資するNEXTBLUEが運営するグローバル・スタートアップ向けコワーキングスペース『NEXTHUB』や『つながりを創り、共創の炎をともし続ける』をミッションにしたファイアープレイスと共に偶発的な出会いを育むバー『THE FLYING PENGUINS(通称フラペン)』(注3)などの共同運営に繋がっている。そして、現在は、YNKの同生態系づくりに向けたビジョン策定等にも関わっている」そうだ。

 そして渡部さんは、YNKは、「多くの人々が行き交うまちである一方、なかなかその魅力が知られていない」が、「歴史・文化を次世代に紡ぎつつ、よりイノベーティブな街にして、更に多くの人・企業に『このYNKに集まりたい』と思ってもらいたい」と力強く語った。

 YNKには、対象エリアをコアにして、新しいコミュニティというか、エコシステムを形成しようという試みがある。

 次に、「MIRAI LAB PALETTE(未来ラボ・パレット、MLP)」を取り上げたい。

 MLPは、住友商事が、設立100周年の記念として2019年に開業した、会員制オープン・イノベーション・ラボである。同社が過去100年を振り返りこれからの100年を見据えるなかで、経営レベル(トップダウン)および社員レベル(ボトムアップ)の双方から、今後に向けて未来を語る場や新しい価値創造へのイノベーションや創出が足りないという強い危機感があり、その対応として、「外部とつながること自体に価値があり、そのための場や仕組みが必要」と考え、「多様な分野のパートナーと一緒に、新しい未来を生み出し出していく場所をつくりたい」という思いから、MLPが創出された。

 MLPのメンバーは、住友商事社員か同社員の紹介があれば、メンバーの登録や施設利用は無料で、メンバーは、住商社員2,600名、社外メンバー4,400名、合計7,000名(2024年4月現在)。社外メンバーは、全体の約6~7割を占め、産官学のさまざまな方々が登録されていて、多種多様なメンバーから構成されている。

 そして、MLPは、大手町の一等地に多様な用途で利用可能なワークスペースや交流ラウンジ・イベントスペースなどからなるさまざまな常設の施設があり、前者には、利活用者が交流しやすいように、利用者であるメンバーの情報を可視化するための名刺掲示板や在席メンバー位置情報アプリなどの工夫もある。さらに後者では多種多様なイベントやプログラムなども頻繁に開催されている。基本的にはメンバーに向けてのイベントを開催しているが、定期的に他のさまざまなコミュニティとのコラボレーション企画も実施しており、PALETTEメンバー内外において、多種多様な人材同士の交流が生まれるようなさまざまな機会や工夫・対応がなされているのである。

 このような場で重要なのが、空間・施設・機会・人材等をファシリテートしていく人材であるコミュニティ・マネージャーの存在だ。その役割を果たせる人材は多くはないが、MLPには正に適役者がいる。それが、鎌北雛乃さんだ。

 鎌北さんは、「MLPは、自社の『自利利他公私一如』、つまり『事業で住友自身を利するとともに、国家を利し、かつ社会を利するものでなければならない』、という住友の事業精神に基づいていて、住友商事の利益だけを追求するためにやっているわけではありません。私は、飽くまでPALETTEメンバーのために、フラットな立場でMLPの運営にかかわっています」、「もちろんMLPの活動等を通じた多くの人材や結果から、住商の新しいビジネスにつながることはありますし、実際にそのような成果も生まれてきています」と指摘する。

 鎌北さんは、MLPの構想や理念に強く共感し、オープンから現在まで、コミュニティ・マネージャーとして、MLPの運営にかかわっている。

鎌北雛乃さん 写真:筆者撮影
鎌北雛乃さん 写真:筆者撮影

 鎌北さんは、「これまでMLPのコンセプトに共感いただいた社内外のさまざまなメンバーの皆さんと一緒に”MIRAI LAB PALETTE”を創ってきました」、「直近1年は、月10~15件程度、イベントなどの企画を実施していますが、そのうち8割程度はメンバーの方々が企画を持ち込んでくださり、メンバーさんや他のコミュニティさんとのコラボ企画としてさまざまな形でご一緒させていただいています」と指摘する。

 要は、MLPは、当初、特にコロナ期などの大変な時期もあったが、全体として、鎌北さんらのようなコア人材の思いと行動で、人材やそのネットワークが有効に結びついて循環し、成果が生まれ出してきているということだろう。

 このような事例からもわかるように、筆者の経験からすると、従来の「コミュニティ」はどちらかといえば、コワーキングの場所を中心に、そのメンバーにのみ向けてのものが中心だったが、最近つくられてきているものは、メンバーをコアにしながらも、よりオープンな「コミュニティ」になってきているように感じる。

 また各「コミュニティ」の取り組みや活動も、これまでのさまざまな取り組みの経験、特にコロナ禍での人的つながりの厳しい制約が生まれたなかで、さらに多種多様な取り組みや工夫がなされたことから、重層的かつ複層的に進化・深化・新化してきているように感じる。

 さらに、このような「コミュニティ」が、生き生きとしたものになり、さまざまな成果を生み出していけるには、本記事でも紹介したような、そのコミュニティに思いを持ち、それにかかわる「ヒト、モノ、コト、情報」をつなぎ、ファシリテートする人財が非常に重要だということである。最近は、その人財の育成の学校(注4)もあるようだが、コミュニティ・マネージャーらには多面的な要素や多様なスキルが求められるところだ。

ヒトも組織も、社会の変化に伴い、新しい変化や発想等が必要になってきている
ヒトも組織も、社会の変化に伴い、新しい変化や発想等が必要になってきている写真:イメージマート

 いずれにしろ、社会が短期間に変容し、変貌する現在において、個人も組織も、変化なく、クローズな形で生き残っていくことは困難になってきている。

 その意味で、本記事でみてきたような、今後はさらに個人も組織も超えて、多種多様なつながりや創発等を生みだすオープンな「コミュニティ」の役割は、個人、組織そして社会が有効にかつスムースに刺激を受け、良い意味で変化していけるためにも、ますます重要になっていくと考えられる。

 日本全体においても、今後もそのような「コミュニティ」の可能性および方向性には注目し、利活用していくべきだろう。

(注1)YNKについて、より詳しくは、「ようこそ、世界に誇る縁(Enishi)エコシステムへ」(Forbes JAPAN3月号別冊、2023年2月15日)を参照のこと。

(注2)「xBridge-Tokyo」は、YNKに位置するスタートアップ・スタジオで、新たなビジネスの創出とスタートアップ企業の成長支援のためのシェアオフィスとなっている。2018年4月の開設で、さまざまなノウハウや人脈を持った人々や企業が集まるコミュニティを形成しており、「人と人」、「スタートアップと既存産業」の架け橋、オープンイノベーションを通じた事業創出を実現し、スタートアップの成長の後押しを目的としている。

 これまで「xBridge-Tokyo」は、累計54社が入居し、入居したスタートアップの約6年間での累計資金調達額は400億円を超え、各社が短期間で急成長を遂げてきている。

(注3)フラペンは、「投資方事業経営者、アーティスト、副業で関わるビジネスマンなど、多種多様な経歴を持つメンバーが日替わり店長となり、人と人の縁をつなぐバー」のこと。

(注4)その学校として、「BUFF」というものがある。同校は、「コミュニティ・マネージャーの学校」で、「コミュニティ・マネージャーとして実践を目指す人のための認定プログラム」だそうである。

政策研究者、一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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