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オートバイ耐久・日本代表「F.C.C. TSR Honda」が貫く独自の姿勢。世界王座に向けて前進!

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
ボルドール24時間レース 【写真:TSR】

2016-17シーズンが「鈴鹿8耐」40回記念大会で幕を閉じてから1ヶ月半。新たなシーズンがフランスの「ボルドール24時間耐久レース」で幕を開けた。今季も2017-18シーズンとして年をまたいで来年の「鈴鹿8耐」を最終戦にした全5戦で争われる。今季シリーズに年間参戦する日本のチームは「F.C.C. TSR Honda」(三重県鈴鹿市)の1チームのみだ。「鈴鹿8耐」を除く4レースがヨーロッパで開催されるシリーズに彼らはなぜ参戦を続けるのだろう。

ホンダ・フランスと組み戦う3年目

「F.C.C. TSR Honda」のシリーズ参戦は2016年から数えて今季で3シーズン目となる。昨シーズンは最終戦・鈴鹿8耐で3位表彰台を獲得し、シリーズランキングは4位で2年目のシーズンを終えた。過去に3度、「鈴鹿8耐」で優勝している同チームだが、8耐の優勝は2012年以来遠ざかり、FIM世界耐久選手権でのこの2年間の最上位は3位(2016年ルマン、2017年鈴鹿)に留まっている。

耐久レースにはその道のプロが居る。それを百も承知の上で挑んだが、世界の壁は想像以上に厚かったのかもしれない。だからこそ、今季はさらに体制を強化して挑む。開幕戦「ボルドール24時間」ではホンダ・フランスとのコラボレーションを発表し、チーム名は「F.C.C. TSR Honda France」(以下、TSRと表記)となった。

F.C.C. TSR Honda France 【写真:TSR】
F.C.C. TSR Honda France 【写真:TSR】

ライダーは成長著しいジョシュ・フック(オーストラリア)に加え、怪我から復帰したアラン・テシェ(フランス)、フレディ・フォーレイ(フランス)のフランス人ライダーを軸に戦う。フォーレイは2010年、2011年とFIM世界耐久選手権のチャンピオンを獲得したライダー(当時はSUZUKI ENDURANCE RACING TEAM)で、TSRにとって初めての耐久チャンピオン経験者の加入。これまでにない強力なラインナップである。

TSRのライダー達 【写真:TSR】
TSRのライダー達 【写真:TSR】

最適解で全力を尽くすチーム

三重県・鈴鹿市に本拠地を置くチームだが、今季もライダーは全員が外国人。これはTSRにとって別段変わったことではなく、むしろ自然なラインナップだ。

TSRを率いるのは藤井正和・総監督。かつては坂田和人、上田昇らをライダーにロードレース世界選手権をプライベーターとして戦い、グローバルな人脈を持つ。そんな藤井は通訳や仲介マネージメントを介さずに、自ら英語で連絡を取り、チームをまとめる。もちろんライダーの選択、レース現場での戦略に最終決定を下すのは藤井自身だ。こういう日本人レース代表は数少ない。

今年のルマン24時間で陣頭指揮を執る藤井正和・総監督
今年のルマン24時間で陣頭指揮を執る藤井正和・総監督

ヨーロッパでのレース開催時には、日本の鈴鹿8耐で携わるスタッフやメカニックも多数同行するが、マシンの管理、レースに関する様々な準備はスペインに本拠地がある「ブルノ・パフォーマンス」が行う。ヨーロッパが中心のFIM世界耐久選手権において、現地のレース専門家に委託するのは当たり前のこと。耐久はヨーロッパのフランス人が中心になったレースだからだ。ヨーロッパにベースが無ければ、ライダーやチームメンバーが休憩するモータホームの用意すら大変な作業になる。部品や備品の調達にも時間を要し、レースウィークに余計なストレスがかかってくる。「ブルノ・パフォーマンス」とは長年の信頼関係があり、TSRはグローバルなメンバーでチームを形成する。藤井は勝つためにそれが不可欠であることをよく知っているのだ。

ボルドール24時間を戦ったTSRは多国籍なメンバーで構成された 【写真:TSR】
ボルドール24時間を戦ったTSRは多国籍なメンバーで構成された 【写真:TSR】

TSRが仕掛けてきたマジック

今季はジョシュ・フック、アラン・テシェ、フレディ・フォーレイの3人、さらにリザーブとしてアルトゥロ・ティゾン(スペイン)を加えた4人のラインナップが発表されているが、TSRからのリリースにもある通り、最終戦の鈴鹿8耐だけはライダー未定。鈴鹿8耐に関しては例年通り、ホンダのトップ待遇のチームとしてファクトリー級のマシンを得て戦うことになると考えて良いだろう。

FIM世界耐久選手権の中でも鈴鹿8耐はファクトリーマシンあるいはファクトリー級のマシンが優勝を争う。8耐だけはちょっと意味合いが違うレースである。つまりはメーカーの息がかかったマシンを獲得できなければ優勝はおろか表彰台すら難しい。当然、ライダーラインナップもそのマシンに最適なメンバーを選ばなければならない。そのライダーラインナップには当然、藤井正和・総監督の提案が行われる。藤井は常に勝つための最適解を計算しているのだ。

2017年・鈴鹿8耐。ライダーはドミニク・エガーター
2017年・鈴鹿8耐。ライダーはドミニク・エガーター

今年7月の鈴鹿8耐では元MotoGPライダーのランディ・ド・ピュニエ(フランス)がTSRに電撃加入した。ド・ピュニエはボルドール、ルマンの24時間レースをフランス・カワサキのチーム「SRC KAWASAKI」で戦っていたが、同チームとの契約は上記の2レースだけ。鈴鹿8耐限定でホンダCBR1000RR SP2に乗ることになった。

TSRは8耐限定で供給される「鈴鹿8耐を勝つためのホンダCBR1000RR SP2」の軸になるライダーを探していた。というのも、3年目となるMoto2ライダーのドミニク・エガーター、初参戦となるスーパーバイク世界選手権ライダーのステファン・ブラドルの起用は決まっていたが、マシンがデリバリーされる初回のテストには両ライダー共に参加できないことが分かっていたからだ。代役ライダーでのテストでは意味がない。テスト目前に藤井が白羽の矢を立てたのがド・ピュニエだった。

TSRから8耐に参戦したランディ・ド・ピュニエ
TSRから8耐に参戦したランディ・ド・ピュニエ

ド・ピュニエのようなスター選手がシーズン中に違うメーカーのマシンに乗るということは通常はあり得ない。ド・ピュニエはこのオファーを受けた。「ホンダのファクトリーマシンに乗れる。こんなオファーを断るヨーロッパのライダーはいないはずだ」と語っていたド・ピュニエ。8耐にヨシムラから出場経験があり、FIM世界耐久選手権のライバルとしても彼はTSRのことを知っている。しかし、それよりずっと前、ロードレース世界選手権125ccクラスを戦っていた時代も彼は知っていた。日本のTSRは近年のフランス人ライダーの中ではカリスマ的存在のライダーがその実力を知るチームなのだ。

2015年からTSRに乗るドミニク・エガーター、ブラドルの代役として急遽参戦が決まったジョシュ・フック、そしてランディ・ド・ピュニエ。藤井の希望通りのラインナップになったTSRは不運なトラブルで余分なピットインを強いられたものの、2017年の鈴鹿8耐で3位表彰台を獲得した。ド・ピュニエの加入が無ければ表彰台は難しかったかもしれない。

ボルドール24時間は6位発進

2017-18シーズンの開幕戦となるボルドール24時間レースで「F.C.C. TSR Honda France」は途中、トップを走行した。577周目にアラン・テシェが転倒して修復を強いられるが、総合6位完走。上位陣のチームのほとんどにトラブルやアクシデントが襲う中、しっかりと6位で完走し、EWCクラスでは4位となった。

TSRはトップ争いを展開した 【写真:TSR】
TSRはトップ争いを展開した 【写真:TSR】

優勝こそ叶わなかったものの、これまで以上の高い戦闘力を発揮し、24時間レースでも優勝できるチームに躍進したことを示した。次戦は来年4月のルマン24時間まで長いインターバルがあるが、昨シーズンと違うのは年をまたいでも今回と同じライダーで戦えること。日本チーム初のFIM世界耐久選手権王座に向けてTSRは結果以上の大きな前進を見せたといえよう。彼らが海を越えヨーロッパを舞台に戦う意義を、そして彼らが戦う舞台にFIM世界耐久選手権を選んだ意味を来年の夏、知ることになるのかもしれない。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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