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中国産の農産物、実は国産よりずっと安全ってホント?

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
写真はイメージ(筆者撮影)

中国産の農産物や海産物を国産と偽って販売する産地偽装事件が後を絶たない。昨年発覚し全国ニュースとなった熊本のアサリ事件は記憶に新しいが、その前後に、中国産のゴボウやカット野菜を国産と偽り販売するなどの事件が相次いで発覚している。背景にあるのは中国産の安全性に対する消費者の根強い不安や不信感だ。だが中国産は本当に危ないのだろうか。

「奇跡のリンゴ」木村氏の意外な言葉

先日、青森県のリンゴ農家、木村秋則氏と仕事で一緒になる機会があった。木村氏は無農薬・無肥料によるリンゴの栽培に成功。その半生がNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で2006年12月に取り上げられると大きな反響を呼んだ。「奇跡のリンゴ」のタイトルで本や映画にもなり、昨年11月にはミュージカルも上演された。本人は相変わらず、リンゴの木の世話で忙しいようだが、時間を見つけては人にも環境にも優しい木村式農法を若い世代に伝授しようと各地を飛び回っている。

その木村氏が意外なことを口にした。「中国産の食べ物は今や国産より安全かもしれない」

実は「奇跡のリンゴ」は海外でも有名で、木村氏は、新型コロナウイルス問題が起きる前は中国や韓国などに何度も出向き、現地の農家を指導していた。「中国は共産党主導で食の安全性の向上に非常に力を入れており、私のところにも共産党の幹部が直接訪ねてきた」と筆者に明かした。

世界屈指の有機大国

最初は半信半疑で聞いていたが、話の内容がとても具体的だったので、気になって調べてみた。すると、木村氏の言っていることは概ね正しかったのだ。

例えば近年、農薬も化学肥料も使わない有機農業が農家や消費者の健康、さらには地球環境にも優しいとして世界的に見直されつつあるが、中国はいつの間にか世界屈指の有機大国になっていた。

スイス有機農業研究所(FiBL)と国際有機農業運動連盟(IFOAM)の調査によると、2019年時点の中国の有機農地面積は約222万ヘクタールで世界7位。有機先進国と言われるフランスの約224万ヘクタールとほぼ肩を並べる。ちなみに日本は約1万800ヘクタールで93位。中国は国土が広いため全農地面積に占める有機農地面積の割合は0.4%とまだまだ小さいが、それでも日本の0.2%の倍だ。

安全志向高める消費者

消費者の安全志向も急速に高まっている。FiBLとIFOAMの調査によると、有機食品の市場規模は2019年には85億400万ユーロ(約1兆2000億円)にまで拡大。米国、ドイツ、フランスに次いで世界4位となった。日本の14億1900万ユーロ(2018年)の約6倍だ。

さらに注目すべきは、食の安全に厳しい欧州連合(EU)が中国から大量の有機食品を輸入しているという事実。EUのまとめによると、2021年の輸入有機食品全体に占める中国のシェアは5.2%で全体の7位。2020年は3位、2019年は12.6%で首位だった。直近の順位は下がっているものの、主要輸出国であることには変わりない。

安全管理を徹底

中国の農業問題に詳しいアジア経済研究所の山田七絵研究員は「中国の農産物は特に輸出向けを中心に以前に比べるとだいぶ安全になっている」と話す。

山田氏によれば、経済発展に伴う生活水準の向上で都市部の富裕層や知識層の間では食への関心が高まっており、より安全な食材を選ぶようになっているという。加えて2008年、メラミンが混入した粉ミルクを飲んだ乳児数万人が重い腎臓結石にかかり、死者も出した事件が起きたのを機に、一般市民の間でも食の安全に対する意識が急速に高まったと山田氏は指摘する。

命にかかわる問題を放置すると政府への批判が高まりかねないため、政府は専門部署を設立して食の安全強化に本格着手。有機農産物の生産・輸出に力を入れるのは、「都市と農村の経済格差を縮小する狙いもある」と山田氏は解説する。輸出向けは、農場から港まで国内向けと完全に流通経路を分けるなど安全管理が徹底されているという。

米国やイタリアより低い違反率

山田氏はさらに、日本へ輸出する農産物に関しては、有機でないものも含め、日本の政府や企業の要請を受けてより厳しい基準が設けられていると話す。例えば、各畑に番号をふってトレーサビリティーを徹底し、農薬の残留検査も日本に着くまでに複数回行うなど、安全確保に細心の注意が払われているという。

それはデータにも表れている。食の安全・安心財団が厚生労働省の公表データを基に食品の輸入件数が多い上位5カ国の法令違反率(検査件数に占める法令違反件数の割合)をまとめたところ、断トツで輸入件数が多い中国の2021年の違反率は0.23%で、2位米国の0.49%を大きく下回った。3位フランスの0.16%よりは高いものの、4位タイ、5位イタリア(いずれも0.43%)と比べても顕著に低く、「中国産は比較的安全」と言える結果となっている。

安全と言えなくなった国産

安全性の向上著しい中国産とは対照的に、国産の農産物はむしろ相対的に安全性が低下しているのではないかと懸念する声が最近、多くの消費者から聞こえてくる。

例えば、各地で確認されている昆虫や野鳥、魚介類の減少や人の発達障害児の増加との関連が取り沙汰されているネオニコチノイド系農薬は、この数年の間にEUでは原則使用禁止となったが、日本では逆に規制が緩和され、全国各地の水田や畑、果樹園などで使われ続けている。使用禁止で行き場を失ったEU内のネオニコチノイドが日本に輸出されているとの調査報道もある。

豚などの家畜に成長促進剤として投与される飼料添加物のラクトパミンは、投与された家畜の肉を食べた人が健康被害を訴える例が報告されていることから、EUは1990年代に使用を禁止し、中国も2010年前後に禁止に踏み切った。日本は使用を明確に禁止していないため、ラクトパミンを投与された家畜の肉が大量に輸入されている。

20年以上前のイメージが消えず

「中国産は危ない」というイメージを日本の消費者が強く抱くようになったのは、2000年代前半に中国産冷凍ホウレンソウから日本の基準値を超える濃度の殺虫剤クロルピリホスが相次いで検出されたことや、2007年末から2008年はじめにかけて起きたいわゆる毒入り餃子事件の影響が大きいとみられる。

当時と比べると中国産食品の安全性は大きく改善したが、日本の消費者はそれに気づかずにいるというのが実情だ。

ちなみに、クロルピリホスはごく少量の摂取でも子どもの脳の発達に影響を及ぼす可能性があることなどから、EUは2020年1月に農薬としての承認を取り消し、米国も昨年2月に食品への使用を全面禁止した。タイやカナダも禁止を決めるなど、禁止は世界的な流れになりつつある。これに対し、日本ではいまだに農薬登録されており、子どもや妊婦が知らずに口にしている可能性大だ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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