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新ルール導入はすべてファンのため!世界最強のエンタメ大国でMLBが目指しているものとは?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
新ルール導入を決めたマンフレッド・コミッショナーの真意は?(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【週末から新ルール下でのオープン戦が開幕】

 MLBは現地時間の2月21日に全チームの野手組が揃い、本格的なスプリングトレーニングが始動する。また同25日からオープン戦も開幕し、実戦を積みながら3月30日のシーズン開幕戦に向けて調整を続けていくことになる。

 すでに本欄でもピッチクロック導入について詳細を報告している通り、今シーズンから大幅なルール変更(新ルール)が導入されることになっており、早速オープン戦から新ルールを採用して試合を進めていくことになっている。

 新ルールに対しては投手のみならず野手もかなりの変更を余儀なくされており、オープン戦は選手たちがどれだけ適応できるかを確認する重要な場になりそうだ。

【新ルール導入は選手目線ではなくファン目線】

 改めて新ルールについて説明しておくと、ピッチクロックの導入、シフト守備の制限、ベースサイズの拡大──の3項目だ。

 それではなぜMLBは、今シーズンからこの3つの新ルールを加える決断をしたのだろうか。もちろんリーグとして必要性を感じたからであり、3つすべての新ルールが互いに関連することで、1つの目標を達成したいからに他ならない。

 昨年9月に新ルール導入の説明会見を開催した際、MLBのコンサルタントとして新ルール導入を指揮したセオ・エプスタイン氏は、以下のように説明している。

 「新ルールは選手に関することであるが、ファンのためのものだ。ファンは今回の新ルールを歓迎してくれるだろう」

 つまり新ルール導入は選手目線ではなく、ファン目線で考案されたものなのだ。

【ファンから野球の魅力度を徹底調査】

 前述の会見でエプスタイン氏が説明したところによると、MLBは新ルール導入以前からファン対象にアンケート調査を行い、野球の魅力度を徹底的に調査していたという。

 その中でファンが野球に魅力を感じているのは、「盗塁を狙う瞬間」、「三塁打」、「二塁打」、「ファインプレー」といった躍動的な場面だったと説明している。

 その一方でファンがつまらないと感じているのは、「(選手やコーチが)マウンドに集まる」、「四球」、「投手交代」、「牽制球」といった試合時間を長引かせる場面だったようだ。

 そうした調査結果を元にして、より野球の魅力を引き出すために講じられたのが新ルールというわけだ。

【ピッチクロック導入で確実に増加している盗塁場面】

 まずピッチクロックは、試合時間そのものを短縮させる効果がある。MLBが発表した資料によれば、ピッチクロックを導入したマイナーリーグでは試合運営上(チーム成績等)にほぼ変化を生じさせず、試合時間だけ26分の時間短縮に成功している(画像参照)。

(MLB公式サイトから引用)
(MLB公式サイトから引用)

 またピッチクロックに合わせ牽制球の回数を制限することで、走者が盗塁を狙う数、その成功率ともに上昇させている。

 これもMLBが発表した資料によれば、ピッチクロック導入前後のマイナーリーグの比較だが、2019年シーズンは1試合当たりの盗塁を狙う数が2.23で、その成功率が68%だったのに対し、導入した2022年シーズンになると盗塁を狙う数が2.83、成功率も77%に上昇しているという。

【シフト守備の制限で長打とファインプレーを増やす効果が】

 さらに昨シーズンまでのシフト守備を制限することで、確実に打者の安打数が増えることになる。今オフに米メディアのインタビューに応じたガーディアンズのテリー・フランコーナ監督も、「開幕後しばらくは安打数がかなり増えるだろう」と予測している。

 また単に安打数が増えるだけでなく、チームによっては強打者対策として外野に4選手を置くシフト守備を採用していたケースもあり、それも同じく制限されることで長打の数もかなり増えていくだろう。

 一方で守備面から見ると、野手は投球前まで基本的に定位置に立つことが義務づけられるため、打球処理のためこれまで以上に高い身体能力が必要となり躍動的なプレーを求められる。それに合わせ必然的に、ファインプレーが生まれやすい環境になるわけだ。

【クロスプレーでのケガ予防のためベースサイズを拡大】

 ピッチクロック、シフト守備の制限で、盗塁や長打などより躍動的なプレーが増えてくれば、その分だけクロスプレーも増えていくことになる。そこで選手たちのケガを予防するために導入されるのが、ベースサイズの拡大だ。

 こちらもMLBが発表した資料によれば、ベースサイズを拡大したことでマイナーリーグではベース周辺でのケガ発生数を13%軽減することに成功しているようだ(画像参照)。

(MLB公式サイトから引用)
(MLB公式サイトから引用)

 改めて3つの新ルールについて説明すれば明らかなように、すべてを連動させることによって、よりファンを魅了できる野球に変えよう(いや戻そう)としているのだ。

 現在はあらゆる分野で技術革新が進み、MLBでもより勝てる戦略、戦術を確立していくため、より細かいデータを集積、分析するようになった結果、シフト守備やより綿密なサイン交換が採用されるようになった。

 それは結果的にファン目線からすると、野球の魅力を奪う結果になってしまったというのがMLBの現状だったのだろう。そんな状況を打破することを目的にしたのが、今回の新ルール導入なのだ。

【新ルールは世界最強のエンタメ大国で生き残る術】

 もちろん新ルール導入がマイナーリーグ同様に、メジャーリーグでも成功する確証はない。先日メディアに対応したロブ・マンフレッド・コミッショナーも、以下のようにリスクを伴うことを認めている。

 「リスクはあるが、リスクなしに変化することはできない。メジャーリーグと(新ルールを試験導入してきた)マイナーリーグではプレーの質が異なるのは理解しているし、それもリスクの1つだ。

 さらに選手たちが適応するのにある程度の時間を必要とするものだが、その期間で試合の質が落ちてしまうのは望ましいことではない。だが長期的なスパンで必ず有益なものになると、我々は信じている」

 世界最大のエンターテインメント産業を誇る米国内では、MLBというプロリーグも大きな分類でいえばエンターテインメント産業の一部でしかない。そして彼らを取り巻く環境は決して安閑としたものではない。

 世界トップクラスのプロリーグがひしめき合い、ファンやスポンサーを魅了する新たなエンターテインメントが次々に出現してくる米国において、常に彼らに質の高いコンテンツを提供し続けるのは決して簡単なことではない。

 今回の新ルール導入はある意味で、ファンやスポンサーに見捨てられないためbのMLBなりの生き残り策と考えていいだろう。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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