「偶然の出会いを楽しんでほしい」山形国際ドキュメンタリー映画祭、4年ぶりのリアル開催
ウクライナの戦争やミャンマーの圧政、そして、仮想空間のオンラインゲーム。世界の多様なリアルを映し出す「山形国際ドキュメンタリー映画祭2023」が、10月5日から12日まで山形市で開かれる。
2年に1度、東北の小都市で開催されるアジア最大級のドキュメンタリー映画祭。国内外から約2万人が訪れる。前回2021年はコロナ禍のため、オンライン開催だった。4年ぶりのリアル開催を前に、主催者は「その場でしか起こらない出会いを楽しんでほしい」と期待する。
山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)の広報を担当する大久保りささんと村田悦子さんに、映画祭の見どころを聞いた。
世界中から多彩な作品が集まるドキュメンタリー映画の祭典
――どんな映画祭なのでしょうか?
大久保:1989年から2年に1度、山形市で開催されているドキュメンタリー映画に特化した国際映画祭です。さまざまなプログラムがありますが、コンペティション部門は「インターナショナル・コンペティション」と「アジア千波万波」の2つがあります。
インターナショナル・コンペティションには、世界中から1132作品の応募があり、その中から選ばれた15本が上映されます。もう1つのアジア千波万波は、アジアの新進作家を紹介するプログラムです。今年は1002本の応募があり、その中から19本を選んで上映する予定です。
それに加えて、日本のドキュメンタリー映画の特集や地域をクローズアップしたプログラム、映画史をテーマにしたドキュメンタリーなど、多彩な作品を取り揃えています。
――今回の「インターナショナル・コンペティション」の注目作は?
村田:どの作品も現在の世界の状況を映していますが、なかでも注目されるのは、いま戦争が大きな問題となっているウクライナをテーマにしたドキュメンタリーです。その作品が2本、インターナショナル・コンペティションに入っています。撮影の時期や舞台となる場所が全く異なるウクライナの姿を撮ったドキュメンタリーです。
1本は『東部戦線』というタイトルで、2人の監督が共同で仕上げた作品です。そのうちの1人が救護班として戦争の最前線に密着して、ときにはGoProをつけて捉えた映像です。戦場だけでなく、休暇を与えられた兵士たちが田舎でのんびり休息をとりながら、胸の内を吐露する様子も映し出されます。
もう1本の『三人の女たち』という作品は、いまの戦争の状況を捉えたドキュメンタリーではなく、戦争前の山間部の村を撮影した映画です。時期は、ゼレンスキー大統領が当選する前の年。若い男性が外へ働きに出てしまって、ほとんど女性と老人だけになった過疎の村で、たくましく生きる女性たちを追ったドキュメンタリーで、ユーモアたっぷりの作品です。
いろんな角度からウクライナを見る、戦争とそれ以外の部分の両方を知る、という観点で、この2つの作品が選ばれています。
「ドキュメンタリーの固定概念」を覆してくれる映画祭
ーー「アジア千波万波」はどうでしょう?
村田:今回はミャンマーの作品が3本入っています。『地の上、地の下』『鳥が飛び立つとき』『負け戦でも』という作品です。
ウクライナの戦争は毎日のように報道されていますが、ミャンマーの問題は忘れられかけている面があります。日本でも、同じアジアなのに取り上げられることが少ないと感じます。
しかし、ミャンマーでは政府が民衆に圧政をしていて、死者も出ています。そんな民主主義を訴える民衆が抑圧されている状況を捉えたドキュメンタリーが3つ、上映されます。そのうちの2つは、監督の名前を伏せてエントリーされた作品です。
ーー過酷な政治状況から「匿名」で出品されているということですね。そのこと自体が、いまの時代を反映しているといえそうです。
大久保:時代の反映という点では、インターナショナル・コンペティションとアジア千波万波のどちらも、若手監督が初めて長編を撮った作品が含まれています。
ーーたとえば、どんな作品がありますか?
大久保:さきほど村田さんが紹介した『三人の女たち』は、長編初監督の作品です。インターナショナル・コンペティション部門では『アンヘル69』と『ニッツ・アイランド』もそうですね。
村田:『ニッツ・アイランド』は仮想空間を舞台にしたユニークな作品です。
大久保:全編にわたってオンラインゲームの映像で構成されている作品です。3人の共同監督が自分もアバターとなって、オンラインのサバイバルゲームの中にいる人たちにインタビューするのですが、ゲームの外から子どもの声などが入ってきて、そこに現実感がにじみ出るという味わい深い作品です。
ーーオンラインゲームを撮影した作品も「ドキュメンタリー」なのですね。
村田:YIDFFのセレクションの特徴として「ドキュメンタリー映画とはなにか」を問うという視点もあります。作家が「これはドキュメンタリー映画だ」として撮った作品はドキュメンタリーである、という大前提に立ってセレクションをしています。
その意味で、多種多様な手法や方向性のドキュメンタリーを観ることができて、ときにはドキュメンタリーの固定概念を覆してくれる映画祭というのも、YIDFFの特徴といえます。
大久保:山形での上映を見逃すと、もう日本では見られないという作品もありますね。
「映画好き」でなくても楽しめる秋のお祭り
――大久保さんは、奄美諸島の出身と聞きました。なぜ、山形の映画祭に関わるようになったのでしょう?
大久保:映画祭の事務局では2021年から働いているのですが、2019年の開催のときにボランティアスタッフとして参加したのがきっかけです。それまで東京に10年くらい住んでいて、映画館に置いてあるチラシに「山形国際ドキュメンタリー映画祭」と書いてあるのを見て、興味を持ちました。
私自身、小さな町で生まれ育ったので、東京で暮らしてみて、地方と東京の文化的な格差を実感していました。でも、山形でこんな国際的な映画祭が開かれているのを知って、すごいなと思いました。
――映画祭のスタッフとして働いてみたら、どんな印象でしたか?
大久保:フレデリック・ワイズマンや王兵(わん・びん)といった世界的な映画監督からも高く評価されている映画祭である一方で、山形の地元の人たちをとても大切にしている地域のイベントという二面性を感じます。
映画祭にやってくるお客さんも、コアな映画好きだけでなく、お祭りが好きで参加している人や、国際交流を楽しむために来ている人もいる。それぞれが「自分だけの楽しみ方」を持って、主体的に参加している人が多い映画祭ではないかと思っています。
YIDFFについて、よく「映画好きじゃないと面白くないんでしょ」と言われますが、そんなことは全然ないんですよ(笑)
――たしかに、ドキュメンタリー映画に特化しているという点も含めて、マニアックに見えてしまうところはありそうですね。
大久保:そういうイメージをどうやってクリアするかが課題ですが、私としては、東北の秋のお祭りとして楽しんでもらえるといいなと思っています。参加するみなさんは、旅行感覚で山形に集まって、日常から離れて映画を楽しんでいます。
そんな空気の中で、みなさん、気持ちが非常にオープンになって、偶然の出会いも起こりやすくなるようです。人と映画の出会いだけでなく、人と人との出会いも大切にしている映画祭なんですね。
――YIDFFでは、映画祭の参加者が交流する場として「香味庵」がありましたが、2020年に惜しまれつつ閉店しました。今回は、山形七日町ワシントンホテルのレストランで、「新・香味庵クラブ」が設けられるそうですね。
大久保:私たちも、4年ぶりにリアルな交流の場が復活することをとても嬉しく思っています。観客のみなさんには、ぜひ映画を観るだけでなく、作家の方と交流していただきたいです。
村田:香味庵クラブは、一人でも行ってみれば、誰かと気軽に話ができる場です。自分の周りにいないような人たちとお酒を飲みながら話すことで、その場でしか起こらない出会いがあると思います。
大久保:映画の上映後のギャラリートークでは、地元のおばあちゃんが山形弁でインドの監督に話しかけるなんてこともあります。方言なので通訳さんが追いつかなかったりするんですが、それでも監督が嬉しそうに話を聞いている様子はこの映画祭らしいなと感じます。そういう雰囲気を大切にしていきたいですね。