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長崎県で発生した釣りボート“怪”難事故 自分の命を守る最後の砦は?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 先週、長崎県佐世保市からプレジャーボートで釣りに出ていた男性3人が海上で命を落とした海難事故。未だにプレジャーボートが発見されないなど、謎に包まれています。そして今季は全国的な暖冬のためか、釣りに出かけて海難事故に遭うなどといった、冬のマリンレジャー活動中の事故が多いように感じます。気温は心地よくても、海は冷たく、その水温は時に人の命を簡単に奪います。この3連休を前に、冬のマリンレジャーに潜む危険と命を守る最後の砦について海上保安庁に聞きました。

長崎県海難事故の概要

 2月14日、長崎県西海市の江島の東海域で「漂流している男性3人を見つけた」と海上自衛艦から118番通報がありました。佐世保海上保安部によると、3人は引き上げられ、その後死亡が確認されました。13日に同県佐世保市の港からプレジャーボートで釣りに行き、行方不明になった男性3人と判明しました。(出典:「プレジャーボートの3人死亡確認 西海市沖」長崎放送 2月14日

 現場を確認してみましょう。図1に発見場所とその周辺の地図を示します。西海市に属する江島は佐世保市の西およそ30 kmのところにあります。そしてその東方に大立島があります。漂流していた3人の発見場所はその大立島灯台から北東方向2.5 km付近の海上です。

図1 3人が発見された現場付近の海域(YAHOO!地図をもとに筆者が作成)
図1 3人が発見された現場付近の海域(YAHOO!地図をもとに筆者が作成)

 帰港時間を過ぎても戻ってこないことを心配した家族から海上保安庁に連絡があり、自衛隊の艦船が海上で成人男性3人が心肺停止状態で浮いているのを発見しました。発見当時、3人のうち2人はライフジャケットを着用、1人はクーラーボックスにつかまっている状態だったそうです。

 そして普通のマリンレジャー事故ではあまり起こり得ないことが起こっています。ひとつは3人が乗船していたプレジャーボートが、2月21日現在、発見されていないこと。もうひとつは事故に遭った男性たちから、ただちに緊急通報が発せられなかったこと。

動画 現場付近の海域のようす

暖冬の影響か、事故が多い気がする

 暖冬の影響かもしれません。いつもの冬よりもマリンレジャー事故が多かったような気がしました。そこで海上保安庁に問い合わせ、今季のマリンレジャー活動中の事故の状況を得ました。12月と1月の2か月間にボートや磯釣りなどの活動中に発生した事故の結果をまとめると、次の通りです。

 年度   事故者数  うち死者・行方不明者数

 令和元※  105人    32人

 平成30   78人     33人

 平成29   99人     25人

(※令和2年1月分は速報値)2月21日 14:15に一部データを修正

 最近3年でみても今季に事故に遭った方の数は少し多めのようです。確かに、今冬は全国的に平均気温が高いばかりでなく、海水温も1から2ですが高めに推移し、いつもなら釣れない魚が釣れるという情報も流れています。いつものことで、水難事故は、そこに人がいなければ成立しないので、この冬は釣場にそこそこの人出があったかもしれません。

冬のマリンレジャーの事故は冷水に注意

 長崎県での事故の当日、当該海域の海水表面温度は約16。イマ―ション状態、すなわち呼吸はできているが体は水に浸かっている状態で命に直結する水温の目安が17。それよりも少し低めの海水温でした。

「暖かい冬は氷が薄い。そして冷水には危険が潜んでいる」によれば、普段着での推定生存時間は1時間半、防寒着をしっかり着用していれば4時間ほど。無事の生還は、時間との戦いです。

 つまり、救助隊がすぐに来ることのできる海域でレジャーを楽しみ、万が一の時にはライフジャケットで呼吸を確保し、すぐに緊急通報をして救助隊を呼ぶことが重要であることがよくわかります。

解せないことの多い今回の事故、そして教訓

 未だに乗船していたプレジャーボートが見つかっていないなど、解せないことが多い今回の海難事故。もし、ボートが現場海域付近に沈没しているとすれば、3人は沈没直前に海中に転落した可能性が高いと言えます。また3人のうちの1人はクーラーボックスにつかまっていたようですから、しばらくは海面で呼吸を確保して頑張っていたかもしれません。

 ところが、3人からの緊急通報は少なくとも海上保安庁118番にはかかってきていません。心配になった家族からの連絡で初めて遭難に気が付いたわけですから、海上保安庁以外にも緊急通報が入っていなかったことは容易に想像がつきます。

 海上保安庁の調べによれば、3人とも携帯電話を身に着けていた状態で漂流しているのを発見されたとのこと。いま流通しているスマートフォンなどの携帯電話はほとんどが防水機能付きです。つまり、海水に浸かったとしても水面上で電話をかけることができます。

 そして118番でも消防119番でも緊急電話をかければ、受信受付台では携帯電話からのGPS位置情報を受け取り、地図上に通報場所を表示することができます。ですから、緊急通報して「助けて」とだけでも伝えることができれば、救助隊が現場に直行するばかりでなく、海上保安庁であれば、付近を航行する船舶にも救助の応援を呼びかけることができます。

 緊急通報がなされない原因として一般的には、電話の電池切れ、本体防水機能に不備があった、沈んでしまった、が考えられます。しかしながら、今回は通話可能エリアに問題があった可能性があります。実は図1に示す3人の発見場所は、NTTドコモでは通話可能エリアに入っていますが、他のキャリアでは可能エリアのぎりぎりでした。もちろん、可能エリア内でもつながらない場合が想定されるし、エリア外でも状況によってはつながる場合があります。そして、遭難場所があと少し陸地に近ければ、どのキャリアでもつながっていたかもしれません。

自己救命策3つのポイント

 まさに、命を守る最後の砦と言えます。海上保安庁では、海の事故から命を守るための救命策として、次の3つを周知しています。

 1.ライフジャケットの常時着用

 2.防水パック入り携帯電話等による連絡手段の確保

 3.118番の活用

 このうち2.は、図2のように携帯電話をパックに入れておけば、首からかけておいていざという時に使えるばかりでなく、本体を海に沈めてしまうことがありません。パックに入れた状態で画面を操作することもできますし、通話することもできます。

図2 筆者が愛用している防水パック。携帯電話の防水機能については、本体の型式と「防水機能」という単語をあわせてインターネット検索すれば知ることができる(筆者撮影)
図2 筆者が愛用している防水パック。携帯電話の防水機能については、本体の型式と「防水機能」という単語をあわせてインターネット検索すれば知ることができる(筆者撮影)

 防寒服にライフジャケットを着装している姿でも、たまたま着装していなくても、背浮きの状態で電話を操作して、通話することになります。そのための訓練の様子を動画に示します。ポケットに入っていても取り出すことができますが、この時慌てて携帯電話が手から外れてしまったら、救助を呼ぶことすらできなくなります。繰り返しますが、防水機能が万全な携帯電話でも、パックに入れておくことが重要です。

動画 背浮きの状態で緊急通報する訓練の様子。一番厳しい条件でも通報が可能だ。ただし、ライフジャケット着用、防水パック利用がより生還への近道となる(筆者撮影)

 3.については、活用したくても、圏外だったらどうしようもありません。ボートでも磯釣りでも、釣りに出かける前にぜひご自分の契約している携帯電話キャリアのおおよその通話可能エリアをご確認ください。そして、万が一の時には生存可能時間内に救助隊が来ることのできる範囲内でマリンレジャーを楽しみたいものです。

NTTドコモ

AU

ソフトバンク

まとめ

 長崎での海難事故ではプレジャーボートが何らかのトラブルの後も浮いていれば、ボートが目印となり捜索時に発見が早くなったと考えられます。現場からただちに緊急通報がかけられればなおさらです。今回の長崎県で発生した事故では、早期の緊急通報の重要性がよくわかりました。お亡くなりになられた3人のご冥福をお祈りするとともに、これを教訓にして万全の準備のもとで今季のマリンレジャーを安全に楽しめればと思います。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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