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忘れ物や落とし物を見つけたらどうする? 拾った財布を届けた男が逮捕のワケ

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:Paylessimages/イメージマート)

 札幌や神戸で忘れ物の財布を拾って届けた男らが相次いで逮捕された。窃盗罪の容疑だ。なぜか。「ネコババ」との違いはどこにあり、もし忘れ物や落とし物の財布を見つけたらどうすればよいか――。

どのような事案?

 札幌の事件は5月16日にパチンコ店で起きた。72歳の男は、先客がパチンコ台に置き忘れた財布を見つけ、中から現金5500円を抜いた後、店員に届けた。持ち主はすぐに店に戻ってきたものの、現金がないと大騒ぎに。

 防犯カメラに犯行が撮影されており、パチンコに興じていた男は駆けつけた警察官に逮捕された。「つい出来心で盗んでしまった」と容疑を認めているという。

 一方、神戸の事件はスーパーが舞台だ。56歳の男は、5月13日、先客がセルフレジに置き忘れた財布を見つけ、中の現金約6万円のうち5万円だけを抜いた後、近くの交番に届けた。

 約20分後に持ち主が約6万円入りの財布をなくしたと110番通報。警察官が男に確認したところ、男のズボンのポケットから5万円が発見された。

 逮捕された男は「後で渡そうと思っていた」と弁解しているというが、警察官の指摘がなければそのまま交番を後にしていたことだろう。

丸ごと「ネコババ」したら?

 駅やスーパー、コンビニ、パチンコ店、コインランドリー、銀行など、財布を取り出す機会の多い場所では、こうした事件がよく起こる。

 もっとも、裁判では「窃盗罪ではなく遺失物横領罪が成立するのではないか」と争われることも多い。前者だと最高刑が懲役10年であるのに対し、後者であれば懲役1年と格段に軽くなるからだ。

 財布から現金を抜かず、店や警察に届けず、丸ごと「ネコババ」した方が遺失物横領罪という軽い犯罪になるのではないかといった誤解もある。

 しかし、成立する犯罪が窃盗罪か遺失物横領罪かは、丸ごと「ネコババ」したか否かとは無関係だ。その財布が他人の占有している状態だったか否かが重要となる。

 持ち主が財布などを現実に所持していたり、監視し続けている必要はなく、持ち主の支配力の及ぶ場所に存在すれば足りる。

判断はケースバイケース

 例えば、バス停の台に置き忘れられたカメラを持ち主が約5分、約19.5m離れた段階で持ち去った事件や、公園のベンチに置き忘れられたポシェットを持ち主が約4分、約27m離れた段階で持ち去った事件では、窃盗罪の成立が認められている。

 一方、スーパー6階のベンチに置き忘れられた財布を持ち主が約10分とはいえ地下1階まで移動した段階で持ち去った事件では、窃盗罪ではなく遺失物横領罪が成立するにとどまるとされた。

 持ち主が置き忘れたり落とした場所から離れた時間や距離、その際の状況などに基づき、社会通念に従って判断されるので、ケースバイケースということになる。

拾い主のメリットは?

 とはいえ、たとえ遺失物横領罪であろうと罪に問われ、刑罰が科されることは間違いない。バレないと思っていても、防犯カメラの映像をたどるリレー捜査によって逮捕に至る。

 正直に届け出れば、持ち主が見つかったとしても、5~20%相当、店舗での忘れ物や落とし物だと店側と折半で2.5~10%相当の報労金を持ち主に請求できる。

 しかも、公告から3か月以内に持ち主が見つからなければ、運転免許証やクレジットカードなど対象外のものを除き、財布や現金などは全て拾い主のものとなる。

手を触れず店員に任せる

 もっとも、持ち主が財布に入れていた金額などを勘違いし、善意の拾い主なのに警察から厳しく追及されるなど、トラブルに巻き込まれることもあり得る。

 1988年には、当時の大阪府堺南警察署の交番で主婦が拾得物として封筒に入った15万円を届け出たのに、受け付けた巡査が記録に残さず使い込んだ後、警察署ぐるみで主婦による着服だとでっち上げ、主婦を逮捕しようとした事件まで起きている。

 スーパーなどで他人の財布を見つけたら、触らずに近くの店員に声をかけ、対応を任せた方がよい。その際には、スマホで財布の状況などを動画撮影しておくとベターだ。

 それでも遺失物法ではその財布を発見した「拾得者」とされ、報労金などを請求できるし、防犯カメラやスマホの映像で財布に手を触れていないことが証明できるからだ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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