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1作目から四半世紀。「トイ・ストーリー」の素敵なバックストーリー

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「トイ・ストーリー4」のマーク・ニールセン(左)とジョシュ・クーリー(中)(写真:REX/アフロ)

 アメリカですでに大ヒットしている「トイ・ストーリー4」が、12日(金)、日本でも公開になる。1作目からほぼ四半世紀を経て公開されるこの最新作は、シリーズのファンを決してがっかりさせない、愛と感動、スリルと笑いに満ちた大傑作に仕上がっている。

 そもそも、3というキリのいい数字で終わったと思っていたこのシリーズに、なぜあえて4本目を加えたのかと、素朴な疑問を抱くファンは少なくないだろう。ハリウッドには、ただ儲かるからという理由で必要のない続編を作ってきた、長く悪しき歴史があるのだから、その不安も当然である。しかし、映画を見れば、これはなくてはならなかったチャプターなのだと、心から納得するはずだ。バズという最新のおもちゃが子供部屋にやってきたせいで、古風な人形ウッディの日常が乱されるというところから始まったこのストーリーは、こんなふうに実を結ぶべきだったのである。

この4作目には、これまでに登場したおなじみのおもちゃが勢揃い。彼らは一見前と同じでありつつ、テクノロジーの向上で、微妙に洗練されている。また、被写体深度効果も高まった
この4作目には、これまでに登場したおなじみのおもちゃが勢揃い。彼らは一見前と同じでありつつ、テクノロジーの向上で、微妙に洗練されている。また、被写体深度効果も高まった

 4作目を作ろうと決めたのは、1作目の原案から関わっている、ピクサーの伝説の人たち。4作目の監督ジョシュ・クーリーによると、3作目ができた直後、3作すべての脚本を手がけたアンドリュー・スタントンが「ちょっと思いついたことがある」と短い筋書きを書いたのが始まりだったらしい。「それをもとにして、1作目を作った主要人物たちが、これは『トイ・ストーリー』を続けるのにふさわしい理由を与えるものなのかを、じっくり検討したんだよ」と、プロデューサーのマーク・ニールセンが補足。「ふさわしくないなら、そこで終わりだった。だけど、生みの親たちがそうやって話し合っているらしいとの噂が広まるうちにも、スタジオの中では『どんな話なんだろう?』と、興奮が高まっていったんだよね」(ニールセン)。

1作目で緑の兵隊が活躍した本当の理由

 スタントンやピート・ドクター、ジョン・ラセター(彼はこの4作目が始動した後にスタジオを追い出されてしまった)など、ピクサーの伝説の人たちが1作目を作ったのは、1995年のこと。この世界初のCGアニメーションは、まだ若く小さな会社だったピクサーにとって、大きな挑戦だった。

 当時からピクサーに勤めていたテクノロジー・スーパーバイザーのビル・リーヴスは、「劇場用長編映画を作ることは初めから僕らの夢だったが、まだテクノロジーがそこに達していないと感じ、短編映画を作りながら準備を重ねていったんだ」と明かす。「そして1991年、ようやく準備が整ったと思い、ディズニーに『トイ・ストーリー』の企画を売り込み、お金を出してもらえることになったんだよ」。その頃、ディズニーはまだピクサーを傘下に収めておらず、出資と世界配給を受け持っていた。ピクサーのクルーは、60人ほど。長編制作には足りないので増員したが、それでも1作目当時、社員は130人弱で、その全員が「トイ・ストーリー」にたずさわっていたという。現社員数はおよそ10倍。複数の映画が同時進行していたり、制作以外の部署もあったりするので、全員がひとつの映画に関わることはない。

この4作目で初登場するキャラクター、ダッキーとバニー(左)は、遊園地の景品。このように握ればくしゃっとするおもちゃは、過去にCGでなかなか表現できなかった
この4作目で初登場するキャラクター、ダッキーとバニー(左)は、遊園地の景品。このように握ればくしゃっとするおもちゃは、過去にCGでなかなか表現できなかった

 現在のピクサーのスタジオは2階建てで広々としているが、少ない人数でやっていたその頃は、何か言うことがあったら叫べばみんなに聞こえた。初めて作り上げたシークエンスも、全員集まり、カウチに座って見たのだと、プロダクション・デザイナーのボブ・ポーリーは回想する。それは、グリーンアーミーメン(緑の兵隊)がパラシュートで降りてくるシーン。あれが、「トイ・ストーリー」の歴史上、初めて作られたシーンだったのである。「あのシーンのすばらしさに僕らは感動し、この仕事はとりあえずなくならないだろうと、胸をなでおろしもしたものだよ」(ポーリー)。

 ところで、あの緑の兵隊が1作目で活躍したのには、理由がある。テクノロジーが限られていた当時、あの人形がプラスチック製だというのは、非常に都合が良かったのだ。「あの頃、僕らが好んだのは、ゴムやプラスチックという素材だった。レンダリングがうまくいくのは、それらだけだったから。正直なところ、1作目では、それを基準にキャラクターを選んでいるんだよ。緑の兵隊が出てくるのは、楽しいからというのももちろんあるけれども、ディテールの表現をしやすかったというのもあったんだよね」(リーヴス)。

4作目の土砂降りシーンは昔なら不可能だった

 作品のたびにテクノロジーを開発してきたピクサーは、その都度、不可能を可能に変えてきた。たとえば、過去には水、スピード、人間、毛などがCGにとって難しかったが、それらの表現は著しく向上している。1作目で、ウッディらの持ち主である少年アンディや、その友達シドは、ちらっとしか出ない。一方で、この4作目では、ウッディらの新たな持ち主ボニーと彼女の両親、先生や群衆など、人がたくさん登場する。それも、非常に生き生きとした形でだ。「モンスターズ・インク」で毛を扱ったり、「Mr. インクレディブル」で人間を主役にしたりなど、毎回学んだことが積み重なっての成果である。

 また、「トイ・ストーリー4」の冒頭には、ウッディが土砂降りの中、道に転がっているシーンが出てくるが、これは1作目の頃なら完全に不可能だった。その頃は、同時にふたつのことを動かすことができず、背景で雨が降る中でキャラクターも動く、ということはできなかったのである。1作目にも雨のシーンはあるが、それは、窓に雨の粒がついているのをキャラクターが部屋の中から見るという形でうまく表現した。

「1作目であのシーンを雨にしたいと言ったのは、ジョン(・ラセター)。あれは、バズが悲しい思いをしているところで、雨はそのムードを高める。でも、技術的にそれは無理だと僕は言った」とリーヴス。そこへ、別の人が、窓に雨の粒がついているのはどうかとアイデアを出してきたのだ。「水滴は、動かなくていい。それがあることで、観客は、外は雨だとわかる。それならば、当時のツールでもできたんだ。僕らは、持ち得るツールでこなすしかない。この4作目では、すべてのツールを持ち込んで、この大雨を表現することができたよ」(ポーリー)。

今回の舞台となる骨董品店に住む新たなキャラクター。この絶妙な照明とそれが作る影、人間っぽくなりすぎないよう配慮した髪の毛の感じなどは、見事である
今回の舞台となる骨董品店に住む新たなキャラクター。この絶妙な照明とそれが作る影、人間っぽくなりすぎないよう配慮した髪の毛の感じなどは、見事である

 技術上可能かどうかに加え、それをどんなスピードで達成できるかも、製作上の重要な要素。たとえば、この4作目に出てくる骨董品店にはあちこちに蜘蛛の巣がある。それができたのは、担当アーティストが、特別のコードを開発し、望むところにすぐ蜘蛛の巣を置けるようにしたおかげだ。同様に、きらきら光る遊園地の照明なども、効率的に調整できる技術ができた。

 しかし、それらの細かいディテールは、あくまでディテール。どんなにすばらしくても主役ではない。そこが目立ちすぎると、ストーリーやキャラクターから気を散らせてしまい、映画としては逆効果となる。そのために、せっかく作った見事なデザインやバックグラウンドをあえてお払い箱にしてしまうことすらあるという。

「ツールは、あくまでツール。物語を語るための手段にすぎない。ピクサーではいつも、ストーリーが王。良いストーリーがなければ、どんなテクノロジーがあっても、関係ない。そこは、この24年間、まるで変わっていないよ」と、ポーリー。その姿勢のままで、もし5作目を作ろうと決めるようなことがあれば、ぜひ、楽しみに拝見させていただきたいと思う。

場面写真/2019 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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