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アトピー性皮膚炎とアレルギーの関係性 - 皮膚バリア機能に着目した最新の知見

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(提供:イメージマート)

【アトピー性皮膚炎患者の皮膚アレルゲン暴露に対する反応の謎】

皮膚は単なる体のバリアではなく、実は最大の免疫器官としても重要な役割を果たしています。近年、食物アレルギーの感作(アレルゲンに対する過敏な反応が起こるようになること)や脱感作(アレルゲンに対する反応が弱まること)において、皮膚が大きく関わっていることがわかってきました。

「二重抗原暴露仮説」という考え方があります。これは、アトピー性皮膚炎のような炎症を伴う皮膚にアレルゲンが触れると食物アレルギーの感作が起こりやすくなる一方で、早期から経口的にアレルゲンを摂取することで寛容(アレルギー反応が起こりにくくなること)が誘導されるというものです。しかし、アトピー性皮膚炎の患者のうち実際に食物アレルギーを発症するのは3分の1程度であり、アレルゲン感作のメカニズムはもっと複雑であることが示唆されています。

最新の研究では、皮膚バリア機能の状態や免疫環境など、皮膚の状態が非常に重要であることが明らかになってきました。健康な皮膚では自然な寛容が促進されますが、炎症を伴う皮膚では感作が起こる可能性が高まります。

【皮膚の免疫学的役割とアレルゲン感作のメカニズム】

皮膚は表皮と真皮から成り立っており、それぞれに様々な免疫細胞が存在しています。表皮の大部分を占める角化細胞は、物理的なバリアを形成するだけでなく、抗菌ペプチドやサイトカインを産生し、免疫応答を調整する役割も担っています。

表皮内に存在するランゲルハンス細胞は、抗原提示細胞の一種で、抗原を取り込んで処理し、炎症性のサイトカインを分泌して免疫応答を開始します。また、制御性T細胞も表皮内に存在し、免疫細胞の反応性を調整し、「危険」シグナルがない場合は寛容を促進します。

真皮には、マクロファージ、樹状細胞、肥満細胞、Tリンパ球などの免疫細胞が存在します。これらの細胞は、貪食作用、抗原提示、サイトカインやケモカインの産生を通じて免疫応答を調整しています。

毛包は皮膚の免疫システムにおいて重要な構造です。様々な免疫細胞やメディエーターが存在し、アレルゲンの摂取部位としても機能しています。毛包内の細菌叢の構成も、アレルゲン感作に影響を与える可能性があります。

アトピー性皮膚炎患者の皮膚は、健康な皮膚とは異なる特徴があります。角層が薄く、バリア機能が低下しているため、アレルゲンや刺激物質の侵入が増加します。また、黄色ブドウ球菌の定着率が高く、炎症を悪化させ、アレルゲン感作にも関与すると考えられています。

【皮膚バリア機能とアレルゲン感作・脱感作の関係性】

皮膚におけるアレルゲン暴露に対する免疫応答は、皮膚の全体的な状態によって決定されます。健康な皮膚ではアレルゲンの侵入が制限され、角化細胞が適切に機能することで自然な寛容が促進されます。一方、アトピー性皮膚炎のような炎症を伴う皮膚では、アレルゲンの侵入が増加し、角化細胞からの炎症性サイトカインの分泌により感作が引き起こされる可能性があります。

皮膚を介したアレルゲン脱感作の研究も進んでいます。アレルゲンを非炎症性の皮膚に反復的に適用することで、Th2型の免疫応答が有意に減少し、制御性T細胞が誘導されることがわかってきました。また、皮膚バリアの透過性が高いアトピー性皮膚炎患者では、アレルゲンの取り込みが促進され、脱感作効果が高まる可能性もあります。

臨床試験では、ピーナッツアレルギーのある小児に皮膚を介したアレルゲン脱感作を行った結果、アトピー性皮膚炎の有無にかかわらず有意な脱感作効果が認められました。また、治療後も効果が持続することが示唆されており、皮膚を介した免疫療法は食物アレルギーの病態を改善する可能性があります。

皮膚は単なるバリアではなく、複雑な免疫機能を持つ重要な器官であることが明らかになってきました。アレルギーや自己免疫疾患、炎症性疾患の治療ターゲットとして、皮膚の免疫学的特性を活用することが期待されています。アトピー性皮膚炎患者におけるアレルゲン暴露に対する反応の謎を解明することは、食物アレルギーの予防や治療法の開発につながるでしょう。

参考文献:

1. Sampson HA. The Riddle of Response to Cutaneous Allergen Exposure in Patients with Atopic Dermatitis. Ann Allergy Asthma Immunol. 2024;123(5):469-475. doi:10.1016/j.anai.2023.11.022

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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