集団が勝利するとき、どんなメンタルが生まれているのか?PK勝利後のアトレティコの選手たちの行動。
戦う覚悟を決められるか?
フットボールにおいてチームが勝利を重ねているとき、ある種の"信仰"が集団の中に生まれているケースが多い。
信じるべき対象は、一人の監督が放つカリスマ性の場合があるだろう。例えばチェルシーのジョゼ・モウリーニョは有り余る求心力で選手たちに覇気を与え、その技術を出させる。彼の率いる選手たちの表情は猛々しく、采配を信じ切って戦えている。こうした集団は正念場で不屈さを見せる。
あるいは、「ボールゲームを貫く」という信念も、選手に力を与えることがあるだろう。サッカー選手は本来的にボールプレーを好むモノであって、彼らが納得し、自分たちのプレースタイルを信じ切れた場合、この信仰は自然発生的に生まれる。それは確実に、チームとしての強さにつながる。AFCチャンピオンズリーグで無敗を続ける、柏レイソルで起きている現象はこれに近いだろう。
拙著「サッカー名将・名選手に学ぶ48の法則」でも書いたが、2012-13シーズンのプレミアリーグで躍進を見せたスウォンジーのデンマーク人指揮官ミカエル・ラウドルップは、この現象を生み出している。
「相手を潰すためだけのフットボールなんてつまらない。フットボールはパスをつないでこそ楽しい。その楽しさが爆発することで、選手たちのビッグプレーが生まれるんだ。負けるリスク? そんなものは監督である自分が負えばいい」
90年代にヨハン・クライフ率いるバルサでプレーした経験のあるラウドルップは語っている。デンマーク人指揮官には、選手の心の動きを読み取るのに一日の長があった。スウォンジーのエースとして旋風を巻き起こしていたミチュは、リーガの中堅クラブでも悪くない成績を収めていたが、ラウドルップ麾下でプレーすることでボールプレーヤーとしての才を一気に開花させたのである。
「ラウドルップ監督が残留するなら移籍しない」
多くの選手が高額オファーを受けながら、ボールプレーに理解のある監督を慕った。
もっとも、ボールゲームか、カウンターか、を論じるのは意味がない。選手が自分たちの戦い方に自信を持てるか。それが問われる。
<フットボールはメンタルスポーツで、確信を持った選手は思った以上の力を出せる>
それは人生にもつながる、戦いの定石だろう。
チャンピオンズリーグでベスト8に進出したアトレティコ・マドリーも、その典型と言える。選手たちは自分たちの勇猛さに自信を持ち、それが相手を凌駕するよすがとなっている。その証拠に、レバークーゼンにPK戦で勝利を得た後、多くの選手が最後にPKを外した敵選手に駆け寄り、声をかけ、最大限の敬意を払っていた。戦う男としての覚悟を持っていたからこそ、相手を思いやる心も生まれるものだ。
アトレティコのような集団はしぶとく逞しい。
信じる。
それは体が突き動かされるような行動であって、これは集団戦において大いなる力になるのだ。