なぜ神田の路地裏イタリアンが「ラーメン」を週末に出し続けているのか?
小川町で人気のフィレンツェ料理店『ZeCT byLm』
東京神田小川町の路地裏に一軒の小さなカウンターイタリアンがある。『ZeCT byLm』(東京都千代田区神田小川町1-7)はイタリア料理の中でも「フィレンツェ料理」を提供する店だ。イタリア・フィレンツェでも修業経験のあるオーナーシェフ、藤枝勇さんが一人で調理もサービスもこなす。シェフお任せのコースとフリーフローのドリンクがついて8,000円からと、リーズナブルに楽しめることもあって人気の店だ。
藤枝さんが作る料理はフィレンツェで長年愛されている郷土料理がベース。厳選した黒毛和牛を使った「ビステッカ」(ステーキ)をはじめ、目の前でパスタマシンを使って切り出すパスタなど人気の料理は数多い。中でも藤枝さんが考案した「元祖炙りチーズケーキ」は、SNSなどで女性客を中心に爆発的なヒット商品となり、模倣する店も続出している。
「元祖炙りチーズケーキ」発祥の店
コースの締めに出てくる「元祖炙りチーズケーキ」は、木の皿の上に置かれたチーズケーキをシェフ自らバーナーで炙る「映える」一品。しかし、バーナーでケーキを炙るのは単なるパフォーマンスではなく、調理工程の一つなのだという。よく見るとケーキだけではなく、むしろ木の皿を中心に炙っていることに気づく。
「2017年の秋頃に、常連客の方からのご要望で作ったのが最初です。当初は上からチーズをかけて遠火で炙ってとろけるチーズケーキとして提供していましたが、その後ブリュレに使うカソナードをかけて、木の皿を強く焼いて木の香りをチーズケーキに付けるスタイルにしました。自分のルーツにスモーク専門店があることからの発想で、ウッドチップの薫香でコースの最後を締め括る「香りのあるドルチェ」に仕上がりました」(ZeCT byLmオーナーシェフ 藤枝勇さん)
ラーメンの世界からイタリアンへ転身
肉もパスタもドルチェも絶品と評判の『ZeCT byLm』だが、毎週土曜日の昼は週替わりでラーメンを提供している。なぜイタリアンなのにラーメンかといえば、実は藤枝さんの前職はラーメン職人。千葉の人気ラーメン店『13湯麺(かずさんとんみん)』でラーメンキャリアをスタートさせた藤枝さんは、13年間にわたりラーメンの世界に身を置いてきた。なぜラーメンではなくイタリアンで独立しようと思ったのだろうか。
「2011年の震災後に、ご縁があってフィレンツェへ行ってフィレンツェ料理と出会いました。日々常に最新のどこにも無い物を探し続けるラーメン業界と違い、700年前から同じ料理を作り続けるフィレンツェの郷土料理に衝撃を受けて、この料理をやりたいと思いました」(藤枝さん)
今でこそ料理として認められつつあるラーメンだが、藤枝さんが独立した2013年当時はフレンチやイタリアン、日本料理などよりも下に見られがちだった。フレンチやイタリアンからラーメンの世界に転身する人はいても、逆に転身する人はいなかった。そこに藤枝さんは挑戦したのだ。
300種類以上のラーメンを作り続ける
ラーメンとイタリアンは一見共通項が見当たらないが、藤枝さんにとってはラーメンもイタリアンも同じ部分があるという。それはどちらも『温故知新』を芯に持つ料理であるということ。そして、ラーメン業界で学んだ多くのことが今のイタリアンにも生かされていると語る。
「通常のレストランのようなテーブルサービスやクローズキッチンでは対応できない、カウンタースタイルでお客様全員の顔と会話を把握しながら料理を作るのは、ラーメン店での経験で培ったものです。また、ラーメンで勉強した味の構成や旨味の相乗効果などは、今のフィレンツェ料理にも取り入れています」
『ZeCT byLm』で毎週土曜日昼に提供されるラーメンは、基本的に毎回メニューが変わる。オリジナルの創作ラーメンからご当地ラーメンの再現まで、これまで藤枝さんが作ったラーメンはゆうに300種類を超えているという。
ラーメンを作り続けることが「恩返し」
「ラーメンに関しては利益度外視。専門店には真似の出来ないクオリティのものを作るように心がけています。20杯だけに全てを詰め込んだラーメンを、一杯一杯ブレを無くしてお出ししています」(藤枝さん)
ラーメンの世界からイタリアンへの華麗なる転身。そして人気のイタリアンを営むようになった藤枝さんが、なぜ今もラーメンを作り続けているのだろうか。
「僕が独立した頃は、フレンチやイタリアン、和食の世界からみてラーメンは格下に思われていました。フレンチやイタリアンなどからラーメンに転職する方々はあれど、その逆は無かったので、自分がその最初になることでラーメン業界の凄さを認めて貰えるのではないか。僕がラーメン業界からイタリアンに行くことは、自分なりのラーメン業界への恩返しのつもりなんです。だから儲けが出なかったとしてもラーメンは出し続けていきたい。総合格闘技のようなラーメン業界からでも、専門分野のイタリア料理に転職出来るんだぞと、後進のラーメン職人たちに伝わったら良いなと思っています」
※写真は筆者によるものです。