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ジャパンの生命線は「パス」! イタリアに快勝でジョセフHCの首がつながった?

永田洋光スポーツライター
強烈な突進だけではなく卓越したパススキルを見せたアマナキ・レレイ・マフィ(写真:アフロ)

 やはりジャパンの生命線はパスだった。

 9日のイタリアとのテストマッチ第1戦。

 前半にジャパンが挙げた2つのトライが試合の趨勢(すうせい)を決めた。

 最初のトライは、0―7とリードされた前半18分だ。

 ジャパンはイタリアがタッチに蹴り出したボールをFB松島幸太朗が素早く投げ入れ、ボールを受けたNO8アマナキ・レレイ・マフィが豪快に突進。イタリア陣10メートルラインを越えて前進し、右に展開した。

 一度ラックを作って左に折り返すと、LOヴィンピー・ファンデルヴァルトがラックに持ち込み、そこからさらに左へ。

 SH田中史朗から放たれたパスは、CTBラファエレ・ティモシー→HO堀江翔太→SO田村優→松島→マフィ→FLリーチ・マイケル→WTB福岡堅樹と渡って福岡がタッチライン沿いを快走。福岡は22メートルラインを越えたところでタックルされたが、倒れながら内側にサポートしたリーチにリターンパス。リーチはイタリア最後の砦、FBマッテーオ・ミノッツィを引きつけ、さらに内側をサポートしたマフィにパスを返して見事なトライに結びつけた。

 ラックからトライに至る過程で使われたパスは9本。

 その間に、堀江が放った、前を向いたままのノールック・パスがあり、相手と接近した状況で正確にリーチに放った松島のクイックパスがあり……と、伝統工芸的な日本ラグビーのエッセンスが凝縮されていた。

 ファースト・レシーバーとなったラファエレを除けば、全員が3年前のW杯経験者。彼らが、誰もが心の底から称賛を贈る素晴らしいトライを仕上げて見せたのだ。

福岡の独走トライを生んだマフィの非凡なパス!

 前半28分に生まれたトライも、自陣22メートルライン内のスクラムから一度右へ大きく展開。WTBレメキ・ロマノ・ラヴァが前進したラックから左へ折り返し、FWで2つ起点を作って、さらに左を攻めたところで生まれた。

 今度は、田村→マフィ→ラファエレと渡り、ラファエレが狭いスペースで福岡にパスを通す。

 22メートルラインと10メートルラインの中間から走り出した福岡は、卓越したランニング能力をいかんなく発揮。そのまま70メートルを走り切って、スタンドを埋めた2万5千824人の観客を総立ちにさせた。

 このトライで光ったのが、タックルされながらラファエレに放った、マフィのパス能力だった。

 スーパーラグビーのレベルズでNO8に定着し、ボールキャリーの回数で208回とダントツの数値を誇り、ボールを持って前進した距離でも全選手中2位の1076メートルを誇る「トンガ生まれのゴジラ」は繊細なパスのセンスも持っている。

 15年W杯で南アフリカから歴史的金星を挙げた際も、カーン・ヘスケスの逆転トライを生んだラストパスを通したのがマフィだった。

 そのときを振り返ってマフィはこう話している。

「南アはもっともディフェンスが強いJP・ピーターセンが一番外側にいた。だから、ボールを持ったときに、まずピーターセンの肩を見た。もし、肩が僕の方を向いていたらパス。ヘスケスの方を向いていたら自分でトライをとりに行く――そう決めていたんだ」

 ディフェンダーの肩がどちらを向くかは、ディフェンダーが誰をタックルの的にしているかを示す重要な手がかりだ。けれども、かなりの選手がそのことを頭では理解していながら、瞬時の判断が要求される試合状況では見極めることができず、往々にして決められた通りにパスを放って、一流ディフェンダーの餌食となる。

 だが、即座に、かつ正確にパスを放るスキルを身につけたマフィは、自身も初体験のW杯初戦の土壇場で、見事に肩の方向を見極めた。

 それがマフィの非凡さなのである。

高温多湿の環境下でボールを動かすジャパン流「勝利の方程式」

 それでも前半終了時のスコアは17―14。

 イタリアも2トライを奪って、勝負は拮抗した。

 ただ、試合開始から4分近く続いた両チームのキックの蹴り合いで、イタリアがタッチキックを蹴って試合を一度ならず止めようとしたにもかかわらず、ジャパンがその都度ラインアウトをクイックで投入してゲームを切らず、イタリア選手の足に乳酸を溜め込んだことが、後半に勝負を分ける遠因となった。

 ハーフタイムにショート・インタビューを受けたFL姫野和樹は「イタリアのボディランゲージ(仕草)を見ても、疲れていることがわかる」と話したが、長野県の菅平高原でキャンプを張り、ヤマハ発動機ジュビロとも練習試合を組んで準備万端だったはずのイタリアは、やはり高温多湿の日本で最後まで走り切ることができなかった。

 結局のところ、1989年5月28日のスコットランド撃破から13年ウェールズ戦勝利、14年イタリア戦初勝利と続く、高温多湿な環境下での金星セオリー通りに、前半からボールを大きく動かして相手を疲弊させたジャパンのゲームプランが、功を奏したのだ。

 日本の生命線がパスである所以である。

 後半に17―17と追いつかれたジャパンは、21分、26分と立て続けにキックからトライを重ねてイタリアを突き放した。

 ジェイミー・ジョセフ流の「キッキング・ラグビー」が開花したようなトライ――と受け取ったファンがほとんどだろうが、21分のトライは、イタリアが反則を犯してアドバンテージを得ていた状況でのキックパスが見事に決まったもの。正確なキックパスを蹴った田村は、まだジャパンがエディー・ジョーンズ体制だった頃から、当時所属していたNECグリーンロケッツでしばしばこうしたキックを蹴っていた。

 15年W杯の南ア戦でも、最後のスクラムでアドバンテージが出たらキックパスを蹴るつもりだったと本人は語っている(そう伝えられたマフィは「そんな一か八かのプレーをするより、アドバンテージが出たら自分で行く」と心に決めたそうだ)。

 つまり、楕円球の前に真円のボールを蹴っていた田村にすれば、ジョセフHCとなる以前から得意としていたプレーなのである。

 それが、タッチライン際にいた堀江の機転(絶妙なレメキへのリターンパス!)と結びついてトライとなった。状況が一か八かのプレーを許すアドバンテージ下だったことも、躊躇せずにキックできた要因だろう。

 26分のトライは、ジャパンがアタックで大きく前進し、イタリア防御の背後がガラ空きだったから、誰が考えてもキックでトライが取れる場面だった。

 言い換えれば、前半は小さなキックを使う回数を従来よりも減らし(手元のカウントでは7分から8分にかけて2回、24分過ぎに1回)、代わりに立ち上がりは地域を獲得するための長いキックを使ってイタリアFWを背走させて疲労を誘い、そこでパスを多用してイタリア防御を混乱させた。

 これはキックがどうのこうの以前に、ジャパンが世界と戦う上での定石通りの戦い方なのである。

 おそらくイタリアは、スーパーラグビーのサンウルブズや、昨年の、キッキング・ラグビーで惨敗したアイルランド戦を分析して日本対策を立てたのだろうが、それが裏目に出た。

 ヤマハが、3日にイタリアと対戦した際に、キックを使ったところからカウンターアタックを食らった試合も、ジョセフHCの頭にはあっただろう。

 だから定石通りの戦い方に戻して、勝利できたのである。

この勝利でジャパンの強化はようやく振り出しに戻った?

 日本ラグビーのポテンシャルは、一般のスポーツファンが考えているよりはるかに高い。昨年1年間をキッキング・ラグビーの破綻と修正という後ろ向きな強化に費やしながら、鮮やかなハンドリング・ラグビーで2つもトライを奪えるのだから。

 これでジャパンの強化は、マイナスを脱してようやく振り出しに戻った。

 サッカー日本代表がW杯直前に監督交代劇を演じてさらなる混迷に陥っている今、イタリアとの初戦に快勝したことで、おそらく「ジョセフHC続投」の判断が秩父宮ラグビー場の一角辺りで下されているはず。それが吉と出るのか凶と出るかは、それこそ「フィフティ/フィフティ」だが、とりあえず今のジャパンにできることは、16日のイタリアとの第2テストマッチ、23日のジョージア戦と、さらにラグビーに磨きをかけて、今までの遅れを一気に取り戻すことだけだ。

 そうしなければ、11月に迎えるニュージーランド代表、イングランド代表という本物の強豪との対戦に間に合わない。

 日本ラグビーのターゲットは、19年W杯で8強以上に勝ち残ることなのである。

 そのためには、スコットランド、アイルランドのどちらかを撃破することが求められる。イタリアに勝って、ホッとしている暇などないのだ。

 

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

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