鎌倉で日本茶と日本文化に触れ自分と向き合う時間を。禅を感じる宿泊施設「kishi-ke(岸家)」
それは三年前、コロナ禍でふと目にしたSNSの写真にくぎ付けになった鎌倉の宿泊施設「Modern Ryokan kishi-ke(岸家)」。
隠れ家のような佇まい。
洗練された建物と内装、そしてその素敵な空間で日本茶や日本文化も体験できるとあり、ずっと憧れていました。
しかし宿泊施設なので訪問する機会はきっとないだろうと思っていたところ、思わぬ出会いが。
昨年の秋、取材で訪れた表参道の日本茶専門店「伍(いつ)」のカウンターで偶然隣り合わせた方が「kishi-ke」の代表の方!
えっ?あの鎌倉の?と驚きつついろいろお話しを伺い、いつか取材を!とお伝えしていたのです。
そして2月のある日、念願が叶い取材に訪れることができました。
「Modern Ryokan kishi-ke」は写真から受け取った印象そのままの、落ち着いた印象の中にピリッとエッセンスの効いた、日常と非日常を行き来できる唯一無二の宿泊施設でした!
鎌倉の山と湘南の海!鎌倉の自然を感じる立地
JR鎌倉駅を降りてkishi-keの最寄りの長谷駅までは江ノ電で3駅。
お天気が良ければ散策しながら歩くこともできる距離です。
この日はあいにくの雨だったので江ノ電一択。
外国人観光客と日本人観光客でにぎわう江ノ電は、住宅の間を縫いながらガタンゴトン進みノスタルジーを感じます。
長谷駅に降りると長谷寺や鎌倉大仏の高徳院へ向かう人が多い中、そちらとは反対方向の海側を少し歩いたところにある目的地kishi-keへ。
湘南の海は大きな波が押し寄せ、サーファー達が波に乗る姿も見えます。
入り口はここかな?と灯篭を目印に曲がると看板が。
そしてインターフォンを押して門を開けていただくと、そこには和モダンな建物とお庭が広がっています。
「素敵!」
屋上にはベンチがあり晴れていればゆっくりと湘南の海を眺められ、反対側には鎌倉の小高い山が見えます。
鎌倉の自然を身近に感じられる立地。
kishi-keは1日1組限定の体験型の宿。
こういう場所で過ごせたら心にゆとりが生まれそうです。
心躍る体験「+fun(プラス ファン)」をデザインテーマに
kishi-keのデザインテーマは「+fun(プラス ファン)」。
伝統的なものにちょっと工夫を加えて新しい心躍る体験を提供する、ということ。
「Modern Ryokan kishi-ke」という名にもそれが表れています。
一般的な旅館とは違い、伝統を重んじながらもそこに新しさを加え、他には無い雰囲気。
初めて訪れた人も懐かしさを感じる、しかしありきたりではなくオリジナリティーのある空間。
これ、何だろう?
おもしろい!
と感じる仕掛けがあちこちに散りばめられています。
例えば、古民家の梁や扉の一部が内装に使われていたりと、見る人の視点でたくさんの発見があるのです。
器ひとつとっても、陶器や木、ガラスの器が入れ子式になっていて、ひとつのアートのようです。
宿泊者の食事には実際にこちらの器が使われており、あれ?これとこれは同じ形で大きさが違う?ということに気づくと、新鮮な見方ができます。
わぁ、おもしろい!と驚きをもって感じること。
それにより、頭の中がクリアになる。
ワクワクするような不思議な感覚。
これは、楽しい!
ウェルカムティーにも遊び心と工夫が
kishi-keに宿泊される方は、まずウェルカムティーとウェルカムスイーツを楽しむことができます。
今日のウェルカムティーは?と伺うと、まぁ、召し上がってみてください、と代表の岸信之さん。
どうぞ、と差し出されたお茶の器の金継ぎにもアートを感じます。
あれ?すっとした香りの、うすい山椒のような…とぶつぶつ言っていると、「クロモジのお茶です」と岸さん。
クロモジ!あの茶道でお箸や楊枝として出てくる黒文字(クロモジ)の木の!
最近、クロモジ茶も少しずつ目にすることが増えてきましたが、実際に飲むのは初めてです。
すっきりとした香りが森林浴をしているようにも感じられ、すっと喉を通る優しいおいしさ。
ウェルカムティーは緑茶などを飲み慣れていない方にも飲みやすいものをとノンカフェインや低カフェインものをセレクトしているそうです。
この日はクロモジ茶でしたが、高知県産の碁石茶を出すこともあるのだそう。
日本茶にも詳しい岸さんらしいスタイルです。
ウェルカムスイーツの季節の果物最中も、パリパリの皮が香ばしくさらっと軽さがあり、いちごの酸味がさわやかで少量の白餡とのバランスがとても良いです。
これならもし餡子が苦手でも食べられると思います(餡子が苦手な外国人も多い)。
落ち着いた雰囲気の中、五感でお茶とお菓子を味わう贅沢な時間。
とてもリラックスできます。
日本茶を楽しむ和みのひととき
お話しを伺ううちに、また別のお茶とお菓子が登場。
この日は外は暖かく、冷たい煎茶がすっきりとおいしく感じました。
お菓子も季節を感じるものを、その時々の気温やお客様の好みを伺ってお茶をいれているとのこと。
まるで友人や親せきの家にお邪魔しているような気持ちになります。
おもてなしの心は国内外のお客様にもきっと伝わっているのでしょう。
クチコミでの宿泊予約が多いというのも頷けます。
日本文化体験で禅に触れる
一般的に日本文化体験というと、茶道体験にを例にしても、もてなされる側の体験することがほとんどの中、kishi-keではもてなす側の亭主の役割を体験できます。
まず部屋を清めるところから。
禅の世界では掃除をすることもれっきとした修行の一つです。
そしてお茶のお点前を実践し、心を込めてお茶を点てる。
ただお菓子を食べて抹茶を飲むだけではなく、どういう気働きをしてどんな流れで、どうすればお客様にお茶を楽しんでいただけるか、ということに意識が向く。
亭主側の役割を体験することで、一つのことに集中することができ、それが自分と向き合う時間になるのです、と岸さん。
確かに、茶道のお稽古では常に同じ型を何度も繰り返して習得していき、それが自分との対話になります。
「普段は様々なことを同時にこなすパラレルワークが多い方も、ここで敢えて一つのことに集中する時間を作ることで、今の自分は満ち足りているいるのか?満ち足りていない場合は何が足りないのか?これからどうしていくのか?それを自問自答する時間になるのではと思うのです」
kishi-keで大切にしている禅の思想「知足(ちそく)」。
それを宿泊される方にも自然と体感していただけたら、と岸さん。
忙しい生活の中でも心にゆとりを持つヒントがここにあると感じました。
実は岸さんは江戸時代には岡山藩池田家の重臣として仕えた武家「岸家」の16代当主。
武家は古くから禅との関わりが深く、幼少期から御祖父様からお茶を含め生活の中で自然と教わる機会が多くあったのだとか。
商社で勤め自らも忙しく過ごす中、御祖父様とのお茶の時間は不思議とリフレッシュでき自分を見つめ直すことができたという経験が、禅寺の多い鎌倉に2018年にModern Ryokan kishi-keを創業するきっかけになったのだそう。
お茶と禅で繋がる縁、お茶と禅が自分と向き合うツールにもなり、自然とコミュニケーションのツールにもなっていく。
古くから茶の湯や禅がそうであったように、現代もそのような場が必要とされているということでしょう。
煎茶道のお点前を拝見
ちょうど雨がやみ、野点での立礼式の煎茶道のお点前を拝見させていただくことができました。
煎茶道のお点前を拝見するのは久しぶりでしたが、道具なども流派により様々な工夫がなされ、お茶を楽しむ時間を分かち合う姿勢に心惹かれます。
丁寧に淹れられた玉露は濃厚なうま味と甘味が感じられ、とてもおいしいです。
お庭を眺めながらゆっくりと味わう玉露と和菓子。
こういう贅沢な時間はいつぶりでしょう。
和みます。
日々、バタバタと何かに追われながら生活していると、自分でお茶をいれてもなんだか忙しない気持ちになりがちです。
しかしkishi-keの空間では、日常からすっと非日常へ平行移動して没入することができた気がします。
同じ場所なのに、ウェルカムティーなどは友人宅に招かれた気分でリラックスし、煎茶道のお点前では背筋がピンと伸びてお点前を集中して拝見することができ、どちらの雰囲気も五感で楽しむことができます。
日常と非日常を行き来できる、ここにしかない空気感。
ここでしかできない体験。
唯一無二の宿泊施設です。
日本文化に誇りを持って
外国からのお客様も多いkishi-ke。
代表の岸さんに今後の若い世代に向けてのメッセージを伺いました。
日本文化とひとくくりにしがちですが、昔からずっと同じ形であるものよりその時代その時代に合わせて変わってきたものがほとんどです。
茶道や煎茶道のお点前にしても、その時代の状況に合わせて新しいものが生み出されているという歴史があります。
伝統と革新を繰り返してきた日本文化。
今でこそ「伝統的」と言われるものも、それが生まれた当時は最新で最先端なものだったのです。
これからもそのバトンを繋いでいってほしい。
そのために今何をするか?
何を大切にして生きていくか。
もっと戦略的に考える必要があるのではないか。
岸さんのメッセージが、今一度、この国について、日本文化について考えるきっかけになりました。
温故知新の日本文化体験型の宿
kishi-keでは茶道や煎茶道の他にも、精進料理や枯山水の模様作り、刀体験など、日本に住んでいてもなかなかできないようなものが体験できるそう。
インバウンド向けなのでしょうか?とお聞きしたところ、外国人のお客様も多いが日本の方にもぜひ体験していただきたいとのこと。
今、国内外を問わず、モノ消費からコト消費、そしてイミ消費へ移ってきていると感じます。
「イミ消費」とは、商品やサービスの社会的・文化的な意味を重視する消費行動のことです。
なぜこれを選ぶのか?を考え、その背景にあるものや自分にとって価値のあるものに投資する姿勢が様々な場面で見られます。
それは日本茶に向けられた視線にも感じますし、日本文化体験についても同じことが言えます。
なぜこのお茶を選ぶのか?
生産者の姿勢、産地の取り組み、その土地へのあこがれや想いを、お茶を通して味わいたい。
なぜ、この場所へ行きたいのか?
その土地の歴史や文化のありのままを感じてみたい。
イミ消費はつまりは自分に向き合い自分自身の価値観を客観的に問うことではないでしょうか。
今回の取材をきっかけに今求められているのはkishi-keのような温故知新の体験型宿泊施設なのではないかと感じました。
年内には鎌倉エリアに二つ目の施設をオープン予定だそうで、kishi-keの今後の展開も楽しみです。
※取材協力:Modern Ryokan kishi-ke(岸家)(外部サイト)