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“白すぎるオスカー”反発でオスカー視聴率は史上3番目の低さに。クリス・ロックの大胆発言も耳に届かず

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
オスカーのホスト、クリス・ロックは、ハリウッドの人種差別問題を正面から取り上げた(写真:ロイター/アフロ)

アメリカ時間昨夜放映された第88回アカデミー賞授賞式の視聴率が、ここ8年で最低だったことが、ニールセンのレポートで明らかになった。オスカー放映史上でも、3番目に悪い数字だ。昨年も、2009年以来最悪の視聴率だったが、今年は昨年に比べてさらに6%ダウンしている。

今年は、作品賞に、「オデッセイ」「レヴェナント:蘇えりし者」「マッドマックス 怒りのデス・ロード」など、大ヒットした娯楽作が含まれていただけに、この結果はとりわけショックだ。オスカーは、通に好まれる小規模の芸術的な映画を好む傾向にあるが、一般人があまり見ていないそれらの作品ばかりが候補に上がる年は、視聴率が下がる。自分が見て、好きだと思った作品がレースに参加していれば応援したいが、見ていないものだらけならどうでもいいというのは、当然の心理だ。だが、今年は、現在も上映中で、北米だけでも1億7,000 万ドルを売り上げている「レヴェナント」が最有力候補のひとつだったにも関わらず、人々は授賞式に背を向けたのである。

主な理由として考えられるのは、“白すぎるオスカー”批判。1月中旬に発表になったノミネーションで、昨年に続き、今年も演技部門20人が全員白人だったことから激しいバッシングが起こり、スパイク・リー、ジェイダ・ピンケット=スミス、ウィル・スミスらが、授賞式のボイコットを表明した。それからまもなく、アカデミーは、多様性を増すための新たなルールを発表。その素早い行動と、真摯な姿勢はおおむね好意的に受け入れられ、風当たりは、やや弱まったようにも見えた。その間、ホストを降板すべきだとプレッシャーを受けつつも辞退しなかったクリス・ロックが、授賞式で何を言うかも大きな話題になり、彼のトークを聞きたいがためにテレビをつける人も増えるかもしれないとの見方すらあったのである。

しかし、反感は根強かった。授賞式当日の午後も、人権活動家アル・シャープトンは、ハリウッドで抗議運動を展開し、来年の候補者にも多様性がなければ、より大きな抗議運動を起こして、広告主にプレッシャーをかけると宣言している。視聴率低下の結果を受け、シャープトンは、早々と、「すべて自分たちの成果だとは言わないが、自分たちのやったことが(視聴率)低下に効果があったと見る」との声明を発表した。

彼らの狙いはたしかに目標を達成したようだが、その運動に参加した人たちがロックの語ることを聞けなかったのは、やや残念だ。ロックは、人々が予測した以上に、正面から、堂々と、ハリウッドの人種差別に斬り込んでみせたのである。

ロックは、「僕はここアカデミー賞、別名、白人のチョイス・アワードに来ています」でモノローグをスタート。「ハリウッドは人種差別主義者か?そのとおり、ハリウッドは人種差別主義者だ。だが、僕らが次第に慣れてきたタイプの人種差別じゃなく、ハリウッドは、社交クラブ的な人種差別なんだ」とも語った。さらに、「クリード チャンプを継ぐ男」は「黒人のロッキーである」とし、そもそも、白人のスポーツ選手が黒人と同じくらい優秀だという「ロッキー」の設定自体が非現実的だとも指摘。「『ロッキー』はSF映画だ。『スター・ウォーズ』で起こることのほうが、『ロッキー』の中で起こることよりもまだ信じられる」とまで言い切っている。会場には、「クリード」で候補に上がっていたシルベスタ・スタローンもいただけに、大胆な発言だ。また、毎年恒例の、亡くなった人々への追悼コーナーも今年は少し違うとし、「今年は、映画館に行く途中で警官に殺されて死んだ黒人を追悼する」と、時事的ではあるが、相当にブラックなジョークも飛ばしている。

“白すぎるオスカー”論議にも、直接、言及した。今年、これが問題視されたのは、これが第88回だからであり、少なくとも過去に同じことが「71回は起こっている」と断言。当時、問題にならなかったのは、黒人が、もっと深刻な問題に直面していたせいで、どの撮影監督がオスカーを獲るかなど、誰も気にしていなかったからだと述べた。ホストを降板するよう自分にプレッシャーがかけられたことについては、「みんなに辞めろ、辞めろと言われたが、辞めろというのは仕事がある人に言うことじゃないか?僕がやらなくても、授賞式はある。ここでまた仕事をケビン・ハートに取られてしまうことにはなりたくないしね」と、自虐的なジョークで笑いと取った。

その後も、ロックは、3時間半に及ぶ授賞式の間、頻繁に人種問題を引っ張り出してきた。今年、この話題を完全に避けることはできないだけに、ロックはおそらくオープニングのモノローグでこのことに触れ、後は映画の祝福という明るいムードに徹するだろうと思われていたのだが、彼は昨夜、徹底してこのテーマを語り続けたのである。彼が基本的に黒人ばかりについて語り、アジア人、ヒスパニック、ゲイ、トランスジェンダーなど、別のマイノリティに触れなかったことには、多少、不満の声も聞かれるが、彼が今回、授賞式のステージで発言したことは、過去のオスカーでは考えられなかったことだ。

ボイコット運動も、効果はあった。だが、テレビをつけた人もまた、同じように強烈なメッセージを聞いたのだ。ゆっくりでも変化は起こっていくような希望を、今は、少し、感じる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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