解雇・退職強要への対処法 リストラ時代の基礎知識
私が代表を務めるNPO法人POSSEでは、「解雇リストラ相談センター」を設置し、社員のリストラ問題の相談に応じてきた。日々、「会社に突然辞めてもらいたいといわれた」「突然解雇になった」などの相談が寄せられている。
最近目立つのが、中高年のリストラだ。リストラと言っても様々なケースがあるが、もともと定年まであるはずの労働契約を途中で打ち切のだから、どのケースでも無理が生じる。社員側としては、基本的な対処を初期の段階からやっていれば、法的に争える場合がほとんどだ。しかし、多くの社員は「リストラ」の対象となると気が動転してしまい、冷静な対応を即座にとることは難しいのが実情である。
今回はPOSSEに寄せられた事案をもとに解雇への基本的な対処法をご紹介したい。
自動車部品メーカーのAさんの事例
自動車部品メーカーのAさん(55歳)の事例を見ていこう。
彼は、自動車部品の製造から販売までをコーディネートする管理職として50歳の時に入社した。営業成績もよく、会社からの評価も悪くなかった。「これなら定年まで働ける」と思っていた入社から5年目のある日、彼は突然社長から呼び出しを受けた。
「会社が経営難で、事業を縮小する。希望退職に応じてほしい。1か月後に退職してもらえるなら、退職金に6か月分の賃金を上乗せする」。社長からの突然の退職勧奨だった。驚いたAさんだったが、もうすぐ大学に入学する息子さんがいるから希望退職に応じることはできない、とその場で希望退職の勧めを断った。
ところが会社はあきらめず、4月に入ると、「希望退職に応じなくても、あなたの部署はなくなる」、「やめてほしい」「退職金の上乗せが受けられるのは今だけ」、と何度もAさんとの面談を繰り返し、執拗に退職を迫った。
仕事がなくなってしまったらどうなるのか、解雇されてしまうのだろうか、それなら退職金の上乗せが受けられる段階で希望退職に応じたほうが良いのではないか、とAさんは悩んだ。そこでAさんは私たちのもとに相談に訪れた。
Aさんの対応過程
Aさんの相談を受けた私たちは、Aさんにいくつか社内の状況の調べるように助言した。その結果、それまでAさんがやっていた仕事は別の人が続けていること、ここ数年の会社の経営状態は良くはないものの、会社がすぐに倒産するような状態ではないことがわかった。こうした「事実」は、本当に法律上の解雇ができるのかどうかを判断するために重要な情報だ。
また、Aさんの契約は、職務内容が明確に限定されたものであることも判明した。
これらの結果、現在も業務が残っているのに、解雇をすることはできない考えられるケースだということが分かってきたのだ。ただし、これらの「事実」も証拠を固めておかなければ、いざというときに主張できない。
最近では「ロックアウト型解雇」と呼ばれ、解雇する社員を会社から締め出して、会社側に不利な情報を完全に隠ぺいするやり方も広がっている。
そこで私たちは解雇にする十分な理由はないので、希望退職を断りさえすれば、職を失うことはないことを伝え、退職強要がひどかった時に会社に損害賠償を請求するために証拠をとりつづけることを勧めた。
断固とした態度のAさんに対する退職強要をあきらめた会社は、次に「あなたのポストはもうない」と社長直属の業務に異動させると言い出した。これまでとは仕事が変わるという理由で年収を20%切り下げるという。Aさんは私たちのアドバイスに基づき、これを契約の一方的な不利益変更と主張し続けたが、賃下げは強行された。
あまりにも不当な扱いに会社に対する信頼を失ったAさんは、会社と争うことを決意した。これまで収集した証拠を元に、不利益変更で減らされた分の回復と、もともとあった退職金への半年分の賃金の上乗せを求めることにした。
いざ、会社と争うときにはいろいろな方法がある。裁判や労働審判いった司法制度を利用することもできるが、これらは費用や時間の面で難しい場合もある。行政を間に挟んだり、社外の労働組合に加入しての交渉という手段は、迅速さで司法制度に勝っている。
Aさんはユニオンに加入し、団体交渉を申し入れることにした。彼が求めたのは。ユニオンが数回交渉した結果、要求はほぼ認められることとなった。集めておいた「証拠」が効いたのだ。Aさんが望みさえすれば、元の労働条件で会社に残り続けることも可能だったろう。
安易に同意しないこと
次に、Aさんの事例を踏まえ、リストラへの対処術を考えていこう。
解雇には、社会的に合理的な理由が必要とされている。それなりの理由が必要なのだ。だから、企業は働いている人を辞めさせたい場合、できるだけ自主退職に誘導しようとする。企業が解雇したのではなく、労働者が自分から辞めた、という体裁をとってしまおうというのである。解雇と言いながら退職届を出させるケース、再就職支援を受けるよう促すケース、無理な仕事を押し付け精神的に追い詰め退職へ追い込むケースなど、退職を促したり、時には「強制」するさまざまな手法がある。
対処する社員側としては、第一に、「冷静になる」ことが大切だ。
圧迫されて気が動転したり、退職金の上乗せなど自主退職のうま味をチラつかされたりしても安易に「イエス」と言わないことだ。安易に辞めることに同意してしまうと、その後、争うことが非常に難しくなる。
とはいえ、判断に迷うこともあるかもしれない。Aさんのケースでは、そんなとき「考えさせてもらいたい」と一度持ち帰るようにしていた。一度持ち帰り、冷静に対応できるようにすることが、重要なのだ。
記録・証拠を取り続けること
第二のポイントは、証拠の収集である。
Aさんのケースで会社がユニオンの要求を受け入れた理由の一つは、Aさんがとっていた証拠だ。Aさんは、会社に希望退職を求められる最初の段階から録音を取り、かつその要点をメモ書きで残していた。さらには、重要な点について社長にメールで確認のメールを送り、退職強要の実態や不利益変更に関する会社の考え方などの違法な点について揺るがない証拠を残していた。ユニオンで交渉を申し入れた段階で、Aさんの残した記録は膨大なものになっていた。その記録出された会社は、すぐに自らの違法性を認めざるを得なかった。
初期の段階から専門機関に相談
最後に、最も重要なポイントが初期対応としての「外部への相談」である。
Aさんが希望退職を受けてから、ユニオンで解決するまでの期間はおよそ半年、交渉自体は3週間ほどだった。その間には様々なことがあったが、それをうまく乗り越えられた最大のポイントは、最初に希望退職の面談があった次の日にAさんが迷わず相談を寄せたことだ。私たちは面談のたびごとにAさんとメールや電話で打ち合わせ、次の対処法を決めていった。だから、Aさんは迷いなく自分の主張を貫き通すことができた。それが良い水準での早期解決につながったのだ。
労働法の知識を持ち合わせていたとしても、職場でそれを使うことは容易ではない。とくに解雇や退職勧奨など雇用の継続にかかわる重大な問題に直面したとき、最善の対処法を取ることはなかなか難しい。
しかし、現場で適切な対処を取ることが必要になってくる。ひとりで対処するのは並大抵のことではない。そんなときに力強い味方になってくれるのが、専門機関だ。
ただ、専門機関を選ぶときにも注意が必要だ。
解雇や退職勧奨をめぐるトラブルを解決する上で陥りがちなのが、行政機関を使ったが、うまくいかず、あきらめてしまう、というケースだ。労働のトラブルを解決してくれる行政機関として最も有名なのは労働基準監督署だ。しかし労働基準監督署が扱うのは労働基準法の取り締まりなので、解雇の正当性や退職強要めぐる問題は、「取り扱えない」と言われてしまう場合が多い。管轄が違うのだ。
また個別労使紛争を調整してくれる「あっせん」という制度が各都道府県の労働委員会などに設けられていて、利用する人も多いが、この「あっせん」は、強制力がないために会社側が参加を拒否すれば、成り立たなくなってしまう(うまくいく場合も、もちろんあるのだが、運次第である)。
この段階であきらめてしまう人が多いのが実情だ。だが、どうかあきらめないでいただきたい。
行政で対応できない場合でも、弁護士や労働組合で対処できる可能性はある。
手前味噌ではあるが、私たちPOSSEでは、弁護士や労組と連携して問題解決に当たる。 無料相談を行っている窓口には、下記のようなものがあるので、退職勧奨や解雇の兆候が見られたときにはすぐ相談してもらいたい。
無料労働相談窓口
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