叱責した後「ハグしてあげる」 フリーライター女性が契約先をセクハラと報酬未払いで提訴
9月3日、東京都内でフリーライターの女性Aさんが記者会見を行った。契約先のエステ会社からセクハラや報酬未払いを受けたことについて慰謝料などを求め提訴したことを明らかにする会見だった。
9月4日付の東京新聞では下記のように報じられている。
■「こんな質の低い記事に報酬は払えない」
訴状や、Aさん側代理人らがまとめた「事実経過」によれば、訴えられているエステサロン運営の男性は、2019年3月にAさんのSNSを通して体験記事執筆を依頼。その後、SEO対策の記事などの執筆をAさんが行っていた。
- ※SEO対策は検索エンジン最適化対策のことで、SEO対策記事(SEO記事)とは、関連キーワードでも検索結果で上位に表示されるために製作されたコンテンツのこと。
男性は当初、Aさんの仕事ぶりについてLINEで「読みやすくて自然な感じで」「この仕事向いてますね」などと絶賛する様子を見せ、Aさんに他の仕事を辞めて「専任」になることを求めた。Aさんは2019年8月以降、契約が終了する10月21日まで、土日含め毎日1本の記事をアップするなど業務を続けていた。
しかし、8月末に業務内容について「大変でした」と感想を漏らしたAさんに対し、男性は「サボったでしょ」「こんな質の低い記事に報酬は払えない」などと言い募り、報酬の支払いを行わない姿勢を見せるようになった。
また、後述するように、セクハラとパワハラを繰り返すようになった。
契約が終了した10月21日のAさんとのLINEのやり取りの中で男性は「(1)別の場所でスキルを磨いてから、私と仕事を一緒にしたい場合は、またご連絡いただいて。または(2)私の教えのもと育ててほしいか?→弟子入り状態ですので報酬要求はしないでいただきたい。落語家や経営者の鞄持ちと同じことです。」などと綴っていた。
結局、男性が経営するエステ店からAさんへ一切の報酬が支払われることはなく、11月にはAさんの元に「ボディケア費35万円」「知識技術指導費50万円」「場所代10万円」を求める請求書が届いたという。
Aさんの相談を受けた出版ネッツが2019年末から男性と2回にわたって団体交渉を行ったが、「契約書がない」「記事のアップはAさんが勝手にやった」などと主張し、支払いを拒否されている。
- ※出版ネッツは、出版関連産業でフリーランスとして働く編集者・ライター・校正者、デザイナー、イラストレーター、カメラマンなどの労働組合。
Aさん側が求めている約580万円の中には、未払い報酬の約38万円(労働期間は2019年8月1日〜10月21日までの約2カ月半)が含まれている。
■「質の低い仕事」を叱責したあと、「ハグしてあげる」
訴状では、性被害を含むセクハラの様子や男性とのやり取りが詳細に書き込まれている。通常は準備書面で追記することが多いが、この理由について出版ネッツの杉村さんは「Aさんはセクハラを受けた後も仕事をしている。最近では少し理解されつつあるが、性被害に遭った人が『なぜ逃げなかったのか』が裁判で理解してもらえないこともある。それであれば訴状の段階できっちり書いておきましょうということになった」と説明した。
Aさんは裁判支援を訴える会で、「セクハラを受けていながらなぜ仕事を続けてしまったのか」について自ら説明し、「今の自分だったら、セクハラ的なことを言われたときに辞めたいと思う」としながら、「『プライベートゾーンを触られることが犯罪だ』というような、性の知識不足が原因だと思う」と話した。
男性からの行為は施術中に言葉巧みに行われた。Aさんは抵抗を示したが、男性はやましい行為ではないかのように言い繕ったという。
「(男性は)毎回のようにセクハラ的な発言をした。嫌ですと言ったり困ったりしていると、『女性が一人でやっていくなら、男のセクハラをうまくかわせるようになっていかなければ』と言われ、セクハラをされても無心でいられるようにしなければと思ってしまった」
訴状では、2019年3月の最初の打ち合わせ時からセクハラ的な言動があったことや、Aさんが拒む様子を見せると「施術のカウンセリングとして、他のお客さんともこういう話をする」「モデルをやっている人はすぐ脱げる」「うまくかわして男を手のひらで転がせるようにならないと」などと言い募ったり、同席した第三者にAさんについて「(Aさんは)男性経験が少ない。俺が男を手のひらで転がせる女に育てようと思っている」などと言ったことが記載されている。
報酬が支払われないことにAさんが疑問を持ち始めた以降の2019年9月には、男性は「こんな質の低い仕事をするとは思わなかった」「このくらいの仕事で報酬を要求するな」などと言い、約1時間にわたってAさんを叱責。その後、「ハグしてあげる」とAさんを抱きしめ、キスしようとしてきたという。
出版ネッツの杉村和美さんはAさんのコメントを受け、「Aさんは自分の性に関する知識不足と言われましたけれど、これは社会の問題であって、Aさんが悪いのではない。私たち一人一人の問題。そこは強調しておきたい」と声を強めた。
Aさんは体調を崩し、2020年1月にメンタルクリニックでうつ状態と診断されている。
■フリーは「ハラスメント規制法」の対象外
Aさんの提訴は、複数の問題提起につながる。ひとつは、セクハラとパワハラ、さらには報酬の未払いが複合的に行われる場合があること。社会に出たばかりの若者がそのターゲットになりやすいこと。
また、フリーランスで働く個人が取引先からパワハラやセクハラを受けることは多いが、今年6月に施行された「女性活躍・ハラスメント規制法」ではフリーランスは対象外となっている。これは、フリーランスは「雇用労働者」ではなく「事業者(自営業者)」と区分されるため。
しかし、「事業者(自営業者)」とされる約538万人の中で、従業員を使用しておらず、さらに直接の取引先が「事業者」である「雇用類似就業者」は約170万人に上る。雇用類似就業者にあたるフリーランスの働き方への理解、取引上のルールづくりやハラスメント防止策など就業環境を整えることを出版ネッツは求めている。
■「新たな被害を減らすことにつながれば」
提訴に対し、エステ店側は請求の棄却を求めている。
会見の中でAさんは、「裁判や会見をすることでこのケースが広がり、新たなセクハラやパワハラ、報酬未払いの被害を減らすことにつながれば」と話し、さらに「セクハラの加害者になりそうな人には、愛想笑いや無視はあなたを受け入れている証拠ではないことを、そして被害者になりそうな人にはセクハラを無視していればいつかそれはおさまるだろうと思っていると、さらにひどくなる場合があると伝えたいです」と訴えた。
私もフリーランスのライターだが、インターネットが普及して以降、出版社や編集プロダクションなどの制作会社ではない事業者がライティング業務を発注するケースが増えていると感じる。今回のAさんのケースも、エステ店からの体験記事やSEOライティングの発注だった。
出版社や編プロが発注者の場合もトラブルは発生するが、それ以外の事業者からの発注の場合、いわゆる「業界用語が違う相手」との仕事になることもあり、文章を書くことについての基本的な捉え方が違うなどかなり難しいケースがある。報酬未払いなどが事実であるなら論外だが、実績を積むために懸命な思いをしている若手ライターが踏みにじられることを防ぐために、注意喚起を促すとともに業界の改善を目指したい。
(記事中の写真はすべて筆者撮影)