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スペイン挑戦、日本人8人目の乾貴士が踏んではならない轍。

小宮良之スポーツライター・小説家
エイバルのスタンドで観戦する乾。(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

日本代表MF乾貴士は世界最高峰リーグ、スペインのリーガエスパニョーラで身を立てられるのか?

少なくとも、相当な奮起が必要なことは間違いない。城彰二、西澤明訓、大久保嘉人、中村俊輔、家長昭博、ハーフナー・マイク。過去にこれだけの日本人選手が撤退を余儀なくされているのが、リーガエスパニョーラという修羅場である。

<欧州で活躍する日本人選手がこれだけ増えているにもかかわらず、なぜスペインでは定着できていないのか?>

その理由は、最も成功者の多いドイツ、ブンデスリーガの特性を考えると朧気に見えてくる。ドイツ人は、日本人の性格的特長を評価する。勤勉さ、組織への従順、規律正しさ。例えば時間を守り、ルールを破らず、周りに気を遣い、ときには追い込むように自らを鍛える。そうした真面目で誠実な行動規範を、ドイツ人は賛美し、共闘すべき存在と認めるのだ。

しかしラテン気質の強いスペインでは、真面目さが「間が抜けている」「要領が悪い」とも捉えられる。スリや置き引きで、「取られる方が悪い」という国民性があり、狡猾さを良しとし、注意力の低さを軽んじる。日常生活にマリーシアという言葉が息づいているのだ。

「うまくやる」。それはスペイン人にとって悪徳ではない。むしろ、その駆け引きを美徳とする向きさえある。

日本人はこの異文化に順応しなければならず、過去の選手たちはそのストレスに苦しんでいる。例えば"この外国人選手は言葉が話せない"と侮られてしまうと、ロッカールームでぞんざいに扱われる。コミュニケーションの中で関係を作るスペイン人にとって、それが断たれた日本人は顔の見えないガイジンなのだろう。

「なにも悪いことをしていないのに!」。日本人としては差別を訴えたいところだが、言葉を含めた何らかのコミュニケーションを取れない人間には居場所がない。

もっとも、エイバルのあるバスク地方はスペインの中では質実剛健を凝縮したような地域である。国内では真面目で堅実で辛抱強く、労働意欲の旺盛な人々が暮らしている(バスク人は対照的気質を持つ南のアンダルシア人と比較すると働き者で、例えば失業率は20%近く違う)。自分たちが中央政府から迫害を受けた歴史があるだけに、外国人だからといって疎略には扱わない。

バスクのクラブである点は、乾にとって幸運だろう。

「乾は日々、環境に順応しているよ」

そう語っているのは、チームのエースFWであるボルハ・バストンだ。

「エイバルというチームは団結力が強く、選手同士が助け合う、というのが基本にある。だから、なんの問題ないだろう。もちろん言葉の問題はまだあるけど、フットボーラー同士、彼とはピッチで言いコミュニケーションが取れるからね。それにみんな、乾が居心地のいいように、長所を引き出そうとも努力している。彼がいい奴なのは分かっているからね」

現時点で、乾に対する関係者の評価はあくまで「有望」と聞こえてくる。スペインデビューのレバンテ戦でアシストを決め、2戦目のセルタ戦でも先発し、3戦目のラス・パルマス戦も先発の座を譲らず、チームは勝利している。3試合連続先発出場で、順風満帆にも映る。

しかし、スペインという国でフットボーラーが成功を収めるのは容易ではない。デビュー戦で「日本の魔法がスペインに上陸!」(マルカ紙)と絶賛されたが、次のセルタ戦では決定機を外し、「信じられないシュートを外した」(アス紙)と戦犯扱い。評価は移ろいやすく、一夜で逆転する。ラス・パルマス戦はマルカ紙は10点満点で7の評価だったが、as紙は0~3点の4段階で1点だった。

実は不安点が浮き彫りになりつつある。地元関係者は、「試合がスクランブルになった状況でのカウンターの旗手としては有効だろう。ただ、四つに組んだ状態では守備の脆さが出て、彼のサイドを崩される展開が目立ち始めている。それに今は相手が日本人選手と軽んじ、ドリブルの間合いに不用意に飛び込んできてくれているが、長くは続かない。研究されたとき、乾の真価が問われる」と囁く。

日本代表を率いていたアルベルト・ザッケローニ監督は、"ドリブラー枠"として乾のポテンシャルを高く買い、ずっと代表に招集してきた。しかしブラジルW杯本大会に連れて行ったのは、齋藤学だった。守備での貢献度、対敵に応じてのスキルなど、その理由は深く考察する必要がある。

おそらく、乾はやがて壁に当たるだろう。

ドイツ、ブンデスリーガで輝いていたドリブルテクニックは、リーガエスパニョーラではさほど珍しくない。リーガには国際的には無名でも野望多き有能者が数多で、ピッチに立てるのは世界最高水準のアタッカーのみ。必然的に、彼らと対戦するディフェンダーは鍛えられている。足が伸びるようなディフェンスや習熟した駆け引きを仕掛けてくるだろう。

乾がエイバルで足跡を刻むには、得意のドリブルを用い、ゴールにつながる仕事をやり遂げ、人々の信頼を得ながらポジションを得るしかない。しかし生き残るには短所を改善し、対敵能力の向上が不可欠になる。さもなければ、「移籍当初はいいが、半年から1年で帰国」という先達たちと同じ憂き目を見る。彼を取り巻く評価は過去の日本人選手と酷似している。同じ轍を踏まないためには―。

ドイツでの実績を一度リセットするほどの覚悟が必要かもしれない。語学を習得し、仲間の信頼を得て、十全に技術を出し、守備の短所を埋めながら敵の読みを超える成長を遂げる。スペインに腰を据えて殻を破る、あるいは生まれ変わるくらいの気持ちで挑むしかない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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