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不正告発と「指の長さ」は関係するか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 政治行政の世界では、加計学園疑惑での前文科省事務次官の「内部告発」が話題だ。企業や組織のマネジメントでは、従業員や構成員が「声を上げる」つまり「積極的な声の行動(promotive voice behavior)」が重要とされる。

 これはアイディアの提案や有益な情報提示などに限らず、リスクやコスト、不祥事などについての危惧や警告の声、つまり「禁止的な声の行動(prohibitive voice behavior)」も含まれる。内部からこうした「声」の上がらないような企業や組織に期待できないことは言うまでもない。

 企業や組織の側も、自らを高めたりリスクを回避するために、従業員や構成員に「声の行動」をあげるよう促すことも多い。だが、組織への影響を過度におもんぱかったり、目立つことを抑制したり、内部告発を「裏切り」と思われたくなかったり、自己の行動を極度に規制したりする心情が強い場合、従業員や構成員はなかなか声を上げる行動を実行できないようだ。

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指の長さで行動がわかる?

 こうした組織内における声の行動と我々の生物学的な形質の関係について先日、米国の科学雑誌『PLOS ONE』に興味深い論文(※1)が掲載された。論文を書いたラドバウド大学とユトレヒト大学の研究者は、オランダの主要金融機関に勤める71人の参加者(男性38人、女性33人)を対象に右手をスキャンしてもらい、人差し指と薬指の長さを計測し、自身が属する金融機関で不正が行われていた場合、組織に害を及ぼす事象が生じる可能性があっても「禁止的な声の行動(prohibitive voice behavior)」を行うかどうかついてアンケート調査を実施した。

 人差し指と薬指の長さを計測した理由はこうだ。女性の人差し指が男性よりも長いことは、19世紀くらいからずっと調査が続けられてきた研究分野だが、その後、遺伝学や生理学が発達するとその違いは胎児期に受けたホルモンの影響によって起きることがわかってきた(※2)。特に、出生前のテストステロンやアンドロゲンといった性ホルモンが胎児に暴露することで、右手の人差し指と薬指の長さの比である「2D:4D」が違ってくることが広く知られている(※3)。「2D:4D」とは、人差し指(2nd digit)の長さを薬指(4nd digi)の長さで割った比率のことだ。

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 男性の場合、自分の右手の人差し指と薬指を見ればわかるが、人差し指より薬指のほうが長い人が多いだろう。この長さの割合が大きい(人差し指より薬指のほうが長い、数値が低い)ほど、胎児期に浴びたテストステロンの量が多かったと考えられている。また、数値が低い男性ほど、スポーツ選手になったりして身体的能力が高いようだ。この比率は人種によって違うようだが、カナダのアルバータ大学の学生(男子136名、女子137名)を調べたところ、男子の平均は0.947、女子の平均が0.965だったらしい(※4)。

 この「2D:4D」の研究はこれまで山のように行われてきた。例えば、142人の相撲取りの手形から「2D:4D」を調べ、その相撲取りの番付けの関係を調べた調査研究もある(※5)。この研究によれば「2D:4D」の低い(薬指のほうが人差し指より長い)相撲取りは好成績を残し、番付けも高位に昇る傾向があることがわかった、と言う。また、金融関係のトレーダーでは「2D:4D」が低いほど利益を上げる傾向があるようだ(※6)。つまり、胎児期に男性の性ホルモンであるテストステロンを多く浴びた相撲取りのほうが強く、金融業界でも成功を収める可能性が高い、というわけだ。

薬指が長い人は声を上げにくい?

 さて、前述したオランダの研究者の調査に戻ろう。この論文によると、金融機関で職位が低い従業員の中で「2D:4D」が低い(薬指のほうが人差し指より長い)人たちは、組織が危機に瀕する可能性がある不正行為に対してあまり声を上げなかった。一方、職位の高い従業員では、指の長さと声を上げる行動に関係はなく、また男性と女性とでも違いはなかったということだ。

 研究者は、これから組織内で出世しようとする従業員の中で、胎児期にテストステロンに多く暴露された人たちは、将来的に高い社会的な地位を得るために努力しようとしているから声を上げないのではないか、としている。つまり、薬指のほうが人差し指より長い人たちは、不正に対して黙ってしまう傾向があるのかもしれない、ということだが、この「2D:4D」については個人差も多くあり、多様な研究結果も出ており、一概に結論を見いだすことはできない。

 実際、「2D:4D」の低い人たちは、不公平を拒絶する傾向があり不公平感に対して敏感という研究もあるし、またこれらの人たちは利他的行動や協調行動をとりやすい傾向があるようだ。ちょっと考えると、薬指のほうが人差し指より長い人のほうが「正義感」にあふれているように想像するが、人間の行動は複雑だし、置かれた環境によっても様々に変化する。

 胎児期のテストステロンの暴露は指の長さに影響を与えるが、もちろん性格や行動がそれでどれだけ変化するか知ることはなかなか難しいだろう。ただ「2D:4D」研究は、世界中で数多く行われているのも確かだ。この研究者も声を上げる上げない「正反」二つの仮説を立てて検証しているが、人間行動の予測と神経内分泌学の関係に新しい考え方のヒントを与えてくれているのかもしれない。

※1:Erik Bijleveld, Joost Baalbergen, "Prenatal exposure to testosterone (2D:4D) and social hierarchy together predict voice behavior in bankers." PLOS ONE, 12(6), 28, June, 2017

※2:John T.Manning, Bernhard Fink, "Digit ratio, nicotine and alcohol intake and national rates of smoking and alcohol consumption." Personality and Individual Differences, Vol.50, Issue3, 2011

※2:Glenn D. Wilson, "Finger-length as an index of assertiveness in women", Personality and Individual Differences, Volume 4, Issue 1, 1983, Pages 111-112

※3:Bailey AA & Hurd PL, 2005. "Depression in men is associated with more feminine finger length ratios." Personality and Individual Differences 39: 829-836. (doi:10.1016/j.paid.2004.12.017)

※4:Bailey AA, Hurd PL; Hurd, "Finger length ratio (2D:4D) correlates with physical aggression in men but not in women." Biological Psychology, 68(3),215-222, March, 2005

※5:Rie Tamiya, Sun Youn Lee, Fumio Ohtake, "Second-to-Fourth Digit Ratio and the Sporting Success of Sumo Wrestler." Evolution & Human Behavior, Vol.33, No.2, 2012

※6:John M. Coatesab, Mark Gurnellc and Aldo Rustichinid, "Second-to-fourth digit ratio predicts success among high-frequency financial traders." PNAS, Vol.106, No.2, 2008

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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