Yahoo!ニュース

「無い袖は振れない」振り袖会社「はれのひ」破産決定で弁済はどうなる

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
社長は謝罪したけれど……(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 今年1月8日の成人の日。自治体が行う成人式に着ていくための振り袖の販売や貸出などをてがける「はれのひ」(篠崎洋一郎社長)株式会社が大半の店舗を突如閉鎖し連絡もつかなくなりました。着付け会場に振り袖が届いておらず女性新成人の多くが晴れ着をまとえないという被害がアッという間に全国へ知れ渡ります。

国家権力で裁いてもらう破産手続きの正当性

 「はれのひ」は横浜地方裁判所へ「破産」を申請し、1月26日付で「破産手続を開始する」との決定を受けました(2月6日付官報で告知)。「破産」とは財産をすべて失った状態を指しますが、「はれのひ」における意味は国家権力(司法権)に委ねて法律にのっとって行う法的整理です。

 裁判所に手続き開始を認めてもらうには会社が「破産するぞ」と決めて弁護士へ破産申立を依頼します。受任した弁護士は破産申立て代理人として財務状況など全容をなるべく把握した上で破産申立書作成など必要書類やお金を用意して裁判所(今回だと横浜地裁)へ提出。裁判所の検討を経て破産手続き開始が決定するのです。それが1月26日でした。

 決定と同時に、破産管財人が裁判所によって選任されます。その権限は「破産手続において破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利を有する者」(破産法2条)と規定されており増井尚弁護士が選任されました(2月6日付官報)。「破産財団」とは「はれのひ」が有するすべての財産を指します。

 管財人は経営者や破産申立て代理人から事情を聞くなどして財産がいくらあるかとか処分(換金方法など)をどうするか考えます。「はれのひ」から返してもらえないお金があるなど何らかの財産的「貸し」がある債権者の債権を認定するのも大切な仕事。いうまでもなく「貸し」は返さなければならない(配当)ので管財人はそれをどうなすのかを決めます。

破産手続きの廃止とは何だ

 その結果が6月20日の第1回債権者集会(2月6日付官報に期日告知)で発表されました。管財人からは「はれのひ」の資産がレンタル用に所有していた振り袖の売却額1620万円ぐらいしかないのに対して金融機関などからの借入金が約4億円、お客さんの損害が約3億4000万円、その他、税金や社会保険料の滞納や未払い賃金など合計して負債が10億円以上にのぼり配当できる見込みがないと説明があったのです。

 横浜地裁は同日付で「はれのひ」に破産手続きを廃止する決定を下しました。理由は、「破産財団をもって破産手続の費用を支弁するのに不足する」(6月29日付官報)。要するに返す(配当)あてがないので返せませんという内容です。

 この「廃止」という言葉が耳慣れないという指摘が筆者に寄せられていたので解説します。「廃止」とは破産手続き終了の一形態。もし配当できる余力があれば後何度かの債権者集会を開くなどの経緯を踏んで配当を実行し、その報告がなされて終了するのです。よく「終結」などと表記されます。廃止とは配当のメドが立たないので終わらせるという意味。「中止」だと再開があるような誤解を招くし「終了」だと「終結」も含まれる概念になるので「廃止」を用いるのです。

会社の破産はこの世からの消滅

 これで「はれのひ」という会社は法的に「破産」しました。この世から消え去ります。消滅した法人に「カネ返せ」と叫んでも存在しないのですから無意味です。では経営者の責任は問われないのでしょうか。

 株式会社(法人)と経営者(個人)は別人格です。例えばもうかっていた時に役員報酬などの形で正当に支払われていた個人財産をうなるほど貯えていて法人が破産しても個人には及びません。有限責任といいます。

 だが世の中それほど甘くない。金融機関は中小企業はおろか大企業の一部でさえ融資する際に連帯保証人として代表者個人の保証をつけさせるのが日本の慣習です。有限責任論で考察すると悪習と非難される一面も持つ慣習ですが実態がそうなのだから仕方ありません。篠崎社長個人がどうしていたのかはわからないものの大半の経営者が億単位の負債を抱えて倒産したら、まず一文無しにされるのがオチです。

詐欺容疑はあくまで「金融機関をだました」

 篠崎社長は6月23日、詐欺の疑いで神奈川県警に逮捕されました。16年9月期の決算(「はれのひ」の決算期は9月末)書類に架空の売り上げ約5000万円を計上して債務超過を黒字と偽って横浜市内の銀行から千葉県柏市の新店舗開設のためと3500万円の融資をだまし取った疑いです。

 債務超過とは会社が丸裸になっても借金が残る状態で一定規模以上の法人であれば、それ自体「倒産状態」です。それを黒字に見せかける粉飾(ごまかし)を施して金融機関を安心させて融資させたという容疑なのです。

 17年3月に破たんした旅行会社「てるみくらぶ」の社長が逮捕された融資詐欺事件とそっくりな構図です。決算書類をごまかしてカネを借りるなど言語道断。ただ背景には国民が本質的に怒っている図式での逮捕が難しいがゆえの代替(むろん犯罪は犯罪ですが)とも推測できます。

 すなわち「はれのひ」ならばお金を払ったのに品物が届かない、「てるみくらぶ」だと同じくサービスが受けられないということ自体を詐欺に問うのが難しいという点です。

 詐欺罪を構成するには「人を欺いて」(刑法246条)が欠かせません。結果的に財やサービスを提供できなかったとしても何とかしようと最後まで頑張ったとしたら「だます意図」はなかったか薄かったかと判断されましょう。契約不履行で破たんしてしまう会社など星の数ほどあるというか、むしろ「つぶれるごく普通の理由」なので。

 さて逮捕後の篠崎容疑者には個人として賠償責任が発生するでしょうか。現段階で逮捕されたに過ぎず、起訴すらされていないので篠崎容疑者自身の責任云々を推察するのは差し控えたく存じます。これから述べるのはあくまで一般論です。

 何といっても焦点になるのは法人ではなく個人の自己破産が認められるかどうかでしょう。ただ篠崎容疑者は執筆時点で申請していないもよう(官報による確認)なのでやはり一般論としてお読み下さい。

個人の破産は「この世に残る」

 個人の破産が法人と異なるのは破産しても「この世から消え去」るわけではないという点につきます。連帯保証した結果、財産を根こそぎ持って行かれたり、個人のカネを法人に注ぎ込んでいてスッカラカンになっていたとか、個人名義で借金を積み上げていたとしたら破産が認められる可能性は高いのですが借金の支払い義務が免除される「免責」許可を裁判所からもらえるとは限りません。破産手続きと免責手続きは法的には別物なのです。もっとも現実にはだいたい一体運用されていますが。

 刑事裁判で詐欺的であると確定すれば、免責するかどうかを決める民事手続きで「不許可事由」に該当する可能性はあります。ただ詐欺罪を裁く刑事法廷が免責云々まで決めるわけではありません。

 もし免責されなければ法人で被害にあった者が経営者個人の責任を損害賠償請求などの形で追及できる余地はあるでしょう。免責されても訴えを起こせないわけではありません。裁判所がどう判断するかはケースバイケースです。

免責不許可でも厳しい現実

 仮に賠償が認められても無い袖は振れないのが現実です。多少論点がずれますけど次のような場面を紹介いたします。

 離婚して親権を得た元妻または元夫が相手に養育費支払いを公正証書を作成して約束させたとします。公正証書は確定判決と同じ効力を持つので約束通り支払われなければ財産や給与を差し押さえられます。強力な武器なのですが相手が素寒貧だと結局意味がありません。まさか以前問題となった商工ローンの取り立てのように「腎臓売れ、目ん玉売れ」と迫るわけにもいきませんし。取り立て側が犯罪者になってしまいます。

 この事件から得られる教訓としては価格が高い、あるいは重要な行事に欠かせない契約では支払う側が相手を慎重に見極めるしかないという素朴なものです。数十万円規模を先払いするという業界の慣例がそもそも異質ともいえましょう。売買契約の大半が支払いと商品引き渡しとの同時か、サービスを受けた直後の後払いですから。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

坂東太郎の最近の記事