フランチャイズ、親会社とチーム名の微妙な関係。海外野球の場合
先日、日本のプロ野球(NPB)のチーム名とフランチャイズ、親会社との関係をまとめた記事を公開したところ(「阪急タイガース」誕生?親会社、フランチャイズとチーム名の微妙な関係, https://news.yahoo.co.jp/byline/asasatoshi/20201018-00203259/)、大きな反響を得た。元々企業の宣伝媒体として発足したNPB(発足当時は日本野球連盟)にはニックネームの前にオーナー企業の名が付けられるのが慣例となっており、その後、おおむね平成に入った頃に「地域密着」の概念が球界にも導入されるようになって以降、都市(地域)名+企業名+ニックネームという組み合わせが定番となり、現在では12球団中、実に8球団がこのパターンを採用している。
「地域密着」がプロスポーツ界の定番となった2000年代に入ってから発足した独立リーグにおいては、都道府県名+ニックネームがスタンダードになっているが、一部球団はネーミングライツを売りに出し、都道府県名とニックネームの間に企業名を入れている。やはり企業からのスポンサー支援なしではスポーツチームの運営は難しいのだろう。
実はこのパターンは、海外でも見られ、コロンビアやオーストラリアのウィンターリーグ、イタリアのトップリーグ、セリエAでも地域名とスポンサー企業名がチーム名に入っている。
「地域密着」がニックネームにも影響を及ぼしているメキシコ
とは言え、欧米のプロスポーツは元々地域、都市対抗戦として始まったこともあり、都市(地域)名+ニックネームがスタンダードだ。アメリカ、カナダ、それにラテンアメリカのウィンターリーグでは、基本このかたちが守られている。
特異なのはメキシコで、この国のプロ野球では、都市名とニックネームが紐づけられている。例えば、アメリカとの国境、ヌエボラレドという町に本拠を置くチームは、「テコロテス(オウルズ)」、かつてメキシコシティとアメリカ国境の町、シウダーフアレスを結んでいた鉄道沿線の町、アグアスカリエンテスのチームは、「リエレロス(レイルロードメン)」を伝統的に名乗っている。
この組み合わせは、オーナーの系譜にかかわらず基本不変であり、現在のテコロテスは、2018年にメキシコ湾岸の町、ベラクルスにあったロッホス・デル・アギラ(レッドイーグルス)が移転したものだが、移転に際して、1940年以来1985年までこの町に存在したチームの名、「テコロテス」に名称変更している。テコロテスは2003年から2010年にもこの町にあったが、南部の都市、シウダーデルカルメンに移転。現在のチームは3代目に当たる。各々のチームの系譜は違うものだが、ファンはそれには頓着しない。チームが他所から移転してきた際には、それを「テコロテス」の復活ととらえ、町の球団史においても、それぞれの「テコロテス」は一本の線で結ばれている。
この原則は、リーグをまたいでも守られている。メキシコには、トップリーグの夏のメキシカンリーグ、冬のメキシカンパシフィックリーグ以下、複数のプロリーグ、セミプロリーグが存在するが、都市名とニックネームの組み合わせは、リーグが変わっても不変である。
近年、本拠グアダラハラでWBCやプレミア12などの国際大会を催しているウィンタリーグの人気球団、ハリスコ・チャロスは2014年にメキシカンパシフィックリーグに加入した新興チームだが、以前はグアサーベという町に本拠を置いていたアルゴドネロス(コットンピッカーズ)というチームだった。移転の際、現在の名に改めたのだが、この名は過去には夏のメキシカンリーグのチームにもつけられていた。
また、昨シーズンよりメキシカンリーグの強豪、スルタネスが本拠を置く北部の工業都市、モンテレイには、ウィンターリーグのチームも参入したが、この新球団は、夏のリーグの球団とは別資本ながら、チーム名は同じ「スルタネス」を名乗っている。
フランチャイズが変わらずとも、ニックネームが変わることもまれにあるが、そもそもメキシコの野球チームの名は、その町の特産品や産業、あるいは別称に由来することが多く、それゆえ、球団の系譜やオーナーに関わることなく、都市(地域)名とニックネームは固定化される傾向がある。日本で言えば、福岡からライオンズが出ていけば、そのチームは移転先の埼玉で新たなニックネームを名乗り、のちホークスが福岡に移転すれば、「ライオンズ」に改称し、ファンもそれを、南海改め、ダイエー球団が福岡に乗り込んできたとはとらえず、「おらが町」のライオンズが復活したと考えるということだ。
但し、これにも例外があり、首都メキシコシティの名門、ディブロスロッホス(レッドデビルズ)のライバルとして長らく覇権を争っていたメキシコシティ・ティグレス(タイガース)は、2002年にプエブラ、さらに2007年には南部ユカタン半島のリゾート都市、カンクンに移転したが、一貫してティグレスの名を使い続けている。
別のチームを「買い戻す」も命名に苦慮した台湾球団
AI(エリア・アイデンティティ)の色濃い南北アメリカと違い、アジアのプロ野球は、基本的にはCI(コーポレーション・アイデンティ)の傾向が強い。先述したように、日本では地域密着のトレンドから、都市(地域)名も球団名に取り入れるようになったが、隣国の韓国、台湾は、いまだ企業名+ニックネームのかたちを崩していない。とくにリーグ発足当初はフランチャイズ制が確立していなかった台湾では、いまだ地域密着という概念は薄い。
前回記事で、現在の阪神タイガースのオーナー企業は、かつて阪急ブレーブスを保有していた阪急阪神ホールディングスであることを述べたが、かつて球団を保有しながら手放し、のちに別のチームを買収した例が台湾にもある。
1992年のバルセロナ五輪で銀メダルに輝いた台湾ナショナルチームのエースで、阪神でプレーした郭李建夫投手を覚えているだろうか。彼は1998年シーズンまで日本でプレーした後、台湾球界に活躍の場を移したが、その移籍先はセメント会社を核とする企業グループをオーナーとする和信ホエールズというチームだった。このチームは2002年にグループ内の企業、中国信託商業銀行(現在は和信とこの銀行との間の資本関係はない)の略称、「中信」を「上の名」としたが、主力選手の八百長疑惑などもあり、2008年シーズン終了後に球団を解散してしまう。
しかしその後、中信は台湾球界に再登場する。2013年オフ、球団を事実上買収(台湾では金融持株会社による他業種企業保有に制限があるため、別企業が形式上買収。中信はメインスポンサーとしてネーミングライツ料を出資している)したが、その買収した球団が、1990年のプロリーグスタート時に中心的役割を果たした兄弟エレファンツだった。このチームは「首都」台北大都市圏をフランチャイズとし、リーグ3連覇2回を含む歴代最多タイの7度の優勝を誇る名門球団で、「上の名」はオーナー企業のホテルチェーン、「兄弟大飯店」に由来する。
ファンの心情を考えると、「中信エレファンツ」とするわけにはいかない。そこで考え出されたのが、「中信兄弟」というネーミングだった。
漢字の国、台湾ではメディアにおいて、球団名はすべて漢字で示されるのが標準である。例えば、身売り前の兄弟エレファンツは「兄弟象」、兄弟とならび、最多優勝を誇る名門、統一セブンイレブンライオンズ(台湾ではセブンイレブンは統一の企業グループによって運営されている)は、「統一獅」と示される。しかし、近年は英語表記も一般的になってきており、そちらを目にすることも多い。しかし、この球団だけは、「下の名」の英語名「ブラザーズ」を通常は使わず、日本語訳も英語を使用しない「中信兄弟」が一般的である。さらに言えば、ユニフォームも兄弟エレファンツ時代のものをマイナーチェンジしただけで、その胸に縫い込まれている文字が「Brothers」バージョンのものと、「兄弟」バージョンのものがあっても、オーナーである「中信」もしくはその英語の略称「CTBC」が縫い込まれたものはない。おまけに、チームマスコットはかつてのニックネームであるエレファンツ時代と同じ象が採用されている。かつて球団経営を放棄したうしろめたさと名門球団を買い取った重荷から、中信は、前身球団の色を極力変えることなく、再出発したのだ。
ところが、この球団は、買収の翌年には、主催ゲームのほとんどを台中市で行うようになり本拠地を事実上、台北から移している。この辺りは、「国土」が狭く、「地域密着」がいまだ定着していない台湾ならではの現象と言えるだろう。
(文中の写真は筆者撮影)