Yahoo!ニュース

ミゲール・コット、NYCで初黒星の余波

杉浦大介スポーツライター

12月1日 マディソンスクウェア・ガーデン

WBA世界スーパーウェルター級タイトル戦

王者 オースティン・トラウト(アメリカ)

12ラウンド判定(119-109、117-111、117-111)

挑戦者 ミゲール・コット(プエルトリコ)

トラウトが“敵地”で堂々の勝利

序盤はスムーズの動きのトラウトが優勢だったものの、中盤はコットがペースアップして第6ラウンドまでにポイントを奪還したように見えた。

例によってマディソンスクウェア・ガーデン(MSG)に大挙押し寄せたプエルトリカンの応援団たちもヒートアップ。この時点では、流れ、雰囲気的に、後半は経験豊富なコットが押しまくるかと思われた。

しかし、その後に試合を優位に進めたのはトラウトの方。一回り大きな体格からのジャブ、ムーブメントを有効に使い、巧みなフック、アッパーカットも効果的にヒットした。後半に動きが鈍ったコットを突き放し、トラウトに明らかに分がある内容のまま終了ゴングが鳴らされた。

「リングアナウンサーがユナニマス・ディシジョンだとコールしたとき、(負けにされたのかと思って)“ああぁ”と思った。採点はもっと競っていると思ったよ」 

試合後にトラウト自身がそう語ったが、実際にコットの本拠地と言えるMSGで採点にこれほどの大差がついたのは正直意外ではあった。

コットはこれまでMSGでは7戦7勝(4KO)。合計100000万人以上の観衆を動員し、ニューヨークと相思相愛の関係を築いて来た。それほどの完全アウェーの空気の中で、実力を存分に出し切ったトラウトは高く評価されて良い。

地味なスタイルもあって、トラウトは27歳になる現在まで全米的には無名の存在であり続けた。知名度が低いためにアメリカ国内でビッグファイトはこなせず、2009年にはパナマ、昨年にはメキシコと敵地で試合を行なって来た。そんな経験がゆえに、“殿堂”と呼ばれるMSGへの初登場でも冷静さを保てた部分もあったのだろうか。

「ニューヨークでコットのような偉大なファイターに勝てたのは大変な名誉。自分の手が上げられたときはまるで夢が叶ったかのようだった」

業界屈指の好漢としても知られるサウスポーは、最後まで相手への尊敬を忘れずにそう語った。この”敵地”での堂々たる勝利で、トラウトには近いうちにさらなるビッグファイトへの出場機会が巡って来そうである。

カネロの呪い?

コットがトラウト戦をクリアしていれば、シンコ・デ・マヨ(メキシコ最大の祝日)ウィークの来年5月4日か、プエルトリカンデイの6月中旬にコット対サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)戦が実現することは既定路線だったと言われる。

プエルトリコ対メキシコの伝統のライバル対決という背景もあり、このファイトは爆発的な興行的成功が約束されていたはずだ。しかし、今年5月のフロイド・メイウェザー(アメリカ)戦に続いて2連敗となり、コットの商品価値は下落。ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のリチャード・シェイファー社長はそれでも「コット対カネロ戦の可能性は消えたわけではない」と語っていたが、状況的に来春の開催は難しいだろう。

過去にもポール・ウィリアムス(アメリカ)、ビクター・オルティス(アメリカ)、ジェームス・カークランド(アメリカ)らがカネロの対戦相手候補として挙げられ、3人ともがそれぞれの形で失速。コットは“カネロ・ジンクス”の最新の犠牲者となった形だ。

さて、そうなると、来たるべき“シンコ・デ・マヨ”でカネロはいったい誰と戦うことになるのか。

知名度を上げたトラウトは当然の如くカネロ戦を熱望。コット戦をリングサイドから見守ったカネロに、「統一戦を行なうべきときが来た」と呼びかけていた。

26勝(14KO)無敗のトラウトと対戦となれば、いまだに真のトップレベルとの対戦経験がないカネロにとって格好のテストマッチとなる。もともとトラウトはカネロの兄であるリゴベルト・アルバレス(メキシコ)に勝ってWBA世界スーパーウェルター級タイトルを獲得したという背景もあり、“因縁の一戦”として売り出すこともできる。

ただ、コット戦の殊勲の後でも、トラウトはスタイル、パーソナリティ的にどうしても一般的な希求力に乏しいのが難点。“メキシコの祝祭”の顔役の1人として、GBPが彼を起用するかどうかは微妙なところかもしれない。

メイウェザー対カネロは

そんな中で待望されるのは、来春に復帰戦開催が有力視されるメイウェザーと、カネロの新旧スーパースター対決である。

メイウェザー対マニー・パッキャオ(フィリピン)戦は一向に具体化せず、最近は話題になることも少なくなった。現状では、「実現可能な中ではメイウェザー対カネロ戦こそが最大のファイトだ」というオスカー・デラホーヤのコメントも、必ずしも身びいき(両選手ともGBP傘下で戦って来た)ばかりではあるまい。

メイウェザーは次戦ではロバート・ゲレーロ(アメリカ)との対戦が濃厚とされ、今週中にも正式発表されるとの予測もある。成長を続けるカネロとの激突はメイウェザーにとってもリスキーだけに、成立は難しいだろう。だが、もし急転直下で実現するようなことがあれば、この試合は2013年上半期の話題を独占するスーパーファイトとなるだけに、最後まで目を離すべきではない。

有力選手の敗北とともにビジネス面で流れが変わるのはよくある話。そしてここまで見て来た通り、コットのMSGでの初黒星も今後のボクシング界に様々な形で影響を及ぼして来そうである。

8日にラスベガスで行なわれるパッキャオ対ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)戦までに新たに大きな動きがあるかもしれない。それだけに、しばらくは業界全体から目が離せそうもない。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

杉浦大介の最近の記事