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【袴田事件】なぜ成年後見が認められないのか

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

静岡県清水市(現・静岡市清水区)で、1966年にみそ製造会社の専務一家4人が殺された事件で死刑判決が確定した袴田巌さん(77)。第二次再審請求は、静岡地裁が証拠130点の開示を検察側に勧告するなどの前進が見られるが、肝心の袴田さんの状況が明らかでない。姉の秀子さんすら面会できなくなって3年近くになる、という。だが、その姉を後見人にするための申し立てが、鑑定も行われないまま東京家裁(小西洋家事審判官)、東京高裁(園尾隆司裁判長、綿引穣裁判官、吉田尚弘裁判官)と相次いで却下された。支援者らは7月18日、両裁判所に抗議するとともに、最高裁に対して、審判を差し戻すように求めた。

重い認知症に…

袴田巌さんの姉秀子さん
袴田巌さんの姉秀子さん

袴田さんは、長い拘禁生活の間に、精神に変調を来した。秀子さんが面会に訪れても、本人は房から出てこなくなり、東京拘置所からは「会いたくない」「用事はない」等の”伝言”が伝えられるのみ。秀子さんは、2年以上前に、拘置所の医師から「認知症、拘禁症、糖尿病を発症している」と告げられた。認知症の症状は重く、自分の便を食べるような行為もあった、と聞かされた。その後も健康状態について尋ねたが、年に2回の身体の健康診断の結果を示されるだけ。心の状態がどうなっているのかなどは分からない、という。

「47年間も拘置所の中にいて、精神状態が普通でいるのは無理です。会うことができれば、話ができなくても、顔色を見て今日は元気だなと思えるんですが…」と秀子さんは弟の状態を案ずる。

後見開始審判を申し立てたのは、相続した土地の処分に、袴田さんの承諾・押印などの手続きが必要なため。秀子さんは、現在袴田さんの保佐人に認められているが、それでは手続きが行えないため、改めて後見人となる申し立てを行った。その手続きの中で医師の鑑定が行われれば、弟の心身の状態が分かるのではないか、という期待も大きかった、という。

拘置所の非協力、裁判所の形式的な判断

ところが、鑑定人が2回拘置所を訪れたが、袴田さんは面会を”拒否”。代理人弁護士が、拘置所の房内で鑑定を行うように求めたが、東京拘置所は協力を拒否した。拘置所からは、袴田さんの状態が「参考情報」として家裁に送られていたが、秀子さん側はそれを閲覧することも許されなかった。結局、東京家裁は、後見開始の審判をするために必要な「鑑定をすることができない」として、申立を却下。秀子さんは東京高裁に即時抗告したが、高裁は鑑定を行う努力もせず、1か月と5日で棄却した。

「もう少し丁寧にやって欲しかった」と秀子さん。

再審請求審でDNA鑑定を行う際には、拘置所の医務室で袴田さんの採血が行われた、という。「刑事手続きではやるのに、なぜ成年後見の手続きではできるだけのことをしないのか」と、袴田さんの健康状態を気遣う支援者たちは憤る。

なぜ、秀子さんは後見人となれないのか。

鑑定によって袴田さんが「心神喪失状態」と認定されれば、刑事訴訟法479条によって死刑の執行停止を求められることになるのではないか、という警戒心が、拘置所や裁判官たちの中で働くのかもしれない。しかし、犯行時の着衣とされた血染めの衣類5点について行ったDNA鑑定では、被害者のDNAも袴田さん自身のDNAも検出されないという結果が出ているなど、再審開始の可能性が高まっている今、彼の精神状況の如何を問わず、死刑の執行ができるはずがない。それでも、前例を作りたくない、というお役所的な発想が、こういう対応を生んでいるのではないか。

裁判官の人事評価制度を利用

支援者は、平成16年度から行われている裁判官の人事評価制度が、外部からの情報にも配慮していることに着目し、家裁や高裁の裁判官の対応についての書面を提出することにしている。

「あまり知られていないが、最高裁裁判官の国民審査以外に、国民が裁判官を評価できる制度。ぜひ活用したい」

個々の裁判の結果など「裁判官の独立に影響を及ぼす可能性のある情報」は考慮しない、としているが、「法廷等における弁論等の指揮能力」「当事者との意思疎通能力」「担当事件全般を円滑に進行させる能力」に関する評価は、考慮の対象とされる。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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