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高木菜那が連覇に挑むマススタート。前回・銀の“土下座”キム・ボルム、イジメ疑惑を乗り越えて

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
前回平昌では高木が金、キムは銀だつた(写真:松尾/アフロスポーツ)

本日2月19日に行われるスピードスケートの最終種目マススタート。前回の平昌五輪から採用され、女子は日本の高木菜那が初代王者となり、今回の北京五輪では連覇を目指すが、韓国もあのキム・ボルムが出場する。

キム・ボルムという名前ではピンと来なくとも“土下座スケーター”と言えば思い出す人々もいるかもしれない。

4年前の平昌五輪。女子団体パシュートでチームメイトのパク・ジウを置き去りにして滑っているように映り、キム・ボルムに“イジメ走行”の疑惑が浮上したのだ。

キム・ボルムはその後、女子マススタートで高木菜那に次ぐ2位に。銀メダルを獲得するも、レース直後にひざまずき、観客席に向かって謝罪する場面もあった。その衝撃さゆえに日本では“土下座スケーター”と認知されるようになった。

(参考記事: 【衝撃写真】韓国の“土下座スケーター”が再び銀盤に立つか…平昌五輪から8カ月ぶりの表舞台へ)

ただ、キム・ボルムのその後については日本であまり詳しく報じられていない。

まず、整理すると2018年5月に“イジメ走行”疑惑がなかったことが判明。韓国文化体育観光部と大韓氷上競技連盟特定監査を通じて試合の映像分析や専門家の意見を総合した上で、キム・ボルムが意図的に加速して置き去りにしようとしたわけではなかったことが明らかなった。

だが、無実が明らかになっても悔しさが収まらなったのはキム・ボルムのほうだ。五輪直後から無実が立証されるまでの過程は「地獄のようだった」というキム・ボルムはストレス障害(PTSD)で入院治療を受けたほどだったという。

そして2019年1月には報道番組に出演し、「私は加害者ではなく被害者だった」と発言。パシュートのもう一人のチームメイトだったノ・ソンヨンなどと軋轢があったことを明かし、「2010年から(ノ・ソンヨンに)いじめられていた。加害者が大声を出して悪口を言った。休憩時間にロッカールームに呼ばれ、1時間も2時間も暴言を浴びせられることが多かった」と暴露した。

そしてキム・ボルムが2020年10月にノ・ソンヨンを相手取って2億ウォン(日本円=約2000万円)の損害賠償請求訴訟を起こしている。

ノ・ソンヨンも「キム・ボギョン偽装インタビューのせいで精神的な苦痛を受けた」と反論し、裁判沙汰となっている。

驚くべきは、キム・ボルムがそんな混乱の中でも韓国トップレベルのパフォーマンスを維持し続けたことだ。

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、2020-2021シーズンにほとんど滑ることができなかったが、世界ランキングを8位まで上げて今回の北京五輪代表に選ばれた。

「マススタートは多くの選手が一度になって走るため、転倒などのハプニングが多い種目。メダルの色よりも、努力した分、汗を流した分だけの実力をしっかり見せたい。悔いなく思う存分にレースがしたい」とは、北京入りする前に韓国で行われた会見の席でキム・ボルムが口にした抱負。

奇しくも2月16日には前述した損害賠償請求訴訟も決着。ソウル地裁はソ・ソンヨンに対して「被告は原告に300万ウォン(約30万円)を支払うように」と、原告てあるキム・ボルムの一部勝訴判決を言い渡した。

キム・ボルムが、前回の2018年平昌五輪で物議を醸した“イジメ走行”疑惑をめぐって起こした民事訴訟で勝訴しただけに、これで心置きなく今回の北京五輪マススタートにも集中できるだろう。

前回の平昌五輪のマススタートでは銀メダルを手にしていることもあって今回は金メダルを期待する声もあるが、本人はメダルの色にはさほど拘っていないらしいが、はたして。

4年前は涙を流しながら氷の上で跪いたキム・ボルム。北京で見せる最後の表情はいかに。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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