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本人がOKと言えば、暴力指導はパワハラにならないか?

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 昨今、スポーツ界は、パワハラ問題がいろいろ取沙汰されていますね。

 アメフト、レスリング、ボクシング、そして、体操と。

 かつては、「体育会系だから」ということで、なんとなく見過ごされていたことが、おかしことはおかしいということで、クローズアップされることはいいことだと思います。

被害者がOKと言った場合でもパワハラになる?

 ただ、今回の体操については、やや様相が異なるようです。

 ことの発端は、宮川紗江選手のコーチである速見佑斗氏を日本体操協会が暴力を振るった指導があったことを理由に処分したことです。

 普通であれば、「そりゃひどい、処分されて当然」ということで終わるところでしたが、「被害者」であったはずの宮川選手がパワハラだと思っていないとの見解を表明したことから、「え? だとすると、どうなるの?」という、これまであまりなかった事態に、こうした問題に関心を持っている人々に混乱を与えるという状況が生じました。

 まず、ここでは、このケースを一般化して考えてみたいと思います。

 つまり、もし本人がOKと言えば、上司が暴力を振るった指導をしてもパワハラにはあたらないのか?というところを考えてみましょう。

パワハラ6類型

 厚生労働省は、パワーハラスメントを6類型にまとめています。

 

  1. 身体的な攻撃
  2. 精神的な攻撃
  3. 人間関係からの切り離し
  4. 過大な要求
  5. 過小な要求
  6. 個の侵害

 暴力行為は6類型の最初に来る、身体的な攻撃に当たります。

 言うまでもなく、暴力は、暴行罪に該当しますし、けがをさせれば傷害罪に該当する犯罪行為です。

 パワハラの中でも最も悪質なものです。

暴力を本人が受け入れたらどうなる?

 では、上司が、「お前、もっと成績を上げろ」と言いつつ、頭をバッチーンと叩いたケースで、暴力を受けている本人が「いえいえ、私はパワハラだと思っていません」と述べた場合、上司の行為は不問となるのでしょうか?

 たしかに、暴行罪や傷害罪も、被害者側が同意していれば罪に問われません。

 「お。そうすると、本人が暴力を受け入れれば、上司も無罪だから問題ないんだな」と思うかもしれません。

 また、「ハラスメントは被害者が嫌だと思えばハラスメントになるんだ」という考えを発展させて、「被害者が嫌じゃなければハラスメントにならないんだ」という考えを持つ人もいます。

 この考えによれば、暴力も、受けた本人が「パワハラじゃありません」と言えば、パワハラにはならないことになります。

 しかし、暴力のように、客観的には明らかにパワハラに該当する行為の場合は当事者がOKだから不問になるかというと、実は、そう話は簡単ではありません。

企業内ルール違反になる可能性

 まず、そもそも企業(団体)内で暴力行為を放置すること自体があり得ません。

 一般的な企業では、服務規律を定め、その中で暴力行為を禁じています。

 ですので、たとえ本人が「パワハラではない」と言っても、このルールに反します。

良好な職場環境を害する行為

 また、仮に服務規律があろうとなかろうと、暴力行為が横行しているようでは、安全な職場環境とは言えません。

 想像してみてください。

 自分が仕事をしている横で、上司から殴られて指導されている同僚がいる状況を。

 それを見た従業員は、その職場で安心して働けるでしょうか。

 とても安心して働けませんよね。

 企業には、従業員の職場環境を良好なものに保つ安全配慮義務があります。

 当事者同士が問題ないとしていても、暴力的な指導が行われていれば、企業にはそれを止める義務があり、場合によっては行為者に対して懲戒などの処分もあり得るところです。

負の連鎖が始まる可能性も

 次に、企業が暴力を伴った上司の指導を不問とすることは、それ以外の暴力行為を嫌だと思う被害者が、被害を申告しにくくなる土壌を作ることになります。

 加えて、指導する上司の側も「あいつはこのくらいの暴力はいいと言っているんだから、お前も我慢しろ」となりかねず、こうした負の連鎖が生じかねません。

 したがって、企業は、たとえ「被害者」である本人がパワハラではないと言っていても、暴力行為を止める必要があります。

 場合によっては、懲戒処分がなされることがあるでしょう。

 このとき、本人がパワハラだと感じていないという点は、懲戒処分の検討において、行為者の有利な情状として扱われることになりますが、完全に不問になるということはないでしょう。

今回の件は?

 話を今回の日本体操協会と速見コーチの件に戻しますが、上記に照らせば、協会が処分をしたこと自体を直ちに問題であるということにはならず、むしろ、原則的な手法をとったものと思えます。

 ただ、本来保護されるべき宮川選手が大きな不利益を被っているのではないか、という違和感があり、さらには、協会が見立てたところの被害者である宮川選手への事情聴取が十分になされていなかったのではないかという疑問もあります。

 一般的なパワハラ調査は、被害者、加害者、第三者(目撃者など)を十分に調査して結論を出します。

 協会の認定した事実関係では「被害者」になるはずの宮川選手への事情聴取が十分されていないとなると、その調査過程には疑問なしとしません。協会が拙速に結論を急いだようにも見えます。

 このあたりは、まだ事態が動いているようなので、確定的なことは言えませんが、違和感はぬぐえません。

パワハラのない社会を

 いずれにしても、パワハラに対する目が厳しくなってきていることはいい傾向です。

 スポーツ界では、「体育会系だから」ということで、ある程度のことが許容されていたきらいがあります。

 しかし、そうした悪しき慣習は捨てて、健全で、常識的なスポーツ界になることを願っています。

【追記】

 宮川選手の告発した協会幹部のパワハラについても書きました。。

日本体操協会は宮川選手の告発を受けてパワハラの調査をすべき

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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