【深掘り「鎌倉殿の13人」】新垣結衣さん演じる八重は実在し、北条義時と結婚したのか
7月10日(日)の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は、参議院選挙によって中止になった。せっかくなのでドラマの前半を振り返ることとし、八重の実在性について考えることにしよう。
■八重と千鶴丸
八重は、伊東祐親の娘である(生没年不詳)。頼朝は伊豆に流されてから、祐親の娘・八重と恋仲になり結ばれた。その間に誕生したのが、千鶴丸である。千鶴丸が3歳になった頃、京都での大番役を終えた祐親は、このことを知って激怒した。平家にバレると、立場が悪くなるからだ。
そこで、祐親は千鶴丸の殺害を家人に命じたので、千鶴丸は柴漬けにされ、轟ヶ淵で殺害された。柴漬けとは、体に柴を巻いて縛り付けたうえに、重りをつけて水に沈める処刑の方法だ。
八重と頼朝の結婚、千鶴丸殺害のことを書いているのは、後世に成った『曽我物語』と『源平闘諍録』という軍記物語である。『曽我物語』は13世紀末頃に成立し、建久4年(1193)の曽我兄弟による工藤祐経への仇討ちを描いた文学作品である。
『曽我物語』は文学作品であるが、史料批判をして用いられることがある。『源平闘諍録』は源平争乱を描いた軍記物語で、南北朝時代初期には成立したといわれている。ただ、いずれも記載内容のすべてが史実とは言えないので、注意が必要だ。
■北条義時と八重の結婚
大河ドラマにおいて、北条義時が八重に求婚したという場面があったのは、何か理由があったからだろう。推論ではあるが、八重が頼朝の御所に勤めていたこと、北条義時と再婚して泰時を産んだとの説が提示されている。
しかし、この説には史料的な裏付けがないという決定的な問題がある。そもそも八重の実在そのものが疑わしいうえに、彼女は頼朝に楯突いた伊東祐親の娘である。そんな八重が頼朝の御所に勤めることができたのだろうか。
また、義時は頼朝に敵対した祐親の娘を妻として迎え入れることができたのか、疑問は深まるばかりである。非常に不自然な点が多いので、史料的な裏付けを割り引いても、首肯できないのである。
■まとめ
八重への疑問は募るばかりであるが、ドラマにおけるラブロマンスは一服の清涼剤でもある。また、八重を演じているのは、人気絶頂の新垣結衣さんだ。大河ドラマはフィクションなので、あまり目くじらを立てるのもおかしなことなのかもしれない。