ゴーン氏の無断出国、仏メディアと市民はどう反応したか? 協定上はフランスへの身柄引き渡しは可能だが
12月31日早朝、日本よりも出遅れて、フランスでも日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の日本出国が報じられた。今回は、フランスでこの事件がどのように報道されているか、また、市民はどう感じているのかについてお知らせしたい。
ルノー社労働組合、怒りのコミュニケ発表
まず、8時50分、テレビ局BFMTV局では、特派員が次のように語った。「この事件に私はあまり驚いていません。さもありなんというところでしょうか。ベイルートは普通の基準の飛行場ですが、ゴーン氏は政治的な擁護を受けて入国したと思います。レバノンは北欧のような法治国家ではないので法の網の目をくぐることは簡単、武器は流通するし、人とのコンタクトは金があれば買うことができる。…(中略)…こちらでは次期大統領になってくれれば国の経済を上昇させることもできるではないかというSNSも出回っている。彼はレバノンで大きな投資をしているし、ぶどう畑や不動産も持っている、彼にとっては居心地良い場所だと思います」。
朝9時、アニエス・パニエ・リュナシェ経済・財政副大臣がラジオ局LCIで「とても驚いています。日本の法であろうとフランスの法であろうと、皆、平等です。同時に彼はフランス国籍を持っているので、全てのフランス人と同じく領事館の擁護を受けることができます。…(中略)…もし、外国人がフランス司法システムから逃れたら怒ると思います」と語った。
12時にはルノー社の主要労働同組合CGTのファビアン・ガッシェ氏が怒りのコミュニケを発表。「ゴーン氏のレバノンへの逃亡の経過、また、共謀者について解明されることを望む。ゴーン氏は、これまでに何十万人の労働者を不当に解雇したように、再度、不正なことをした。」と。
16時、フランス外務省は「フランス政府はゴーン氏の逃亡について知らされていなかった」と発表。一般市民と同じようにメディアによって寝耳に水だったらしい。
フランスでの裁判も不確かに
16時半、レ・ゼコー紙では「なぜゴーン氏は司法から逃れられるか?」というタイトルで配信。「もし日本当局がフランスに圧力をかけて、レバノンからフランスへ、そして日本へ引き渡すとしたら? しかし、犯罪人送還問題に関する専門家である弁護士のウィリアム・ジュリエ氏は言う。『不可能。フランスは日本・レバノン間での犯罪人引き渡しに関して介入する権利を持たない』」という記事だ。
上記事内では、フランス・レバノン間では刑法に関して司法協力協定が結ばれていないので、レバノンは逃亡者をフランスに引き渡さなくても良いと書いてあるが、筆者が調べたところ2010年に締結済み。そのため、ヴェルサイユ宮殿での結婚式に会社の金を使用したことを含むフランスで告訴されている2件については、フランス当局がレバノンに調査を依頼する、あるいは取り調べのためにレバノンに赴く、その後、ゴーン氏の身柄引き渡しということも、協定上は可能である。しかし、全てはレバノン政府の協力を得ることができるかどうかにかかっているのでかなり難しいだろうとラジオ局France Interは報道している。
18時、ル・モンド紙が「ゴーン氏へ限られた支援しかしなかったフランス」というタイトルで記事を配信。「これまでフランス政府は、ゴーン氏に対して最低限の援助しかしなかったと言っても言い過ぎではないだろう。…(中略)…フランス政府は、民主主義国家であり国交を結ぶ相手として重要な国である日本の司法を尊重してきた。……事件の初頭から、フランス政府はルノー・日産・三菱アライアンスの存続の方を、ゴーン氏の境遇より優位においてきた。ゴーン氏が主張する陰謀説を信用せず、夫人が助けを求めても応じなかった」。
1月1日朝7時配信のカトリック系ラ・クロワ紙は、「熱狂と皮肉に包まれるガルロス・ゴーンの帰還。レバノン発」とタイトルし、「ここ、レバノンではゴーン氏の逃亡劇に関するユーモアと満足げなコメントがSNS上にあふれている。……『この国の政治家のせいで私たちがはまり込んだ経済低迷から抜け出すのをゴーン氏が援助してくれるなら、ぜひ閣僚入りして欲しい』といったものもある。……実際に、世界中に離散したレバノン国民の成功のシンボルであるゴーン氏を、財政相に推す人々もいる。……反対に、現在のレバノン政府の汚職に抗議している人々によるコメントには、皮肉を込めて『レバノンの司法システムでは、たとえ政治家が毎年何十億と公金を横領しようと、投獄されることは絶対にないので、ゴーン氏にとっては居心地いいだろう』というものもある」と報道した。
ところでフランスの庶民は?
昨晩、筆者はフランス人5人と食事をしたが、ゴーン氏逃亡の話を「おもしろい!やったね!」と言う人は一人だけだった。その他の5人は、「金にあかせてなんでもする人というイメージが再確認されただけじゃない?」と。
Twitter上でゴーン氏逃亡劇を面白がる人もいるが、どちらかと言うと「卑怯」というコメントが多いように感じた。左派「不服従のフランス党」マノン・オブリー氏は「税金逃れをしたあとは、日本の司法から逃れてレバノンへ。富裕層がいかに法から逃れ、国を分断していることか。いったい彼らが罰を受けない状態がいつまで続くのだろうか?」と投稿。
その他、「ブルジョアジーは法の網の目をくぐり抜けることができる。労働者は司法システムから逃れることができないのに。この屈辱を忘れるな!」、「ジュリアン・アサンジュに対する執拗な追跡と逮捕、ゴーン氏にはしないのか?」、また、「黄色いベスト(反政府運動)がプライベート・ジェットでマクロン政府下の警察暴力から逃れたら『私は司法から逃れたのではなく、不公平から逃げた』と言ってもいい?」というのもあった。
フランスは折しも、マクロン政府の年金改革に反対し、12月5日からここ30年で最も長いストライキ(今日で29日目)が続行されている真っ最中である。今回、政府が提案する年金改革の趣旨は、職種ごとに分かれた国鉄職員などの特別制度を廃止し一元化する、年金支給額の算定方法を変更というものだ。しかし、この改革が実行されれば、1975年以前に生まれた人々にとって、約6%から9%の年金、つまり98ユーロ(約1万1千円)から161ユーロ((約1万9千円)減になることが予想されており、ストが長期化している。国民のストライキに対する支持は高く、現在、ストライキで給与を得ることができない労働組合員に対する市民からの寄付金は140万ユーロを超えている。
その背景にあるのは、年々、深まる格差問題がある。フランスは、北欧並とはいかないがそれでも世界的な水準からすればどちらかというと平等が重んじられる国であるが、それでもCAC40の大企業取締役は最低賃金の277倍という巨額報酬を得ている。また、国民のうち、最も貧困な人々5%(平均所得額が月に470ユーロ)は富裕層5%(平均所得額が月に5800ユーロ)に比べて13年寿命が短い。ということは、貧困層が支払う保険料の利益を一番受けているのは富裕層ということになるではないか? 彼らの怒りは当然のように私には思える。
12月22日、マクロン大統領は事態を鎮めるために、自分は大統領としての年金(6220ユーロ、税引き後は5200ユーロ)を受け取ることを諦めるとまで発表したが、帰省ラッシュのクリスマスもストは決行された。ここへ持ってきての億万長者ゴーン氏逃亡のニュースは、「富裕層はずるい」という庶民の思いを刺激し、火に油を注ぐ結果になるのではないだろうか? 各労働組合は1月7日から10日にかけて大規模なゼネストを予告している。
※1月2日日本時間18時に一部加筆しました。