三浦春馬さん少年時代のきらめき…家族・命見つめる「森の学校」上映拡大
昨年7月に急逝した三浦春馬さんが、少年時代に主演した映画「森の学校」(西垣吉春監督)。霊長類学者・河合雅雄さんの自伝的小説「少年動物誌」が原作で、昭和10年代の丹波篠山を舞台に、やんちゃな子供たちが、周りの大人に叱られながら、美しい自然の中で遊ぶ。古き良き時代の子供の暮らしと家族とのかかわりが、コロナ禍に落ち込みがちな私たちの心を、優しく包む。2002年に公開されたが、昨秋からリクエスト上映をきっかけに全国に広がり、親子で見る人も多い。再発見のきっかけを取材した。
●古き良き時代の暮らし
春馬さん演じる雅雄さん(マト)は、体が弱くてよく熱を出し、成績の良い兄弟たちに劣等感を持つ。彼を癒すのは、大自然だ。セミや魚を追いかけ、野を走り、木に登って、けんかして…。
2020年12月、東京都内の映画館で森の学校を見た。スクリーンに、美しい自然や動物、表情豊かな登場人物が映し出される。昭和に生まれた田舎育ちの筆者には、懐かしい光景だった。都会で密にならない場所を求め、ピリピリと神経をとがらせて暮らす今の私たちにとって、憧れるぜいたくな暮らしだ。
少年は、動物や友達、祖母とのかかわりを通して、様々な感情を持ち、生と死・出会いと別れを経験する。
●細やかな表現力、少年時代から
生き生きとした命に満ちあふれる映画の中で、少年・春馬さんの演技がきらめいている。ある感情を表す一瞬の中に、いくつもの多様な表情が見える。感性の豊かさと、細やかな表現力は、春馬さんの持ち味だ。「君に届け」「こんな夜更けにバナナかよ」「五右衛門ロックⅢ」「オトナ高校」…最近、改めて見た春馬さんの演技もそうだった。
子役のころから、これほどの才能を発揮していたのかと、驚かされる。西垣監督が、小学生の春馬さんに出会って、ほれ込んだのも、うなずける。
●リクエスト上映きっかけに広がる
近年は年に何回か、自主上映があるかどうかだったという。昨年秋から、森の学校が全国で広く上映されるようになったのは、ファンのリクエストで上映が決まる「ドリパス」がきっかけ。ドリパス専用の「秋葉原UDXシアター」を運営する筒井潤さんに聞いた。
筒井さんは、ファンのリクエストにこたえて様々な映画を上映してきた。ドリパスは現在はTOHOシネマズが運営し、賛同する各地の映画館が上映する。ファンのリクエストを集め、一定の枚数が売れたら上映が成立する仕組み。チケットは1600円だ。
「スタッフがノートをつけていて、作品によっていつも同じ味わい・品質で見られるように、スピーカーの角度や音も細かく調節しています。秋葉原は、音響の評判が良いです」
近年は佐藤健さんの映画が、ドラマ「恋つづ」効果もあって、人気だったという。他は韓国映画や、アニメもファンが多い。コロナ禍で、昨年5月は休み、6月から席を一つあけて上映を再開した。
●監督にデジタル化を提案
昨年9月~10月ごろ、春馬さんが出演する作品のリクエストが多くなり、「アイネクライネナハトムジーク」「真夜中の五分前」を一気に見る上映会も開いた。劇団新感線のミュージカルを映画にした「五右衛門ロックⅢ」も人気だ。
「春馬さんの作品が求められ、メジャーな作品はいいとして、あまり知られていない作品を探しました。春馬さんが子役で出ていた森の学校を思い出し、西垣監督に連絡したら、初めはOKが出ませんでした。
森の学校は、幻の作品でフィルムしかなかったんです。デジタル化すれば、全国で見られるようになるので、別のスタッフが改めて監督にお手紙を書き、ついにOKをもらいました。事前に秋葉原のシアターに、監督が見に来て、音響や会場の様子を確かめました」
●ファンの思いを受け止める場
こうして、森の学校はデジタル化され、各地で上映できるようになった。ドリパスの12月~1月上映分は、発売後、わずか数分で売り切れた。
「秋葉原は170席で、春馬さんの作品は、だいたい売り切れます。森の学校は、これ1本のために遠くから見に来る春馬さんファンもいる。監督のファンもいます。2度目の緊急事態宣言の影響で、1月の満員分は休止したのですが、別の機会に座席を減らして上映しました」
周りの観客も作品のファンなので、思いを共有できるようだ。スタッフは、上映前に連絡事項をアナウンスする際も、ファンに寄り添って話していた。ロビーには、森の学校の撮影時のオフショットや記事、デジタルポスターを展示。筆者が秋葉原を訪れた際も、ファンが真剣な眼差しで見ていた。
秋葉原では、森の学校のパンフレットを販売した。現在は、ウェブで購入できる。「映画は見られないけれどパンフレットは欲しい、という方もいるので…。ドリパスの使命は、今、見て欲しい作品を探して紹介すること。森の学校もそうです。春馬さんの映画を見て、にこやかになって帰るお客さんが多く、嬉しいです」
筒井さんたちスタッフは、ファンに「春馬君のこの作品も上映してください」「ありがとうございました」と声をかけられる。「五右衛門ロックⅢを見て、号泣するお客さんもいました。舞台で歌って踊って、殺陣をして、生き生きしている春馬さんの姿に、感銘を受けるのだと思います」
●家族のあり方見つめ直す機会に
森の学校は、子供も見に来ているという。「コロナ禍に、立ち止まって家族のあり方を見つめ直そうという、監督の考え方に同調する人が多い。映画の本質を認められたら、ロングランになりそうです。学校教育でも活用できるでしょう。
森の学校のムーブメントは、ドリパス的にもエポックです。一度、封切られた作品が復活して、一斉に全国で上映されるのは珍しい。デジタル化には、費用がかかっているので、たくさん上映されて、監督の負担が減ればと思います」(筒井さん)
コロナ禍で狭い家に在宅し、近いけれど本音が言えない家族関係に、息苦しさを感じる子供は多い。森の学校で描かれる、「自然と共に生きるアナログな生活」は、厳しさもあっただろう。でも、本来は大家族や地域の人に支えられて、心身が育つもの、と気づかされる。撮影時の春馬さんも、子役仲間と笑い合い、共演者やスタッフに囲まれ、役者としても、一人の少年としても、貴重な時間を過ごしたのではないだろうか。
今回は、「ファンの思いが反映する仕組み」「情報を伝えるSNS」「デジタル化」といったツールの発達に、映画館という「じかに集える場のよさ」が掛け合わされ、新しいコミュニケーション・コミュニティが芽生えていると思う。
ファンの有志が作る「はるまっぷ」に掲載の上映館を数えると、全国50カ所以上になっている。森の学校の上映は、ドリパスの仕組みだけでなく、全国に広がっている。もともと、ミニシアターや上映会で上映されており、これからそうした形も増えそうだ。上映情報は森の学校サイトで。