ルカクとスアレスに漂う「9番」の矜持。コンテ、アンリ、シメオネと偉大な指導者の薫陶を受けて。
フットボールの世界で、ストライカーの役割は変わってきた。
ジョゼップ・グアルディオラ監督がリオネル・メッシのファルソ・ヌエベ(偽背番号9/ゼロトップ)を発明したのは2008-09シーズンである。グアルディオラ監督のイノベーションはFW像を作り直す類のものだった。
一方、現在典型的な「9番」としてチームに貢献している選手がいる。ルイス・スアレス(アトレティコ・マドリー)とロメル・ルカク(インテル)だ。
スアレスは今季開幕前にバルセロナからアトレティコに移籍した。ロナルド・クーマン監督から実質上の戦力外通告を受け、移籍金固定額ゼロ+ボーナス最大600万ユーロ(約7億円)という契約でライバルクラブの一員になった。
バルセロナとアトレティコのどちらが正しかったかは、もはや自明だろう。スアレスは今季、リーガで16得点。得点ランキングで首位に立っている。
ディエゴ・シメオネ監督率いるアトレティコは堅守速攻のスタイルで地位を確立してきた。ウノセロ(1-0)の美学で、チャンピオンズリーグで2度準優勝している。ただ、近年は研究され、勝ちきれない試合が増えてきていた。現に、2019-20シーズンのリーガエスパニョーラにおいて、アトレティコは実に16試合で引き分けを演じている。
「引き分けから引き分けへ」「決定力不足のアトレティコ」おそらくスアレスがいなければ、そんなシニカルな見出しが今季スペイン紙に踊っていただろう。2019-20シーズン、アトレティコの1試合平均得点は1.34得点だった。今季前半戦では、1試合平均得点が1.94得点になっている。
今季、シメオネ監督は【4-4-2】から【3-1-4-2】にシステムチェンジを断行している。鍵を握るのはマリオ・エルモソ、マルコス・ジョレンテ、そしてスアレスだ。
スアレスは頻繁にゲームに関与しているわけではない。だが相手の2枚のセンターバックを釣り出して、アトレティコの攻撃に深みを与えている。スアレスのおかげで、アトレティコは攻撃時にフロントスペースとバイタルエリアを攻略できるようになった。ジョレンテやジョアン・フェリックスの得点数が増加しているのは偶然ではない。
マリオ・マンジュキッチ、フェルナンド・トーレス、ジャクソン・マルティネス、ジエゴ・コスタ、アルバロ・モラタ...。シメオネ監督が長年にわたり求めてきたストライカーが、ついに到着した。相思相愛のストーリーが、いま、アトレティコで紡がれている。
彼の獲得を強く望んでいたのは、他ならぬアントニオ・コンテ監督だった。
一度目はユヴェントスで。二度目はチェルシーで。そして、三度目の正直で、コンテ監督はインテルでルカクを指揮下に置いた。
2019年夏の移籍市場最終日に、インテルは移籍金7500万ユーロ(約89億円)でルカク獲得を決めた。ルカクにとっても、待望の移籍だった。マンチェスター・ユナイテッドでは、体重増加を指摘され、プロフェッショナリズムが足りないと批判されていた。
とはいえ、コンテ監督はルカクを甘やかさなかった。昨季、チャンピオンズリーグのスラヴィア・プラハ戦後には、低調なパフォーマンスを見せたルカクを叱責した。「コンテに『ゴミのようなプレーだった。5分で交代させようと思ったくらいだ』と言われた。僕の自尊心は傷つけられた。一方で、何かが刺激された。その次のミラン戦で、僕はキャリアでベストといえるプレーをしたんだ」とはルカクの弁だ。
19-20シーズン、ルカクは公式戦51試合に出場して34得点を記録した。その前のシーズン、ユナイテッドでは公式戦45試合15得点だった。インテル指揮官の"ブースト"が功を奏したというわけだ。
また、ルカクの成長に一役買った指導者が、もう一人いる。ティエリ・アンリ監督だ。彼はロベルト・マルティネス監督が率いるベルギー代表でアシスタントコーチを務めていた。
「過去にルカクのプレースタイルに疑問を抱いていた人たちもいると思う。引いて守る相手に対して、ファイナルサードでプレーできるのか? ボールがない時にスペースを把握できるか? そういった問いだ」
「そこは改善の余地がある。現役時代を振り返ると、私は24歳の時と28歳の時では、まるで違う選手だった。ルカクにとって、大きな変化になるだろう。確実に言えるのは、ルカクは研究熱心で、100%の努力をする選手だということ」
これはベルギー代表で働いていた頃のアンリの言葉である。2016年まで、ルカクはベルギー代表で51試合で17得点を挙げるにとどまっていた。ロベルト・マルティネス監督の就任以降、ベスト4進出を果たした2018年のロシア・ワールドカップまでに21試合23得点を記録している。
「アンリから多くを学んだ。彼とは切っても切れない関係だった。ある時はどのようにスペースにランニングするべきかを教えてくれたり、またある時はブンデスリーガ2部について議論したり。彼は僕以上に試合を見ている唯一の人かも知れない」
ルカクが語る。コンテとアンリ。2人の素晴らしい指導者との出会いを経て、ストライカーの矜持は現存している。