きみは強いのび太を見たくないか?
ジャイアンに首根っこをつかまれて入場
20年後の野比のび太は、妻夫木聡のようにイケメン青年に成長しながらも、やはりダメダメぶりは相変わらずで……というのは『ドラえもん』を実写化した、おなじみトヨタ自動車の企業CMでのお話。実際の野比のび太は22歳で総合格闘技を始め、31歳の現在、無敵の世界王者になっているのである。
と、すんなり思い込めてしまえるほど、“のび太らしい”ファイターが存在する。リングネームはその名も「内藤のび太」。佐藤ルミナや五味隆典、宇野薫、川尻達也らを輩出した総合格闘技の老舗団体『修斗(しゅうと)』の現・世界フライ級王者だ。
丸メガネに強さを感じさせづらい風貌、ネガティブな言動は「なるほど30代ののび太はこうなっている他はないな」と思わせる説得力。しかも入場時には、一向に作動しないタケコプターを頭に乗せつつ、宿敵・ジャイアンに首根っこをつかまれながら花道を歩き、うなだれたままリングに放り込まれる。
だが、こののび太は強い。プロ修斗戦績は9戦9勝。そのうち4度は一本勝ち、一度はKO勝ちを収めている。
死に物狂いの闘いで観客を魅了
11月29日、東京・後楽園ホールで開催された『プロフェッショナル修斗公式戦』(主催:株式会社サステイン)で、のび太はプロ10戦目のリングに放り込まれた。2度目の世界王座防衛戦。相手の猿丸ジュンジ(29)は“フライ級最強の拳を持つ男”と言われ、3連続KO勝利で今回のタイトル挑戦権をつかみ取っている。
屈指のハードパンチャーを相手に開始早々、のび太は低いタックルを試みる。のび太の戦法を読み切っている猿丸は、あっさり振りほどき立ち上がった……かに見えた。ところが、のび太はわずかに手の中に残った猿丸の足首を離そうとしない。殴られてもマットに這いつくばってひたすらテイクダウンを狙い続ける。スタミナではひけを取らない挑戦者も、ついに背中をマットに付かざるをえなくなる。
実は、この必死を通り越すほどの死に物狂いの闘いぶりこそ、のび太を“のび太”たらしめるゆえんだ。もちろん、そこにはルールを熟知した上での巧みなテイクダウン技術と世界レベルのタフネスがあるのだが、「野比のび太がいきなりリングに放り込まれたら、もうどうしたってこう闘うしかないじゃないか」と、深く納得してしまうファイトスタイルに見えるのだ。
『ドラえもん』の声優陣も熱い声援
立ち上がろうとする猿丸を、のび太が驚異的な粘りで抑え込もうとする。この展開が実に5分5ラウンド。スタンド勝負になると、「今度こそ猿丸のパンチで、めっためたにギッタギタにされるのではないか」と緊張度は一気に高まり、会場の熱もどんどん上がっていく。
その熱にやられて、「のび太!のび太!」の大コールに沸く客席に、ひょっとしたら成長したしずかちゃんやスネ夫がいるのではないかと錯覚してしまう自分がいた。大人の私がそうなのだから、子供たちはなおさら、漫画から抜け出し強くなったのび太に興奮したのではないか。判定勝利を収めリングを降りるのび太に、たくさんの子供たちが駆け寄っていた。
この日の1試合目にはジャイアン役を務める、同門のジャイアン貴裕(たかひろ・28)も登場し、流血しながらも勝利をあげている。彼が無類の『ドラえもん』好きであることから、ファイター・のび太が誕生したという。
対戦相手の複雑な心情を察した上で、しかも負ければ本人の痛手も大きいことを覚悟した上で、キャラクターに徹するのび太とジャイアン。だが、彼らにしてみれば「そんな野暮なことは考えず、俺らのワールドを楽しんでくれよ」という所かもしれない。
とにかく、アニメ『ドラえもん』でドラえもんの声を演じる水田わさびさんや、ジャイアン役の木村昴さんもリングサイドで声援を送るほど、内藤のび太のひたむきな闘いには見る者を惹き込むものがある。“強いのび太”をこの目で見ると、なんだか長年の夢が叶ったような不思議な爽快感も得られる。ぜひ一度、体感してみてはいかがだろうか。