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ヘビー級4団体統一王者にウシク。フューリーはなぜストップされなかった…歴史的な戦いに通じる激闘の裏側

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ウシクvs.フューリー(写真:Mikey Williams/Top Rank)

13連発の猛攻

 ボクシングの華、ヘビー級についに4団体統一チャンピオンが生まれた。その名はオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)。37歳の世界ヘビー級WBAスーパー・IBF・WBO統一王者ウシクが35歳のWBC王者タイソン・フューリー(英)に2-1判定勝ちを飾った。スコアカードは割れたが、終始、攻撃的な姿勢を貫いたウシクの勝利はまず文句ないものに感じられた(5月18日サウジアラビア・リヤド)。

 試合のハイライトは9ラウンドだった。サウスポーのウシクが放った右から左を浴びたフューリーがロープへ飛ばされる。そしてウシクの追撃でフューリーの頭が何度も跳ね上がる。ESPNドットコムによるとフューリーは13発のパンチに晒された。グロッギーになったフューリーは、へなへなとコーナーにエスケープ。ここでレフェリーはスタンディング・カウントを適用。ノックダウンと同じと判断され、「10-8」でウシク優勢のラウンドとなった。

 この2点差が公式スコアカードに反映され、114-113、115-112(ウシク)、114-113(フューリー)の決定打となった。それでも、これだけ一方的に打たれ、ダメージを被ったフューリーがTKO(ストップ)負けを喫しなかったのは合点が行かない――と見る向きがある。私もその一人である。

レフェリーは最適任者だった

 レフェリーを務めたマーク・ネルソン(米)は現在、世界的にもっとも信頼がおける審判の一人である。動作の機敏さ、選手への対応、ストップのタイミングが長所に挙げられる。ヘビー級4団体統一戦を裁く人物として最適任者だったと言える。

 だからこそ、あのタイミングでなぜストップがコールされなかったのかという疑問がわいてくる。前例をいくつか挙げたい。

 来日経験もあるネルソン氏は2023年5月、有明アリーナで行われたWBC世界ライトフライ王者寺地拳四朗(BMB)vs.挑戦者アンソニー・オラスクアガ(米)を担当。ピンチヒッターとして急きょ抜擢されたオラスクアガが大善戦した試合だが、9ラウンド、怒涛の連打を浴びせた寺地がオラスクアガをロープ外へ叩き出して決着をつけた。昨日のウシクの猛攻とダブる印象がする。

 今年に入り3月2日、米ニューヨーク州ベローナで行われたIBF世界フェザー級戦で序盤から劣勢を強いられた挑戦者の阿部麗也(KG大和)を8回、王者ルイス・アルベルト・ロペス(メキシコ)のラッシュから救ったのもネルソン氏。今回のヘビー級のケースとやや異なるが、タイミングを心得ていたと思う。

 そして3月29日、米アリゾナ州グレンデールでゴングが鳴ったWBOスーパーフェザー級暫定王座決定戦で7回TKO勝ちした前王者オスカル・バルデス(メキシコ)をサポートしたのもネルソン氏だった。サポートしたと言うと語弊があるかもしれないが、その時バルガスが相手のリアム・ウィルソン(豪州)にかけたプレッシャーは、ウシクがフューリーを追い込んだ時に比べて甘かったようにも思えた。

フューリーを追い込むウシク。左端がネルソン主審(写真:Mikey Williams/Top Rank)
フューリーを追い込むウシク。左端がネルソン主審(写真:Mikey Williams/Top Rank)

ウシクはKOを盗まれた

 ストップに“基準”があるわけではなく、それは担当したレフェリー個々の裁量に任される。今回ネルソン氏はヘビー級4団体統一戦という試合のステータスにレフェリングが影響されたのではないか。「止めるのが早いと何かと議論の的になる」という心理が動いたのではないだろうか。目に見えない重圧はレフェリーにものしかかっていたはずだ。

 ファンの間でも「あそこでストップが入って当然」、「フューリーは救われた」という意見を述べる者もいる。さらにウシク陣営のアレックス・クラシューク・プロモーターは「レフェリーが9ラウンド、ウシクのノックアウトを盗んだ。試合はストップされるべきだった」と英国メディアに発言。スタンディング・カウントではなく止めるべきだったと主張して譲らない。

井上vs.ドネア&アリvs.フレイジャー

 今回のように早めのストップではなく、試合が続行されて問題となったケースとして19年11月の井上尚弥(大橋)vs.ノニト・ドネア(フィリピン)第1戦が想い出される。11ラウンド、ボディー打ちでマットに落ちたドネアに対して当然レフェリーはカウントを数えた。しかしそれは明らかに10秒を超えるロングカウントだった。

 生き延びたドネアはスコアカードの勝負で敗れたものの、その後チャンピオンに返り咲き、井上との再戦を実現させた。あの時のレフェリー(アーニー・シャリフ氏=米)の“アシスト”が大きかった。ウシクvs.フューリーもダイレクトリマッチが有力といわれる。ストップをめぐる因縁が実現を促進する。クラシューク氏によると第二幕は10月12日。また同氏は試合後、ウシクが大事を取って脳のMRI(磁気共鳴映像法)検査を受けたことを明かした。

 これは「世紀の一戦」と呼ばれたモハメド・アリvs.ジョー・フレイジャー(ともに米)第1戦でノックダウンをして初黒星を喫したアリよりも防衛を果たした王者フレイジャーのダメージが深刻だったことを想起させた。フューリーのパンチも相当に強烈だったのだ。そのフューリーがあんなにウシクの強打に晒されたのにケロッとして試合後の会見に臨んだのには驚いた。やはり再戦はうなずける。

両者は再戦が有力(写真:Mikey Williams/Top Rank)
両者は再戦が有力(写真:Mikey Williams/Top Rank)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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