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粗品さんと元「プラス・マイナス」岩橋さんは何が違うのか。粗品さんの狙いと目指すところを考察

中西正男芸能記者
(写真:アフロ)

フジテレビ「27時間テレビ」が終わり、インターネット上に司会の粗品さんに関する原稿や書き込みがあふれています。

宮迫博之さんへの攻撃から始まり、いろいろな人に矢を向ける。そういった行動がネットやSNSで話題になりました。

結果、粗品さんがほぼ出ずっぱりの「27時間テレビ」では、粗品さんが醸し出す刺激を軸に番組が進んでいったという印象を与えることにもなりました。

なぜ粗品さんがそういった振る舞いをしてきたのか。いろいろな芸人さんや関係者と話をする中で、一つのアウトラインが見えた。そんな気もしています。

コンプライアンスを強く意識しないといけない世の中となり、芸人さんといえども「オレらは特別な世界なんで」と世間のルールの外側には出られなくなりました。

かつての横山やすしさんのように、規格外の生き様を見せる。それも芸人の意味であり、芸のうち。昔はそんな風潮も確実にありました。ただ、今の時代、そこの味がほとんど出せなくなっています。

特にテレビを主戦場にするタイプの芸人さんは一つの雑味が命取り。誰よりも高い規範意識が求められるのが現実です。

ただ、その中でも芸人である以上、いかに刺激を創出するか。

何をしでかすか分からない狂気、そして色気をどう醸し出すか。

それを考え尽くしたスタイルが粗品さんであり、余すところなく出せるステージが圧倒的長時間に渡る生放送「27時間テレビ」だったのではとも考えます。

逆に言うと、そのステージあったからこそ、そこに向けてタネを撒いてきたのでは。粗品さんなら、それくらいいとも簡単に企てるのでは。あらゆる芸人さんから一目置かれている粗品さんの評価を聞くたびに、そんな感覚にもなりました。

色気は芸人さんにとって、非常に大切な要素です。いかに「こいつは普通じゃない」「何をするか分からない」という危険な香りを創出し「この人から目が離せない」という色気を出すか。芸能人が身近になり、奥行きや神秘性のあるスターが生まれにくい。

だからこそ、規格外の空気をまとうことは他者との強烈な差別化にもなるわけですが、コンプライアンスに抵触するような刺激はダメ。誰かを攻撃するのも微妙。

ただ、身内である芸人同士でやるならば、芸人界の中なので外には迷惑をかけない。ならば、先輩芸人に噛みつくところを見せて非日常のハラハラドキドキを作り出す。ここに行き着いたのではないかと考えます。

僕の知る限り、以前から「先輩に噛みつく」というノリは芸人さん同士の世界では頻繁にありました。楽屋、酒の場、イベント中…。いろいろなシチュエーションでいろいろな味の「噛みつき」があります。一つ架空の事例を用いて、何となくでも味わいが分かるよう、空気を疑似的に作ってみます。

場所は馴染みの居酒屋さん。先輩Aさんが後輩Bさん、Cさんを連れて飲んでいるとします。

Aさんが芸歴7年目。Bさん、Cさんは5年目。わざわざみんなで飲みに行くくらいだから、普段から大の仲良し。みんなが信頼で結ばれている。Aさんが先輩ではあるが、少しテレビの仕事も入ってきてやっとアルバイトせずに暮らしていけるようになったレベル。有り余るお金があるわけではないが、後輩に大盤振る舞いで飲み食いをさせている。しっかりとお酒もまわり場の熱も上がる中、話題はなかなか賞レースで結果が出ないAさんの悩みへとシフト。シリアスな話だけに、空気が少し沈鬱としたものになりかけた時にBさんが口火を切る。

B「だいたいね、意気揚々と散髪してきた思ったら、2024年にベッカムヘアって!20年くらい軟禁されてたんか!いつの価値観やねん!」

A「人を時代遅れみたいに言いやがって!バカにすな!今、誰がベッカムにあこがれて、ソフトモヒカンにすんねん!これはアニマル・ウォリアーや!」

C「昭和プロレス絶対主義者か!ベッカムよりさらに20年前の『ロード・ウォリアーズ』って。ほんで、アニマルやったら、もっと本格派のモヒカンやねん。コロタン文庫の『プロレス入門』からやり直せ!なんやねん、その中途半端なモヒカンは!」

A「ちょっと気の弱いとこが出ただけや!」

後輩が先輩に不躾な物言いをする。その“普通じゃない感”はもちろんそこにいる誰もが分かっている。そして、この事例でいうと少し暗くなりかけた空気をリカバリーするために、後輩が先輩に“頑張って”食ってかかっている。

先輩もそれが分かっているからこそ「先輩にどんな口きいとんねん!」みたいな味も素っ気もない、愛もセンスもない返しではなく、もう一つ思いを乗せた返しをする。

この架空の事例で生まれる効能は「場を湿っぽくしない」「互いの信頼をさらに高める」というあたりかと思いますが、そんなハートウォーミングな事例だけでなく、実際には多種多様な目的があるとは思います。

「新しいノリを作る」「本当にムカつくところもあるからノリをまぶして仕掛けてみて、わだかまりをなくす」「芸人という特殊な仕事についている喜びをみんなで享受する」など。

ただ、この先輩に対して噛みつくというのは一つのノリであり、一つのトレーニングとして存在しています。

何かしらプラスを生み出すために芸人さん同士が取り組むスパーリング。ただ、これはお客さんに見せるためではなく、芸人さん同士が道場での特殊な稽古としてやるもの。さらにポップに進化させたやり取りが完成されたノリとして人前に出ることはあっても、それ以前のものは基本的には見世物ではない。

そこをあえてテレビやネット、SNSなどで可視化させたのが粗品さんであり、一般の人からすれば「え、これ、ケンカなの?何なの?大丈夫なの?いったい、何が起こっているの?」と気持ちがグラグラします。賛否両論あらゆるうねりを生みながら「27時間テレビ」を迎え、27時間の生放送の中でいろいろな流れが結実しました。

こんな仕事をしていると、時々、知人から尋ねられもしました。

「粗品さんの話、芸人さんの中でも大きな騒ぎになっているんでしょうか?」

答えはいつも同じで「僕の知る限り、騒ぎにはなってません」と返していました。

一方、近いパターンというか元「プラス・マイナス」の岩橋良昌さんがSNSであらゆる主張を繰り返していた時期がありました。

この時は芸人さんの中でも騒ぎになっていました。多くの芸人さんから愛されている岩橋さんだけに、何かを発信するたび、あらゆる芸人さん、関係者から「岩橋は大丈夫なの?」「吉本興業はどういう対応をするんでしょうか?」という問い合わせが僕みたいな人間のところにも多々ありました。

岩橋さんが本気であること。やることが望ましくない領域にまで足を踏み入れていること。身内からするとそれが分かるからこそ、多くの人が心配していました。

一方、粗品さんのことでは誰からも「粗品は大丈夫なの?」という連絡を受けたことがありませんでした。

プロレスを変にくさす気は一ミリもありませんが、プロレスのリングで相手を殴る。腕にフォークを突き刺す。それを見て警察に「傷害事件です」と通報する人はいません。ただ、道を歩いていて、すれ違ったオッサンが近くの女性を殴っている。これは通報という判断が妥当になります。

粗品さんはプロレスのリングで、かなりのハードヒットながら、昔から存在はする技をやっている。強度も高く、もしかしたら本気で殴っているところもあるのかもしれない。それでもリングでやっていることなので、あくまでも技の範疇。だからこそ、岩橋さんの時とは反応が違ったのだと僕はとらえています。

もちろん、お笑いなので好き嫌い、合う合わないが全てです。頑張って理解する必要も、合わせる必要もないものだと思います。

ただ、このがんじがらめの世の中で、どうやればムチャクチャを作れるのか。色気を出せるのか。

長くお笑いを取材している者として、久しく嗅いでなかったニオイが今回の「27時間テレビ」からは漂ってきた気がしました。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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