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「10回戦って何回勝つか」。吉武ジャパンの評価は、その視点で語るべき

杉山茂樹スポーツライター

フィリップ・トルシエは、あるときの記者会見で「サッカーは勝敗に運が3割も絡む特殊な競技。結果でモノを語るのは危険だ」と、述べた。日本人記者を諭すように。言い訳半分だったと思うが、いいこと言うなと思わせたことも事実だった。

サッカーは運や偶然に左右されやすい競技だとの認識は持ち合わせていたが、3割という数字を聞いたのはそのときが初めて。気になったので、以後、欧州で識者と言われる人に立て続けに訊ねてみた。「まぁ、そんなところだろうね」。その多くはそう語った。トルシエの表現に過剰さはなかった。

この3割という数字。少なくとも、メジャースポーツの中で一番だと言い切れる。他競技との最大の違い。サッカーの特殊性を表す代表的なものだと言っていい。

実際、敗因、勝因を「運」の一言に求めたくなる試合によく出くわす。たとえば、昨季のJ2昇格プレイオフ、大分対千葉だ。千葉の敗因は「不運」。大分のJ1昇格は「幸運」の一語に尽きた。結果に対する必然が、とても低い試合だった。

だがメディアは、勝因、敗因を、運以外のものに求めようとした。そして勝者を勝者として、敗者を敗者として文字通りに扱った。

千葉の木山監督は解任の憂き目にあった。しかし、試合後の記者会見で彼は、大分の決勝ゴールに対して、絞り出すように「偶然」という言葉を口にした。言い訳には聞こえなかった。勇気ある言葉に聞こえた。よくぞ口にしたと、むしろ拍手を送りたくなった。これは、結果至上主義に染まる世の中への、ささやかな反抗といえた。

U−17W杯。日本はスウェーデンに1対2で敗れベスト8入りを逃した。試合後の会見に臨んだ吉武監督にも、木山氏と同種の勇気を感じた。

「10回戦ったら何回勝つか。1回の結果でサッカーのやり方を変えるつもりはない」と。

続いてミックスゾーンに現れたセンターバックの宮原和也選手は「スウェーデンは10回戦ったら9回勝てる相手だ」とさえ言った。

日本は前半37分までに0対2とされた。いずれも失点はカウンターによるものだった。しかし、その直接的な原因はGKのエラー。1点目は飛び出しの遅れ。2点目はファンブル。通常ではありえない想定外の出来事。「サッカー」で劣ったわけではない。

ボール支配率75%。カウンターを食い、ピンチに陥った回数も、失点シーン以外では3、4回程度。カウンターを繰り返し浴びていたわけでは全くない。敗因の一番手に来るものは、客観的に見て「不運」。現場で見た実感でもある。

スウェーデンは強者で日本は弱者。世界のサッカー界の従来のヒエラルキに従えば、反省する必要があるのはスウェーデンになる。「10回戦って何回勝てるか」。その考え方に基づけば、スウェーデンは胸を張れなくなる。

日本は強者スウェーデンに善戦健闘した。次は勝っても不思議ではない滅茶苦茶惜しい試合をした。世界情勢に照らせば、こちらの方が正しい解釈だ。

「いくら支配率が高くても、試合に負ければ意味がない」

日本では早くもそうした声が聞かれるが、この考え方は、日本の立ち位置に基づいていない。支配率を高める戦法(大雑把ですが)を採用したからこそ、スウェーデンに大善戦したのだ。ロシア、ベネズエラ、チュニジアに勝利を収めることができたのだ。

吉武監督は記者会見でこう述べた。

「ロシアには勝ちましたが、危ない場面はこの試合の方があった。日本にはラッキーがあった」と。

日本にラッキーがあったことを、あえて認めることで、非サッカー的というべき結果至上主義をわかりやすく批判した。

だがスウェーデンに敗れると、日本のメディアは、結果至上主義を従来通り振りかざした。敗者である日本を、文字通りの敗者として扱った。善戦を讃える報道は思いのほか少なかった。

吉武サッカーに異を唱えるものもあった。案の定というか、予想通り。中には、それ見たことかと言わんばかりの、待ち構えていたような記事もあった。

「日本はボールを持たされた」

「パスは回せてもゴールは奪えない長年の課題を克服できなかった」

「ザックジャパンと同じ症状に陥った」

「最短距離でゴールを狙うシンプルな攻撃の形がなければ、お家芸の組織力は生きない」

「13本のシュートを放って無得点。相手は7本で2得点」に至っては、悪意さえ感じる。そこまでオウンゴールを強調する気かと言いたくなる。それはあくまでも記録上のもの。相手がクリアミスしたわけでは全くない。日本の得点を日本のシュートによるものとは言わず、一方で不運には目を瞑る。

メディアの仕事に携わる人間が、人を批判するときには、その場で見ていることが絶対条件になる。礼儀と言っていい。また、批判をする場合は署名原稿である必要もある。署名なしでは、一般の人の投稿と何ら変わらない。だがここで紹介した批判は、いずれの条件も満たしていなかった。本人を特定できない記者が取材せずにムードで書いた。勝ったら喜び、敗れたら叩くという非サッカー的な価値観に基づいて、堂々と。

「吉武ジャパン」のパス回しと、ザックジャパンのパス回しが、根本的な部分で違っていることも、スタンド上階から、ピッチ全体を俯瞰で見下ろせば、誰にだって分かることだ。

「吉武ジャパン」に対する反応を見ていると、サッカー競技のコンセプトは、他のスポーツとのコンセプトとは大きく違うんだということを、改めて声を大にして言いたくなる。

スウェーデン戦の敗因は、アンラッキー。運が結果に3割影響を及ぼすサッカー競技ならではの敗戦。「サッカー」で劣ったわけではない。そう言い切るのが、まさにサッカー的な解釈だと僕は思う。

サッカーに適した評価の視点は「10回戦って何回勝てるか」だ。5年後、10年後がある若年層のサッカーに、それはとりわけあてはまる。

「W杯は負け方を競うコンテスト」とは、僕の持論だが、それに照らせばほぼ満点。考え得る中で最もよい負け方をした。ボール支配率75%に示される日本の色は、世界に対し十分に発信できたと思う。注文ゼロというわけではないが、敗者の中で最も印象に残るチームだったことは確か。世界に対して最もインパクトを与えたチーム。サッカーの中身において最も語るべき要素が多かったチーム。サッカーの発展に貢献したチームといっても言いすぎではない。

サッカーを別の競技のコンセプトで語る癖がついてしまった日本メディアの方が、今回のU−17日本チームよりよっぽど心配になる。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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