原作からもドラマからも目が離せない話題作『ノーマル・ピープル』の味わい方
今、ドラマと原作の両輪で話題になっている作品がある。『ノーマル・ピープル』だ。2020年4月26日にイギリスのBBC Threeで全12話が一挙放送され、その後、BBC Oneで毎週放送された同作は、日本でも同年7月16日から配信サービス、STARZPLAYから日本語字幕版が配信されている。そして、今年6月20日からスターチャンネルEXが再び配信を開始したことで、『もう一度観たかった』というファンの声がSNS等で盛り上がっているのだ。
単なる"スクールカーストもの"には収まらない展開
一話30分、全12話で描かれるのは、アイルランド北部のスライゴ県にある高校に通う文武両道に優れた男子高校生、コネルと、キャンパスでは変わり者扱いされているマリアンが恋に落ち、高校を卒業してダブリンにある名門トリニティ・カレッジで再会して以降も、親密な関係を一度もオープンにすることなく続けて行く物語。そう書くと、ハリウッド映画によくある”スクールカーストもの”を想像するかも知れない。確かに一部その要素はあるのだが、『ノーマル・ピープル』のテーマはそう簡単ではない。なぜ、2人は互いの気持ちを正直にシェアできず、葛藤しながら青春時代の大部分を過ごすことになるのか?ドラマはその深層に分け入って行く。
気鋭の作家による原作は世界的ベストセラーに
原作はアイルランド出身の作家、サリー・ルーニーの同名小説で、本作も含めてすでに刊行されている『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』と『Beautiful World,Where Are You』の3部作がすべて世界的ベストセラーとなり、2022年には”TIME誌”が文化的に最も影響力がある100人の1人にルーニーを選出している。ドラマを監督したのはレニー・エイブラハムソン(2015年の映画『ルーム(Room)』で世界的名声を確立)とヘティ・マクドナルド。全12話の前半をエイブラハムソン、後半をマクドナルドが担当している。コネルを演じるポール・メスカル(『aftersun/アフターサン』)とマリアン役のデイジー・エドガー=ジョーンズ(『ザリガニの鳴くところ』)は数々の演技賞で候補に挙がり、メスカルは2021年度の英国アカデミー賞TV部門の主演男優賞に輝いている。アカデミー賞候補となった『aftersun~』から遡ること2年前、24歳の時だ。
2人だけの時は愛を語り合うのに。。。
もう少しストーリーを詳しく紹介しよう。学内に歴然と存在するヒエラルキーの最上位に属するコネルは、変わり者で友達もいない最下層にいるものの、独特の凛とした佇まいを崩さないマリアンとすぐに恋に落ちるが、キャンパスでは2人の関係を秘密にしたいと考えている。実はコネルの母親、ロレインはマリアンが住む豪邸で家政婦として働いていて、コネルは母親を訪ねた時にマリアンと密かにデートしているのだが、そのことも友達には勿論秘密だ。マリアンはそんな関係を受け入れる、振りをしている。
各エピソードは短くて5分間、長くて7ヶ月間という空白の時間をすっ飛ばしながら、高校時代に気まずい別れ方をしたコネルとマリアンが、ダブリンのトリニティ・カレッジで再会し、2人だけの空間では肉体的にも精神的にもこれ以上親密になれないレベルにまで到達しているにもかかわらず、相変わらず人前では”友達”とか”知り合い”で通している姿を追っていく。人前だけではない、燃えるようなセックスの後、互いを見つめ合って『愛している』『私もよ』とか言いながら、一旦外に出たら、どうしても自分で自分の殻を破れないでいるのだ。見ていてそのもどかしさは半端ない。
未だ社会に蔓延る男性優位主義に対する告発も
フェミニストとしても知られる原作者、サリー・ルーニーは、コネルとマリアンの関係性を通して、未だ社会に蔓延る男性主導主義の歪みを告発しているようにも思える。男子は逞しく、女子は可愛くなくてはいけない”スクールカースト”もそうだし、それをどちらも家庭に父親が不在のコネルとマリアンに体現させているところがかなり皮肉だ。マリアンはトリニティ・カレッジで歴史と政治を学ぶ才女だし、コネルも文学の才能に恵まれている。故郷のスライゴ、ダブリン、スウェーデンのルレオ、イタリア中部のラツィオ州と舞台が転換し、その間、誤解と裏切りによって周囲を巻き込み、捻れた関係を続ける2人が、物語の最後にどんな決断を下すのか?その瞬間は不意に訪れる。
美しいアイルランド・ロケに心が休まる
登場人物の言葉を『』で括るのではなく、地の文に埋め込む形で原作は進んでいくが、そのフォーマットをドラマにも取り込んだような演出は、大切な台詞をことさら強調することはしない。そんな独特のムードをメスカルとジョーンズが見事に表現していて、原作同様、ドラマの方も一気見は必至だ。話の必然性から、メスカルはフルヌードも披露している。本作は大胆なセックスシーンも話題だが、陰影をうまく取り入れた映像とも相まって、意外にスキャンダラスな感じがしない。映像と言えば、ロケ地の美しさは格別だ。舞台になるスライゴ県のキャリクリーは架空の街だが、同じ県内のダーバーカレーで撮影は行われ、ビーチのシーンはワイルド・アトランティック・ウェイ沿いのストリーダー・ポンイトで、トリニティ・カレッジのシーンでは本物の学生たちがエキストラとして撮影に参加している。
この物語が世代に関係なく人々を惹きつける理由
レビューも概ね高評価だ。中でも地元”アイリッシュ・タイムズ”の批評には作品の魅力が集約されていそうだ。以下は抜粋。『最初の2つのエピソードだけでも、人生の喜びと痛みで満たされていて、マリアンもコネルも、自分が何者であるかを理解しようとして傷つき、自信喪失に陥っている。そんな彼らを応援せずにはいられない』。確かに、誰しも、愛する人と対峙した時に初めて、自分が何者かについて真剣に考えざるを得なくなることがある。そもそも恋愛の成就とはどんな状態を指すのか?ノーマルって何なのか?『ノーマル・ピープル』が描く自分発見の過酷な旅路は、今まさにそんな時代にいる世代も、遠い昔に発見済みだと思っている世代も、同時に夢中にさせる危なさと苦しみに満ちている。今も多くの人々が原作を握り締め、ドラマをヘビロテしている理由はそこにある気がする。
今回の配信を記念して、原作小説とドラマのコラボが決定。ドラマの名場面を使用した帯が巻かれた原作小説が、7月頃、全国の書店に並べられることになっている。この機会に是非、社会現象にもなった話題作に触れてみて欲しい。
海外ドラマ『ノーマル・ピープル』(全12話)
【配信】Amazon Prime Video チャンネル 「スターチャンネルEX」
<字幕版・吹替版> 全話配信中
(C) Element Pictures/Enda Bowe