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落合博満の視点vol.5『勝負強さを身につけるために必要なことは』

横尾弘一野球ジャーナリスト
開幕一軍を逃した中日ドラ1の柳裕也。落合博満は「苦労しても技術を磨くべき」という

「練習やオープン戦ではいいものを見せてくれるが、都市対抗やその予選になると結果を残せない新人には、どうすれば勝負強さを身につけさせられるのか」

ある社会人チームの監督が、落合博満にこんな悩みを打ち明けた。それに対して、落合はこう答えた。

「新人に限らず、ここ一番の勝負に強いか弱いか。それは選手を評価するポイントの一つになっている。確かに、勝負強い選手はいて、精神力の強さや読みの鋭さなどを評価されている。ただ、私自身は厳しい勝負が精神力でどうにかなるとは考えていない。だから、件の新人を成長させるために、メンタルに原因を求めても解決しないと思う」

では、ここ一番の勝負で結果を残すために何が必要なのかと言えば、落合は「技術しかない」と明言する。

一般的に言って、投手は下位の打者よりもクリーンアップとの勝負に力を入れる。走者のいない場面と一打逆転の大ピンチでも、投手の集中力やバッテリーの配球は断然違う。つまり、走者のいない場面よりも、チャンスで打席が巡ってきた時のほうが、打者にとって打ち辛いボールが来る確率は高い。そのボールをしっかり打ち返すには、精神力以前にそれだけの技術が不可欠だということだ。

また、鳴り物入りで大学から社会人に飛び込んできた新人とはいえ、社会人投手のボールを容易く打ち返す技術を備えているなら、大学卒業時にドラフト指名されているはず。プロであれ社会人であれ、素質に恵まれていても、新人がすぐに目立つ結果を残せるほど甘い世界ではないということだろう。

だからこそ、ここ一番の場面で打てないのは必然であり、その壁を突破するには技術を磨いていくのが近道なのである。

しっかりした技術を身につけて長い現役生活を送るほうが幸せ

「ただ、それだけ注目され、期待を集めている選手なら、努力次第でプロ入りできる素質はある。勝負強さや配球の読みには経験も必要なのだから、まずは社会人でドラフト指名が解禁になるまでの2年間、徹底的に技術と体力を鍛えるしかない。他の選手の倍は練習するという覚悟で、野球漬けの生活を送るのがいい」

落合は監督時代、若手よりもベテランを重用した。それも、優勝争いや勝敗を分ける場面などで一番必要なのは経験だと考えているから。そして、長く活躍できる一流選手に成熟していくためには、若い頃に苦しみながら、悩みながらでも地道に力をつけていくことが肝要なのだと説く。

「最近は高校でも大学でも、下級生から試合に出場する選手が増えた。それ自体は悪いことではないが、選手の将来を考えるなら、しっかり下積みさせることを忘れてはならない。中日にドラフト1位で入団した柳 裕也も、右ヒジを痛めて開幕一軍を逃した。そうやって出足で苦労しても、長く現役生活を送れる方が幸せなのだから」

このように、社会人の監督からの質問に、落合が独自の視点で答えた著書が7月6日に刊行される。タイトルは『アドバイス』。トーナメントの戦い方やデータの落とし穴についても興味深い内容が書かれている。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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