「10代からのモヤモヤにさまよってました」 2つの映画祭でグランプリ。上原実矩の3年越しの存在証明
「TAMA NEW WAVE」と「田辺・弁慶映画祭」でグランプリを獲得した『ミューズは溺れない』が公開された。高校の美術部を舞台に思春期の女子高生たちがアイデンティティと創作に揺れる。主演は今年の出演作が相次ぐ上原実矩。撮影した3年前は主人公同様に揺れ動いていたという。
ボソボソしゃべる役を変なヤツに見えるように
――少し前になりますが、『ユーチューバーに娘はやらん!』のミカジャン役が面白かったです。動画編集をしていて、コミュ障っぽくて挙動不審で。
上原 台本では「陰が薄くてボソボソしゃべる」としか書いてなかったので、地味でメガネを掛けているようなイメージでしたけど、衣装合わせに行ったら、もこもこパジャマでツインテール。「そう来るか」と思いました。その中でキャラをどう構築していくか。台詞は聞こえないくらいの設定だったので。
――字幕が出ていました(笑)。
上原 それでも会話はするので、声が出ないなら身振りを大きくするのか、顔で表現するのか。普通にボソボソしゃべってもつまらないから、何か食べながらモショモショ言うほうが変なヤツっぽいかなと思って、監督にお話ししました。「手が汚れないもの」とか食べ物に謎のこだわりをいろいろ作って、スピンオフで「カリカリのパスタが好き」というエピソードを採用してもらいました。
――ああいうキャラ的な役はなかったですよね?
上原 そうですね。自分とはまったく違う感じでした。家族も楽しんでくれて、私が出ていると知らずにたまたま観てくれた方に「面白かった」と言われたのは、すごく嬉しかったです。
観てもらえる場所を作るのが出口だと思って
新鋭・淺雄望監督の長編デビュー作『ミューズは溺れない』。美術部員の朔子(上原)は、船のスケッチに苦戦して誤って海に転落。それを目撃した西原(若杉凩)が描いた「溺れる朔子」の絵がコンクールに入賞する。取材を受けた西原は「次回作のモデルは朔子」と勝手に発表した。
――『ミューズは溺れない』の撮影は3年前だったんですよね?
上原 コロナ禍になる前の年の夏でした。
――前回の取材で、この作品について「賞を獲ってやる!」くらいの気持ちで撮影に入ったとの話が出ていました。それだけ意欲が高かったんですか? あるいは、何か危機感があって?
上原 もちろん「主演を背負わせてもらえるなら」という気持ちはありましたし、撮影当時は公開されるのか決まってなくて。ちゃんと観てもらえる場所を作るのが、ひとつの出口だと思っていたんです。必然的に映画祭での賞を個人的に目指して、勝手にプレッシャーを感じていました。主演も長編では初めてで、状況を楽しめる余裕はなかったです。
揺れ動いても足場にちゃんと立っていないと
――結果的には、まさに2つの映画祭でのグランプリに加え、上原さんはベスト女優賞も獲りました。
上原 ちゃんと届いてくれたと思いました。でも、撮影当時の私は20歳で、10代の頃のモヤモヤしたものと、まだ折り合いがうまくつけられなくて。演じた朔子が自分を探しているような役だったのと相まって、何かさまよっている感じでした。
――上原さん自身が?
上原 私自身が作品の中で揺れ動いていて。朔子も揺れているんですけど、私は揺れている中でも、朔子としての足場にはちゃんと立っていないといけない。そういうことが初めてで難しかったです
――たぶん演技って、そういうことなんでしょうね。役と同化しながらも、冷静な自分もいないといけないような?
上原 そうですね。演じながら「作品の核になろう」という意識は、どこかにあった気がします。でも、台本を読むと、朔子は与えていくより与えられる、受けるイメージだったので、その立ち位置への不安もありました。当時はそういうことを、ギュッと理詰めに考えすぎてしまっていたんです。映画祭では、そこが「朔子っぽくて良かった」と言っていただけたので、自信になりました。
自分の色を出したくても怖くて動けなくて
――劇中で朔子は先生に「私なんか美大は無理ですよ」とか、西原に「普通の絵を描いていた自分が恥ずかしくなる」と言ってました。上原さんも女優をしている中で、そういう想いを抱いたことはありますか?
上原 ありますね。「うまいな。素敵だな」と思う人がいっぱいいる中で、どうしても自分と比べてしまう時期があって。だから、この脚本を読んでいて引っ掛かるところはありませんでした。まったく同じ体験はなくても、創作をする身として、根っこの部分はすごく役と繋がれました。
――ストレートにアイデンティティをテーマにした作品でもありますが、高校時代とか「自分がない」みたいな葛藤もありました?
上原 人に見られる仕事をしている中で、ちょっと行き詰まったときに「自分の色がない」と相談すると、「めちゃめちゃあるよ」と言われることが多かったです。「誰と関わっても、どこにいても、絶対変わらないものはある」という言葉が心強くて響きました。でも、自分の色を出そうとしても、怖くて動けなかったりもしたんです。「アイデンティティが確立してないまま、周りの影響を受けて変化するのはどうなんだろう?」と考えすぎて、さらによくわからなくなってしまいました。
――まさに思春期の逡巡ですね。
上原 そんなとき、別の人に「変化しない人間なんていないから」と言われたんです。対極の言葉ですけど、どちらも腑に落ちて、背中を押されました。女優としては、自分でコレというものが見つかってしまったら、それまでなのかもしれません。よくわからないモヤモヤを感じてもらうのが、映画の醍醐味でもあるのかなと。
「存在感がある」をどう捉えたらいいのか
――上原さんは周りからは、どういうところがアイデンティティだと言われるんですか?
上原 具体的にはわかりませんけど、「存在感が」みたいな話はされます。
――そう。めちゃくちゃ存在感ありますよね。
上原 本当ですか? 自分ではそこに自信がなかったりします。たぶん変に理想があって、近づけないというか。お芝居でも普通の会話でも、言いたいことが伝わっているのか、ちゃんと印象を残せているのか、わからないんです。
――いやいや。上原さんの印象はすごく残ります。
上原 「どこにいてもすぐわかる」という人もいます。自己評価と他人からの評価がすごく違うのかなと。
――「一度見たら忘れられない顔」とも言われませんか?
上原 そうですね。「変な顔」とか(笑)、いい意味で言ってくれて。それをどう捉えたらいいのか、昔はわからなかったんですけど、こういう仕事をしていると武器になるんだとは思います。ただ、それがアイデンティティなのかはわかりません。やっぱり、いろいろ求めすぎなのかもしれません(笑)。
なぜか美術部の役が多いんです
――『ミューズは溺れない』は美術部が舞台ですが、上原さんは学生時代に部活はやってました?
上原 陸上部でした。脚が速いから入ったというより、速くなりたいから入ったんです。でも、100m走は学年にすごく速い人たちがいて、走り幅跳びをやったら誉めてもらったので、そっちを伸ばそうと切り替えました。部内でもやっている人が少なくて、それこそ自分の武器だなと。
――『青葉家のテーブル』でも美術を志す役でしたよね?
上原 そうなんです。なぜか美術部の役が多くて。『全裸監督』でもそうでした。一時は美術部を春夏秋冬コンプリートしようと思っていました(笑)。
――実際に絵を描くことは?
上原 ちょっと落書きするくらいは好きです(笑)。
――劇中では鳩時計を直すシーンもありました。手先が器用だったりはします?
上原 ちょっとしたリメイクはします。洋服の丈を変えたり、刺しゅうを入れたり、古くなったトートバッグを巾着にしたり。学生時代は図画工作が好きだったので、ドライバーを使って時計を開けたりするシーンは、楽しんでできました。
相手の温度感や投げてくるものを感じ取って
――朔子は「人を好きになったことはない」と言いつつ、前から西原のことを見つめていました。その辺の心境については考えました?
上原 人としての憧れ、という感じですかね? 自分が持ってないもの、持ちたいものを持っている。そういう感情なのかな。でも、そこはある意味、この映画の余白なので、観た方に感じ取ってもらえれば。
――西原の絵のモデルをしながら、会話に熱が帯びていくところは、いろいろ考えて臨んだんですか?
上原 どのシーンも基本的にいろいろ考えつつ、答えが出るわけではないので、その場で生まれたものですね。相手の温度感や投げてくるものを感じ取って。
――最初の海に落ちるシーンは、本当に落ちたんですか?
上原 落ちました。スタッフさんが見本で一度落ちてくれたのをマネして、一発で撮りました。夏の終わりだったので楽しくて、泳げないわけでもないので怖くもなかったです。
視野が広くなって心の余裕が生まれ始めてます
――この映画を撮ったときは「モヤモヤしたものがあった」とのことでしたが、3年経って23歳になった今は、スッキリした感じですか?
上原 霧が晴れた感じではないですけど、「こっちのほうに進んでいこう」とか「こういう世界を見てみよう」というふうに、視野はちょっと広く構えられている気がします。どうやっていいかわからないことにも挑戦してみる、心の余裕が生まれ始めているというか。何に挑戦するかは、これから探す段階ですけど。
――最近の仕事の中で、特に大きかったものはありますか?
上原 ひとつひとつの現場で考えたことを、拾い集めている感じです。ミカジャンも今までになかった役でしたし、『流浪の月』でもまた違うアプローチをして、『ぜんぶ、ボクのせい』ではオダギリジョーさんからすごく刺激を受けました。
――『鎌倉殿の13人』で得たものもありました?
上原 初めて大河ドラマの現場に行かせていただいて、また毛色が違う部分で、いろいろ感じたことがありました。
――大河ドラマの中で、侍女という失礼ながら小さい役でした。そういう現場では「もっといい役を獲ってやる」みたいに燃えるものもありますか?
上原 もちろん「力を付けて帰ってきたい」という気持ちは、撮影中にもありました。でも、今はそのひとつ前の段階。目の前の作品にどう向き合っていくのか。その対峙の仕方が変わってきています。
夏はインドアで図書館や映画館で涼んでました
――『ミューズは溺れない』のラストは、海辺で爽やかな感じで終わりました。上原さんは今年の夏はどんな思い出ができました?
上原 どこにも行っていません(笑)。わりとインドアなので。お出掛けは、母とおいしいものを食べに行ったくらいですね。
――流行りのホテルランチとか?
上原 いえ、お蕎麦です(笑)。とにかく暑かったので、あまり外に出ないで、図書館か映画館で涼んでいました。たぶん冬になっても同じですけど(笑)。
――涼みつつ、いい本や映画に出会ったりも?
上原 人にお薦めされた『灼熱の魂』を観ました。『DUNE』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の2010年の出世作で、デジタル・リマスター版で再上映されていて、すごく衝撃的でした。
――母の遺言で双子の姉弟が父と兄を探しながら、母の悲痛な過去と向き合うヒューマンミステリーですね。
上原 重たい作品です。でも、ものすごく説得力があって。非現実的な状況で信じられないことが起こるのに、まるまる受け入れられてしまうんです。これは役者の力なのか、演出なのかも考えさせられて、得るものが結構ありました。
――そういうことも上原さんの演技の糧になっていきますか?
上原 そんな気はしています。
Profile
上原実矩(うえはら・みく)
1998年11月4日生まれ、東京都出身。
2010年に映画『君に届け』で女優デビュー。主な出演作は映画『来る』、『私がモテてどうすんだ』、『青葉家のテーブル』、『この街と私』、ドラマ『放課後グルーヴ』、『神様のカルテ』、『ユーチューバーに娘はやらん!』など。
『ミューズは溺れない』
監督・脚本・編集/淺雄望 出演/上原実矩、若杉凩、森田想ほか
テアトル新宿で公開中ほか全国順次公開