工藤静香 今再び中島みゆきを歌う理由 13年ぶりのカバー集に込めた思い
『MY PRECIOUS-Shizuka sings of Miyuki-』以来13年ぶりの中島みゆきカバーアルバム『青い炎』
工藤静香が2008年に発売した中島みゆきのカバーアルバム『MY PRECIOUS-Shizuka sings of Miyuki-』に続く第2弾、『青い炎』が3月10日に発売され、好調だ。工藤は「FU-JI-TSU」「黄砂に吹かれて」「MUGO・ん…色っぽい」「慟哭」等、これまで中島から23曲楽曲提供を受け、大切に歌い続けている。そんな工藤がなぜ今、13年ぶりに中島みゆきのカバーアルバムを出そうと思ったのか、歌おうと思ったのだろうか、インタビューした。
「みゆきさんが“ラストツアー”を行なうと聞き、信じられなかった」
「去年中島みゆきさんが、ラストツアー(「中島みゆき2020ラスト・ツアー 結果オーライ」※8公演行ったところで、新型コロナウイルス感染拡大の影響でツアーは中止になった)と銘打ったツアーを行なうと聞き、信じられなくて、ラストという言葉は聞かなかったことにしようと思いました。そんな中でみゆきさんの歌のメッセージと、みゆきさんへのラブをちゃんと伝えようと思い、今歌わせていただこうと思いました。『ヘッドライト・テールライト』の歌詞がすごく好きで、<語り継ぐ人もなく 吹きすさぶ風の中へ 紛れ散らばる星の名は 忘れられても>という一節がありますが、でもみゆきさんは決してそうじゃない。永遠に語り継がれ、聴き継がれていく方で、<紛れ散らばる星>ではない、その思いで歌いました」。
「ストリングスアレンジがきれいなアルバムにしたかった」
選曲は昨年夏ごろからスタートした。「いつの時代でも聴いて欲しいと思いましたし、まず前提として弦の音がしっかり聴こえる、ストリングスアレンジがきれいなアルバムにしたかった。ピアノとチェロのイントロで始まる『世情』を一曲目に持ってきたのは、このアルバムでやりたかったことを最初にきちんと伝えたかったからです。その上で、聴いて下さる方が自分の時間を演出できるアルバムにして欲しいと思いました。仕事や家事が終わって、夜中にようやく自分の時間ができて聴く、という人も多いと思うので、みなさんが心の中で、自分の中で、落ち着きながら聴ける作品にしたかったんです」(工藤)。
その言葉通り、美しいストリングスアレンジが施された曲が多い。渡辺剛、澤近泰輔という工藤作品ではおなじみのアレンジャーと、今回が初参加となる山口俊樹、酒井麻由佳という4人アレンジャー陣が、工藤の中にある中島みゆきへの、そしてその作品への溢れる思いを、それぞれの色をしっかり出しつつ、音に変換していった。
「『世情』はみゆきさんが世の中をはすから見ているような、それを問いかけているあの感じが好き」
「世情」は1978年の作品で、安保時代の空気が充満している楽曲を、どう感じながら歌い、今伝えようと思ったのだろうか。
「全てが今の時代に当てはまるかというよりも、聴いた人がそれぞれフレーズで受け止める止めるものだと思っているので、どこか一節でも気に入っていただければ嬉しいです。でもみゆきさんが世の中をちょっとはすから見ているような、それを問いかけているあの感じが好きなんです」。
私小説的なものから普遍的なメッセージソングまで、中島みゆきの歌は幅広く、そして時代を超えて聴き手にそっと手を差し伸べてくれる。「みゆきさんが書く歌詞ってしがみついてくる女像を描いた曲もあるし、不貞腐れてる女性も描くじゃないですか。どの曲も面白いです。でもみゆきさんの歌詞は重厚だから、そこをそのまま表現していいのか、それとも少しライトに歌った方が逆に伝わるのか、そのさじ加減が楽しいです」と、中島作品を歌う時の嬉しい悩みを教えてくれた。
「アザミ嬢のララバイ」(1975年)は中島みゆきのデビュー曲だ。
「イントロがサスペンスっぽい雰囲気になっていて、このアレンジ大好きです。サビくらいの力があるBメロだから、ここはサビ扱いのアレンジでお願いしますってリクエストしました。歌入れの時は感情が入り過ぎて何度か泣いてしまうほどでした。途中のバイオリンの音がものすごく綺麗で、心をフッと撫でられる感じがして、堪らなかったです」。
昨年名曲「糸」をモチーフにした映画『糸』(菅田将暉、小松菜奈)が160万人を超える動員を記録し大ヒットになったことは記憶に新しいが、同曲は中島みゆき作品の中でも一番カラオケで歌われている作品であり“国民的ソング”になっている。
「色々な人がカバーしていますが、それぞれ表現の仕方が全然違うし、ここまで遊べるというか、楽しめる歌だとアレンジのしがいもすごくあると思います」。
自宅で、お風呂に入っている時や家事をしながらハミングで歌のイメージを作り上げ、レコーディングに臨んだ
歌入れに臨むにあたっては、主婦業他で忙しい毎日を送る工藤は、集中して練習する時間もないことから、自宅で、なるべく大きな声を出さないようにお風呂に入りながらや、家事をしながらハミングで歌のイメージを頭の中で作りあげ、スタジオに向かっていた。
「みゆきさんのことを強く意識して歌わないようにして、自分の好きなように歌わせていただいているので、その部分は楽ですし、開放的です。でもあまり歌うタイミングを変えたり、特にテンポを変えすぎたりすると聴いている方も嫌だと思うので、そこは気をつけています」
「糸」の次が「時代」そして「誕生」という、グッとくる熱い中盤もこの作品の聴きどころだ。
「このアルバムは1曲目に『世情』を持ってきた時点でできあがったと思います。スタッフと話をしている時は、この曲は後半かなという意見が多かったですが、1曲目にしました。最初に言ったように、このアルバムのカラーをきちんと伝えたかったから。そこに『糸』と『時代』『誕生』の3曲は離れるのが嫌でした。ここで完結してもいいくらいのボリュームだと思いました(笑)。アレンジの妙で感動が増幅してくる曲ばかりで、このアルバムは第三者として聴いた時に、本当に音に感動しました」。
アレンジの素晴らしさはもちろんだが、工藤の歌の圧倒的な表現力に改めて脱帽だ。「ホームにて」では、故郷に帰る人、帰ることができない人、両方の思いを歌詞のひと言ひと言から、そして行間から丁寧に掬いあげ、伝えてくれている。。
<形のないものに 誰が 愛なんて つけたのだろう>という中島みゆき節が炸裂している「あした」でも、登場する女性を見事に映し出している。打ち込みの軽快なアレンジが歌の輪郭をよりはっきりとさせ、届いてくる。
「頭の<イヤリングを外して 綺麗じゃなくなっても>というフレーズからもう堪らなくて、この女性のかわいさにやられています(笑)。<まだ私のことを見失ってしまわないでね>って言っちゃうんだって(笑)。離れないでじゃなくて見失わないでって言うところが好き。もう堪らないです。そんなこと言われたら男性はずっと一緒にいたいって思いますよね。この歌はどこまでも重く歌える歌なんです。だから打ち込みで少し軽くしてテンポ感があって、走るように軽快な感じがいいと思いました。みゆきさんが書いて下さった『私について』(1990年)という曲の世界観に、少し似ていると思いながら歌いました」。
「化粧」は歌の“押し引き”、メリハリが絶妙だ。
「本当に大好きな曲。頭の2行で打ちのめされます。みゆきさんの作品はこの曲に限らず、一行目から、まるでその女性の名前を提示してくれているようで、像がはっきり浮かんできます。最初のアレンジは原曲のテンポに近くて、それはみゆきさんは揺れているテンポの中の一番早いところを取って歌っていたと思いますが、私はほんの少しだけ変えて、一番遅いところをとって、歌わせていただきました。みゆきさんは2コーラス目は泣きながら歌っているような歌い方で、でもあれを私がやったら重くなりすぎてしまうので、自分なりの『化粧』になりました。相手に伝えるというより、自分に向かって歌っている『化粧』になっています」。
「『ヘッドライト・テールライト』は人によって色々な捉え方ができる曲。私は自分が住んでいる、ショービジネスの世界のことを歌っている曲だと思いました」
後半も「地上の星」「ファイト!」「ヘッドライト・テールライト」と名曲が並び、工藤の名演が楽しめる。
「『ファイト!』は最初から熱くならないように気をつけようと思って、だんだん後半に向かって出口に進もうという感じで歌いました。『ヘッドライト・テールライト』は、何がどうあれ、どんな状況だろうと旅はまだ終わらないというところに、本当に感動します。色々な捉え方ができる曲だけど、私の個人的な捉え方は、特に一番の<語り継ぐ人もなく 吹きすさぶ風の中へ 紛れ散らばる星の名は 忘れられても>という歌詞は、自分が住んでいるショービジネスの世界のことを歌っている曲だと思っていました。聴く人によってそれぞれの人生を照らし合わせることができる歌です。これから行く先を照らすヘッドライトと、今まで辿ってきた道のりもテールライトが照らしてくれ、それは後に続く人にここに道があるんだよということを教えてくれる光になる。本当に意味が深いなって思います。みゆきさんにとってもその「旅」はまだ終わらないはずです。この歌が面白いのは3番で登場人物の年齢が遡って、“若く”なって終わるところです。<行き先を照らすのは まだ咲かぬ見果てぬ夢><遥か後ろを照らすのは あどけない夢>というのは、高校生でも共感できる歌詞で、初心に戻る歌なんだなって思いました」。
ラストは「眠らないで」。いい意味で濃厚なアルバムの最後は、少しクールダウンして、穏やかな気持ちで終わる、そんな聴き方をして欲しいという思いが伝わってくるようだ。
「本当にその通りで『眠らないで』は最初から、ラストに入れようってプロデューサーと話をしていました。選曲している時から『ヘッドライト・テールライト』までいって、この曲で終わるのがいいと感じていました」。
「みゆきさんから23曲も楽曲をいただけたことが、私の誇り」
中島みゆきから提供してもらった自身の作品、そして中島みゆきのオリジナル曲、歌う時はどんな感覚の違いがあるのだろうか。
「どちらも“曲”として捉えて歌うので、あまり大きな感覚の違いはありません。でも個人的なことでいうと、私に書いてくださった曲は、もう本当にかわいくて仕方がないです(笑)。だってそれは誇れることじゃないですか。本当に言って歩きたいくらい(笑)。『これ中島みゆきさんが私に書いてくれたんだよ』って。その違いはあります(笑)。私は小さい頃からあまり競争心というものがなくて、でもみゆきさんからいただいた23曲という数字を超える歌い手の人が出てきたら、それは嫌です(笑)。そうなりそうな時は、みゆきさんに『もう何曲か書いてもらえませんか』って言いに行きたいくらい(笑)」。
「来年の35周年にはオリジナルアルバムも出したいし、セルフカバーもやってみたい 」
中島みゆきの楽曲を歌える喜びを誇りとして、ここまで歌い続けてきた。だからこの『青い炎』というアルバムには、工藤から中島への大きな感謝の気持ちと、溢れる愛が詰まっている。アルバムを発売したら当然ライヴをやりたいという思いが強くなり、それはファンも同じだ。
「本当に言わないようにしていましたが、ここで敢えて言わせていただくと、ライヴができなくて本当に悔しいです。歌手なのに音源だけ作ってライヴができないのは、辛すぎます。でも慌てることなかれで、このアルバムを披露する機会も絶対あると思うし、それまでは辛抱して待てばいいと思っています。配信ライヴという選択肢もあります。来年は35周年なのでライヴもやりたいし、オリジナルアルバムも作りたいし、やりたいことがたくさんありすぎます。セルフカバーもやってみたい。今の声でデビュー曲を歌ってみたいです」。